第39話 髑髏の男

リアムは倒れた男を見てどうしようかと考えていた。

するとフィオナがリアムの考えていることを察したのか


「…あの、治安維持隊に引き渡しでもしますか?」


と尋ねた。

それも悪くないが、そもそも話を信じてもらえるのか、すぐに帰れるのかなどの問題が避けられなくなる。

と言っても、ここに置いておくのも良くない気がしている。


「おーい、君たち…ここに人が来なかった?」


と遠くの方から別の青年が現れる。


「倒れているね…迷惑かけたようで申し訳ない」


青年は倒れている男を見ても怒ることなく冷静に謝った。


「何があったんですか?」


とフィオナが聞く。

一瞬、青年はバツが悪そうに顔を歪めた。


「そうだな、迷惑かけて言わないのもあれだしな。彼、僕の叔父なんだよ。叔父とともに酒を飲みにいっていたんだけど、叔父が僕にいいとこ見せようとしたのか今流行っている精霊の涙スピリッツティアをがぶ飲みしたんだ」


精霊の涙スピリッツティア、酒であるが少量であれば思考が鈍ることがないという特性がある。

そのため酒の弱い人が付き合いで飲まなければならない場合や酔うわけにはいかない人に人気である。

そのため、爆発的に消費されている。


「叔父が、酔わないからとジュース気分でガブガブ飲むと急に酔いが回って店を飛び出したんだ。会計済ませて探し回っている間にとんでもないことをしでかしたようだね。本当に申し訳ない」


と青年は頭を下げた。


「いえ、実害はなかったので大丈夫です。それよりもあなたの叔父を任せてもよろしいでしょうか?少々、手荒な真似をしてしまいまして」


とリアムは丁寧な口調で言葉を返す。

青年はハッとした様子で


「…あ、ああ任せてくれ。…害を与えた側から言うのもなんだが…治安維持隊に突き出さないのか?」


と尋ねる。


「誰も来なければそれも考えていましたけれどほぼ実害なかったので」


「そうか、すまない」


青年は再び頭を下げた。


「さて帰ろうか、フィオナ」


とリアムは呼びかけた。


この後、リアムは帰宅してからエマのご機嫌取りに苦労することになるがそれは別のお話。


::::::::::::::


そうして練習は順調に進んでいき、時は体育祭前日まで進む。

話の場所はシューラ魔導学園のあるニフルで最も地価の高い位置に存在する宿泊施設。

現在、この場所は貸し切られており重武装に身を包んだ兵士達による警戒態勢が敷かれていた。

その施設の正門に一人、黒のフード付きの外套、手袋、ズボンを身に纏い、黒い髑髏の仮面をつけた怪しい男がいた。

背丈は大人というには少し小柄で子供というには少し大きいぐらいである。


「貴様は、スカルマスク!?」


と門番を担当する兵士が声を上げる。

スカルマスクと言うひねりも何もない名は自ら名乗ったものではなくいわゆる俗称であり、彼の姿を見た記者が名付けたものが広く広がったものである。


「ここを通りたいのだが?」


とスカルマスクの声はボイスチェンジャーにかけたもののようになっていてノイズが所々に感じられる。


「ティマイオ紛争の悪魔め、狙いは王の命か!?」


門番はそう叫びながら抜剣し構える。

簡単に言うと一触即発の状況だ。

双方の出方次第では刃傷沙汰になりかねない。

スカルマスクも外套の下に右手をもぐりこませるようにしながら腰を下げ、構える。

門番は構えたままじりじりと接近してくる。


「そこまでだ、構えを解け」


正門を開けて現れた門番よりも豪華な装備をした兵士が威厳のある声を投げる。

兵士は声の方へと視線を向けた。


「副団長!?…ですが、こいつはスカルマスクですよ!?」


「彼は陛下の客人だ。下がれ」


門番は剣を納め、引き下がる。

構えが解除されるのを確認したスカルマスクも右手を外套の中から出す。


「スカルマスク殿、こちらへ」


副団長と呼ばれた兵士は正門に入ることを促した。

スカルマスクは頷き、中に入る。

内部はエントランスから左右正面の3本の廊下が生えている。

全て白みのある石材でできており、どんなに疎い人でもこれは高級だとわかる造りになっている。

副団長が真ん中の道へ進み、スカルマスクがその後を追う。


「慣れない環境で情報伝達に不備があったらしい…招いた側だと言うのに…申し訳ない」


と副団長は正門が閉まるのを確認してから謝った。


「この髑髏かおで警戒しないやつなんていませんよ」


ノイズまみれの声でスカルマスクが答えた。


「そう言っていただけるとありがたいです。ですが、フードを被った黒い髑髏、ティマイオ紛争の悪魔である“スカルマスク”を警戒したのだと思いますよ」


とわずかに茶化すように返された。

フードを被った黒い髑髏は外見によるものだ。

だがティマイオ紛争の悪魔はそれなりの理由があり呼ばれている。

そもそもティマイオ紛争というのは保守派と革命派の対立によって生じた戦争に隣国が干渉し泥沼の戦争となったものである。

スカルマスクはその戦争にオルフェ王国の兵として保守派の勝利のために戦った。

スカルマスクはほぼ単騎で革命派のゲリラ部隊の半数以上を壊滅させ保守派の勝利に貢献した。

単騎での戦闘が多いため確認戦果になっていないがゲリラ部隊を壊滅させたことを考慮すると彼の戦果はティマイオ紛争で最も大きい戦果を上げた炎獅子ことロックに倒した兵の数こそ負けてはいるが友軍に対する貢献度ではロックを超えているとも言われている。

そのためか、革命派の兵士、主にゲリラ部隊員から“黒い悪魔”と呼ばれていた。

そして、素性がわからない不気味さと異常な強さから、味方からも“ティマイオ紛争の悪魔”と呼ばれるようになった。

そうしてその名が、二つ名的に広がっていった。


「どうでしょうかね」


とスカルマスクはわずかに肩を竦めた。


「さあ、この扉の先に陛下が居られます。くれぐれも無礼のなきよう」


そう言って副団長は下がっていった。

おそらく謁見の許可がないのだろう。

スカルマスクは両開きの扉に手をつく。

これから大国、オルフェ王国を統べる王と見(まみ)えるというのに不思議と緊張や不安といったものは感じていなかった。

体重をかけると思いの外軽く扉は開いた。


「よく来てくれた」


とスカルマスクの顔を見た王が声をかける。

スカルマスクは仮面に隠れている視線を王に向けた。

玉座から赤いカーペットの道が伸びているのだが、その両脇に兵士が待機していた。

スカルマスクは黙って王の前まで進む。

跪く姿勢を取ろうとした瞬間、玉座の裏からスカルマスクよりひと回り小さい青年が現れる。


「久しぶりだね、リ…いや、今はスカルマスクか」


「ええ、王子。…ですが、表立って会うのはこれが初めてですよ」


とスカルマスクが訂正する。

親しい友人のような二人の様子に本人らと王以外のこの場にいるものがざわつきを見せる。


「アレク、まずは依頼の話をさせてくれ」


と王が嗜めるように言うと王子は素直に後ろへ下がった。


「依頼の概要は仲介人(カットアウト)を通じて聞いてもらったと思う。…翌日に控えたシューラ魔導学園に陛下が出席なさる。有事の際の協力者として貴殿が指名されたのだ。…報酬は先に伝えた通りだ」


と王の横に控えていた護衛の兵士とはまた違い、フォーマルな服に身を包んでいる知的な男が声を発した。


「依頼を受けてもらえるかな?」


髑髏の男は頷きを返した。


その後、スカルマスクは王子の部屋へと案内された。


::::::::::::::


王子の部屋といえども宿泊施設の最も豪華な部屋なだけで予想よりも煌びやかではない。

案内されたスカルマスクは警備の人間に睨まれながら立っていた。


「下がってくれ、彼と話ができないだろう?」


王子は不機嫌そうに口を開いた。


「殿下、それはできません。この髑髏が何をしでかすかわからないのですよ?」


護衛が苦言を呈する。


「彼は僕らを守ると言う依頼を受けたんだ、僕を殺したりはしないだろう」


「殿下、それすら分からないのですよ。彼は素性を明かしていない。我々と違い、何かしても彼の経歴には傷がつかないのです」


“後はわかるだろう?”と言った目を王子に向けた。


「下がれよ、命令が聞けないのか?」


それまで温厚だった雰囲気が一転し、覇気を纏った声で尋ねる。


「で、ですが…我々にも立場が…」


「もういい、父上に言って護衛を変えてもらうよ」


「ま、待ってください…くっ…分かりました…ただし3分です、それ以上は許せません」


と自分の役職に危機を覚えた護衛の方が折れた。


「それでいいよ、じゃあ出てって」


「もしも、何かあればすぐに呼んでください」


「はいはい、分かってるって」


護衛はスカルマスクを睨みつけながら部屋から出ていった。


「ようやく邪魔がいなくなったな。

大気の壁よ・我らを覆え」


と【アトモス・シュテル】という大気と魔力の壁を作り上げ、視覚、嗅覚、聴覚を遮断する空間を作り上げる魔導を起動した。

これによって余程強力な魔導を用いない限り、外から見られることはなくなる。


「さて、そのマスクも邪魔だな、外そうよ」


スカルマスクは頷き、自らのマスクに手を被せた。

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