第27話 地獄への道連れ

 都の警備の統率役というと、少し迫力が足りないようにも思える。

 市中警備なんて酔っ払いの喧嘩の仲裁やコソ泥の取締に明け暮れるばかりの閑職であり、大軍を率いる将軍や財務を仕切る宰相には遠く及ばない――そう考える人間は決して少なくない。


 しかし、実態は違う。


 皇帝の膝元である都の警備を任されるということは、謀反や内乱といった重大事案への対応が求められるということである。そのために有する政治力や武力は、この安都において他の官職の追随を許さないであろう。


 だからこそ、最も信頼のおける人物が置かれていたのだが。


「錬爺! いるか!?」


 警備をすべて皇子特権で突破し、衛府省の長官室を蹴破る。宮中議会のすぐ脇に置かれたこの政務室は、まさしく都を守る諜報の拠点である。


 その部屋の窓際で、錬爺――衛府省長官・錬副(レンフ)は静かに佇んでいた。


「来たか、お前たち」


 白鬚を伸ばした威厳のある老人である。こちらの来訪を予期していたかのような落ち着き具合であり、皇子が一斉に駆け込んできたというのにまったく動じていない。


「おい貴様ら。普通に開ければいいものをなぜわざわざ蹴破る。ああよかった、壊れてはおらんな」


 ただ、一緒についてきた月天丸の存在には少しだけ眉を動かした。俺たちだけでは不安ということで、なんだかんだで同行してきたのだ。


「ああ、気にしないでくれ錬爺。こいつはただの――」

「そちらは第五皇子様か。お初にお目にかかります」


 新入りの世話役とでも説明しようとしたのだが、錬爺は「すべて知っている」とばかりに先手を打ってきた。さすがの情報通である。


 このやり取りを見て、一虎がにやりと笑った。


「お見通しってわけか。やっぱ流石だな、錬爺。つうことはオレたちがここに来た理由も察してんだろ?」

「もちろんだとも、一虎(イーフ)」


 俺たち皇子に対しても敬語でなく喋るのは、幼いころから接してきた名残である。

 窓から吹く風に白髭を揺らしながら、錬爺がどこか懐かしそうに瞑目した。


「皇族の暗殺などという謀反を企てた以上、とうに覚悟はできている。八つ裂きにでも火炙りにでもするがいい」

「いや違うっての何言ってんだ錬爺。オレたちはあんたの仲間になりにきたんだよ」


 風を浴びながら瞑目していた錬爺の身が、カラクリ人形のようにゆっくりとこちらに向く。


「今、何と?」

「安心してください錬爺。僕たちはあなたの味方です。皇族の暗殺を試みたということは、この血統主義の政治を快く思っていないのでしょう? まったく同感です。僕らよりよっぽど皇帝にふさわしい者は山ほどいるはず……」

「三龍(サウラン)?」


 三龍も擁護に出た。続けて二朱(リャウシャ)も語り始める。


「そうそう。あたしたちなんて、有事にちょっとだけ動く特別将兵くらいの待遇でいいのよ。毎日遊び歩ける程度の給金を約束してくれたら、何も文句なくどんな皇帝だって受け容れるわよ」


 ここまで皆が熱い思いを吐露する中、俺だけが黙っているわけにはいかなかった。


「なあ錬爺。俺がこの宮廷に迎えられて馴染めなかった頃、一番遊んでくれたのはあんただったよな……?」

「あの頃は『またえらい馬鹿が来たなあ』と思ったものだよ」

「俺はあのときの恩を返したいんだ。あんたが国家転覆を目論んで権力を奪取するのなら喜んで協力する。いや、させてくれ。転覆後の待遇はさっき姉上が提示したくらいの内容でいいから。な?」


 言っていて自分でも目頭が熱くなってきた。いわば錬爺は第二の父といって過言ではない。それにここまでの申し出をするとは、自分はなんと孝行息子なのだろうか。

 転覆させられる側にいる第一の父は、知らん。あんな筋肉生命体は父親ではない。


 俺たちの言葉をひとしきり聞き終えた錬爺は、黙って窓の木枠を閉じた。それから杖を取り、ぴしりと床を鳴らして俺たちに告げる。


「座れ」

「んだよ。立ち話もなんだから座って茶でもってか? そんな他人行儀な仲じゃねえだろ。これからは同志になるわけだしよ」

「馬鹿者どもが! 正座で座れと言っている!」


 現在の実力差でいえば俺たちの方が錬爺よりも圧倒的に強いのだが、幼少期に受けた説教の刷り込みもあって、月天丸を除く全員がその場に正座した。


「何が協力だ!? 同志だ!? わしゃ暗殺に失敗したとびきりの重罪人だぞ!? 最低でも断首くらいにするのが常識的判断だろうが! ああ分かっている、分かっているとも! どうせお前ら『皇帝になるのが面倒だから、誰かが適当に皇位を奪ってくれないか』とか考えてるんだろうが! 違うか!?」

「ご老人。まったくその通りだ。私もその計略に巻き込まれた」


 月天丸が横から言うと、錬爺は髭を垂らして深く頭を下げた。


「わしの躾不足のせいでお嬢さんにまで迷惑をかけてしまい申し訳ない。もう老い先長くない身として、国の憂いたるこいつらを地獄への道連れにしようと思ったのですが、無駄にしぶとく育ってしまいまして」

「災難なのだな、お前も」


 理解を深めている様子の月天丸と錬爺だったが、聞き捨てならぬ点があったので俺は抗議を上げる。


「待ってくれ。俺たちが国憂だって? なぜそうなるんだ。こんなに優秀な人材を捕まえておいて……」

「ええい黙れ! お前らがそんな腐れきった態度ばかり取っているから、兵の間にも不満が溜まるんだ! 今はわしが纏め上げて抑えているがな、万一にでもお前らの誰かが即位したら反乱待ったなしの状態だぞ!」


 俺たち四人は錬爺の言葉を聞いて目を見合わせた。


「錬爺。俺たちに不満を持っている兵ってどのくらいだ?」

「ああ? この宮中だけでも百は下らん。都の警備まで含めれば数千に届くやもしれん……計略次第では、一斉蜂起で宮廷を落とすことすら視野に入る数だ」

「っしゃあ!」


 四人の手が空中で重なって快哉を鳴らした。

 予想以上に同志の数は多かった。それだけの数が即位反対の味方に付けば、もう怖いものなしである。


 俺は笑顔で錬爺に申し出る。


「というわけで錬爺。俺たちもその即位反対の兵士団に入れてくれ。熱意は誰にも負けない自信があるから、最高幹部くらいの待遇にしてくれると助かる。きっと団員のみんなとも仲良くなれると思う」


 それを聞いた錬爺の無表情ぶりときたら。

 まるで魂だけが一瞬で天に召し上げられたかのような感情の失せ方だった。

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