vs学園祭(後編)

「ディノ、鋼鉄人形と輸送機を呼んでくれ」

「あいよ」


 龍野の命令を受け、ディノが念じる。

 と、待機させていた鋼鉄人形と輸送機が一瞬で、研究棟入口付近まで運ばれた。


「どうやら、終わったようだな……」


 C-2の機内で待機していたララも、作戦終了を察したようだ。


 こうして、どうにか生き延びた女子生徒達は、順繰りに輸送機に運ばれ、フーダニットのいる本社まで転移される運びとなる。

 が。


「ヴァイス」

「何かしら?」


 龍野は、ある異変を察知していた。


「指揮権を預ける。

 まだ一人、救助出来ていない女子生徒がいるかもしれない」

「わかったわ。

 無茶だけはしないでね」

「あいよ」


 龍野は再び、研究棟の奥深くへと潜る。

 それを見届けたヴァイスは、移送を他の団員達に一任すると、ある方向へと向き直った。


「さて、捕虜の尋問を始めましょうか」


 そこには、ディノと、二人の関係者らしき男がいた。

 二人ともきっちりと、氷の手枷足枷をはめられている。


「わたくしが質問した事にだけ、答えなさい」


 ヴァイスの声は、“絶対零度”という単語を想起させる程に、冷たさに満ち満ちていた。

 男はヴァイスの威圧感を受け、一言すら言葉が出ない。


「人形の在庫、わたくし達が破壊したもので全てかしら?」

「そ、それは……す、全て……」


 男がそう言った瞬間、ディノが問答無用で、サッカーボールよろしく蹴飛ばす。

 女の敵に、容赦は無い。


「ひっ……!」

「ああなりたくなければ、正直に答えなさい。

 人形の在庫、わたくし達が破壊したもので全てかしら?」

「いや、まだ、だ……!

 バーカウンターの、奥に……隠し倉庫が、ある……!

 わ、私の胸ポケットの、カードキーで……!」

「あら、そう」


 ディノは無言で男の胸ポケットをまさぐると、カードキーを回収する。

 そして、男を膝蹴りにした。


「がはぁっ……!」

「嘘はついていないわよ」


 冷ややかに告げるヴァイス。実際、嘘は言っていない。

 先ほどの『ああなりたくなければ』という発言は、『サッカーボールよろしく蹴飛ばされたくなければ』という意味である。

 間違っても、『危害は加えない』という意味ではない。


「ディノさん、お願いね」

「はいよ」


 ヴァイスはその場をディノに任せ、バーカウンターへ向かった。


「キャッ!」


 と、次の瞬間……ヴァイスは、を聞いていた。


     *


 一方、龍野は一人の女子生徒を追っていた。

 鎮圧の真っ最中に、チラリと、“とにかく逃げ続ける人影達”を見ていたのだ。


 魔力を脚から噴射させて移動する速度は、並の人間が出す速度の数倍速い。

 あっさりと、龍野は人影達に追いついた。


「止まれ!」


 大音声で呼び掛けるが、足を止める気配は無い。

 だが、人質を“抱えて”逃げている以上、迂闊に光条レーザーも撃てない。

 ましてや走りながらだ、狙いが安定するはずはない。


「なら……!」


 そこで龍野は、目の前の通路の上部を、線を描くように光条レーザーで抉った。

 通路が崩れ落ち、人影達の進路を塞いだ。


「諦めて止まれ!

 そして、黙ってその女子生徒を解放しろ……!」


 龍野が大剣を構えながら、ゆっくりと歩み寄る。

 マフィアと、そのお付きは、諦めたように龍野へ向き直り――


「待ってください、黒鎧くろよろいの方!」


 突如として、女子生徒が叫んだ。


「何だ?

 俺は君を解放しようと……」

「この方々は、私の親友なんです!」


 女子生徒が、いやクライネが、マフィアとお付き――アイネとイヴ――を庇う。


「何、どういう事だ!?」


 想定外の事態に、動揺する龍野。

 だが龍野は、そんな状態でも、クライネの瞳を見据えていた。


 クライネもまた、龍野の瞳を見つめ返して、言う。


「私を信じて、ください……!

 この方々は“ハンター”で、そして、私の親友なんです……!」


 その言葉と同時に、マフィアとお付きが、顔の変装を解く。

 素顔を見た龍野は、驚愕し、叫んだ。


「そっちの……そっちの“女性”は、御勅使みだいアイネ、か……!?」

「そうです。

 噂は伺っております。“黒騎士”こと、須王龍野さん」

「初めまして。

 アイネさん、そしてクライネさんの友人、イヴと申します」


 そう。

 龍野はフーダニットによる“ハンター”登録時、“同業者”の顔を把握していたのだ。

 取り分け“天使”という特性が強く印象に残った、御勅使アイネである。間違えようはずが、なかった。


「彼女は……クライネは、私の親友です。

 だから、彼女は……私達が、取り戻します」


 アイネははっきりと、龍野に告げる。

 クライネもまた、確かな意思で、龍野を見ていた。


「……クライネさん」


 数瞬の間をおいて、龍野が声を絞り出した。


「はい、なんでしょう?」

「貴女もまた、この二人の親友である事は、よくわかりました。

 もう、俺からは何もしません」


 その言葉を聞き、アイネ、イヴ、クライネが安堵する。

 龍野は三人を見ると、こう言った。


「貴女達は、どうも、この奥に用事があるようですね」

「はあ……」


 アイネはただ、龍野に肯定を返す。

 と、龍野は、ゆっくりと剣を構えた。


 切っ先が、アイネ達の方向になるように。


「黒鎧の……いえ、須王様、何を!?」

「どいて下さい。

 今から、道を作り直します。

 さあ、早く」


 龍野の指示に従い、三人が道を開ける。


 次の瞬間、龍野が光条レーザーを放った。

 後には、僅かなガレキが残るのみであった。


「これで、いいでしょう。

 さあ、早く……!」


 アイネ達は一瞬、ぽかんと見ていた。

 が、すぐに気を取り直し、こう言った。


「ありがとうございます!」

「助かりました!」

「このご恩、忘れません!」


 そして三人は、通路の奥へと消えていく。

 それを見届けた龍野は、ただ一言、呟いた。


「いい友人を持ったな……クライネさん」


 それだけ呟くと、龍野はきびすを返して、入口へ向かった。


     *


 時は少々、遡る。


「どうしたのですか!?」


 女子生徒の悲鳴を聞いたヴァイスは、現場を見て驚愕した。


 一人の女子生徒が、徹底的に糾弾されていたのだ。

 言葉と、暴力で。


「おやめなさい!」

「落ち着いて、くださいませ!」


 既に、シュシュやグレイスが沈静化を図っていた。

 その為ヴァイスは、一気に弱った女子生徒の元へ駆け寄ると、ただちに回復魔術を発動した。


「大丈夫ですか?」

「げほっ、げほっ……。

 ありがとう、ございます……」


 ヴァイス達黒龍騎士団の女性陣に助けられたのは、マリミテ女学園の生徒会書記長、シシリアであった。

 彼女は、自身に振るわれる暴力への恐怖で、失禁していた。


「どうして……。

 どうして、私がこんな目に……」


 震えるシシリア。


「そりゃ知らねえよ。

 けど、こうなった事自体は事実だぜ、お嬢さん」


 そこに、声が割って入った。


「龍野君!」

「兄卑!」

「団長!」

「何があったんだ?」


 ヴァイスとシュシュ、それにグレイスが、龍野に事の詳細を伝える。

 それを聞いた龍野は、こくりと頷き、シシリアに歩み寄った。


「ひっ……!?」

「大丈夫だ。

 もう、君は無事だ。それは俺達が保障する」


 力強い声に、そして真っ直ぐな目に、シシリアが安堵した。


「なあ、あんた。

 アイネ、そしてクライネ……って女子生徒を、知ってるか?」

「その名前……! 

 もしや、あの子と副会長が……!?」

「知ってるようだな。

 何があったか、話せる範囲で話してくれないか?」

「は、はい……ッ」


 シシリアは安堵ゆえか、泣きながら、全ての事実を話した。


「そうか。

 君は君なりに、考えたんだな」

「は、はい……」


 シシリアが俯きながら、答える。


「悪いな。

 ちょっとだけ、ごめんよ」


 龍野はスッと、シシリアの顔を持ち上げる。

 そして、ゆっくりと、こう告げた。




「これを糧にして、将来、より良く生きてくれ。

 それが、俺達黒龍騎士団からの、お願いだ」




「……ッ!」


 シシリアは感極まり、ひたすら、涙を流していた……。


     *


 数分後。

 シシリア達を乗せた最後の輸送機が、フーダニットのいる場所までテレポートした。


「さて、これで残るは」

「あの人形達ね……!」


 輸送要員となったゼルギアスにリーネヴェルデ、そしてヴェルディオを除き、黒龍騎士団全員が、殺意満載の表情を浮かべる。

 そして、バーカウンター奥の空間に入ると、彼らは野獣と化した。


「消えちまえ、この偽物どもが……!」

「よくも我々の副団長を、侮辱してくださいましたね……!」


 彼らは人形が原型を留めなくなるまで、怒りの矛先を収めなかったのであった。


 かくして、龍野達の怒りの原因は、ここに完全に潰える事となったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る