第13話 間違っても選ばれないために

「雁首揃えて何事かと思えば――どの皇子を次期皇帝にするか、臣民たちの投票で選ばせろだと?」

「僭越ながら」


 皇帝の謁見室。

 跪いた俺たちは、父である皇帝に向かって逆転の一手を提案していた。

 俺は事前に打ち合わせておいた台詞を記憶から呼び起こし、無駄に畏まって奏上する。


「皇帝とは民衆を統べる者。しかし私たちは、陛下のように絶大な求心力を持ち合わせていません。このままでは誰が皇帝になっても、人心は離れ国は荒廃の一途を辿ることでしょう」

「それと投票が関係あるのか?」

「それはもう大いに関係あります。誰が即位しても陛下よりは劣るでしょうが、民たちも『自らが選んだ皇帝』ならば、信じてついてきてくれるはずです」


 あくまで投票制を提案する名目は「自分たちの求心力不足を補うため」ということにする。これなら皇帝の指名権を剥奪するという提案にしても角が立ちにくい。


 と思っていたが、


「要するにお前たちは、最も人気がある月天丸が確実に即位するよう整えたいのだな?」

「まったくそのとおりだ」


 皇帝の鋭い指摘に対し、真っ先に白状したのは月天丸自身だった。


「おい月天丸! せっかく俺たちが巧妙な策略を仕掛けたのに何いきなり白状を……!」

「巧妙どころか本心が透けてみえるわ! こんな手管には子供でも騙されんぞ!」


 月天丸の裏切りに、俺は被っていた猫をあっさりかなぐり捨てる。


「ああそうだとも何が悪い! 親父……俺たちはな、あんたが月天丸を指名候補から外すんじゃないかと疑ってるんだ!」

「別に外すつもりはない。公平に評価して、ふさわしいと思えば月天丸も次期皇帝に指名するつもりだ」


 まったく動じた様子もなく皇帝は言う。嘘を吐いている様子ではないが、こう見えてこの親父はなかなかの食わせ物である。先日も堅物ぶったフリをしていながら、単身で阿片密売組織を壊滅させてきた前科がある。


「それに、当の月天丸は指名の公平性に不満を持っているようには見えんが?」

「あるものか。そもそも私は皇子などになるつもりもないし、皇帝など論外だ。先の阿片のときも言っていたが、皇帝とは大局のために清濁を併せ呑まねばならぬのだろう? 私はそういうのは苦手だ。野にあって悪党の蔵を暴いている方がよっぽど気楽でいい」


 今もまだ月天丸の正体は公には明かされていない。

 というより、表向きは「第五皇子に公認したものの、月天丸は未だ応じず」という扱いになっている。こうして宮廷にいることは極秘中の極秘事項だ。


 正式に皇子となれば、もはや盗みは働けなくなる。その点を彼女は危惧しているのだろう。


「だけど月天丸。皇子になれば盗みなんかしなくても金は使い放題だし美味い飯は食い放題だぞ。別にそこまで義賊の仕事にこだわらなくてもいいんじゃないか?」

「いや……実は私も義賊を始めたのはわりと最近でな。それまでは単なる見境なしのコソ泥だったから、せめてその分の罪滅ぼしが終わるまでは――って関係なかろう!」


 ちらりと貴重な月天丸の本音がこぼれた。どうやら純粋な義心だけでやっているわけでもないらしい。

 と、ここで焦れた様子の一虎イーフが膝を叩きながら立ち上がった。


「なあ親父。結局、投票制は却下ってことか? ったく、つまんねえの。撤収撤収」

「僕としたことが無駄な時間を食ってしまいましたね……」


 小手先の作戦はやはり失敗だった。こうなればやはり、月天丸の株を相対的に上げるために俺たちが醜態を晒していくしかない。

 今後の地道な努力(恥晒し)に思いを馳せようとしたとき、飄々と皇帝が呟いた。


「いいや。単にお前たちの浅ましい態度が気に食わなかっただけで、余としても投票制自体は悪いとは思っておらん。お前たちの言うとおり、求心力を補うには有効といえるかもしれんしな」


 俺と一虎と三龍サウランが同時に皇帝に視線を向けた。しかし月天丸を除く兄弟の中で、ただ一人二朱リャウシャだけが平然としていた。


「ほら、だから言ったでしょう? お父様は月天丸を除外する気なんてないのよ。だから投票制でも大丈夫ってわけ。あたしの推測通りね」


 なにやら俺と月天丸を交互にチラチラと見ながら、得意げに二朱は語る。実はこの作戦を立案するとき、二朱は楽観的なまでに成功を確信していたのだ。


 そこで皇帝がちらりと二朱に視線を落とした。


「そうか、お前はやはり察したか」

「他の阿呆どもはともかくね。そうするのが一番丸く収まるっていうのは見えてるもの。なんならあたしも協力するわよ?」

「ふむ。流石といいたいところだが、まだ青いな」


 へ? と二朱が目を丸くした。


「確かにそのは現状で有力な案だが、あくまで選択肢の一つに過ぎん。これからいくらでも覆る可能性はある。すぐに慢心してしまうのはお前の悪い癖だぞ、二朱。お前にもまだ即位の可能性は十二分にあるということをよく覚えておけ」


 よく分からないが、父と姉の間で何かしらの高度な応酬があったらしい。さっきまで憎たらしいほどの余裕顔を浮かべていた姉が、みるみるうちに唇を曲げていく。


 対照的に、皇帝は余裕綽綽で玉座の肘掛けに頬杖をつく。


「さて……それで、投票制だったな。余もその方法を否定はせん。だが、今の状況ではいささか公平とは言い難い。城下で活躍をしていた月天丸ばかりが過剰に有利になってしまうからな」

「じゃあやっぱり却下じゃないか」

「余の話を最後まで聞け」


 呆れたような顔になって皇帝は俺の言を否定した。


「今の状況では公平性を欠くと言っているだけだ。将来、お前たちの人となりや能力が広く臣民たちに知れ渡った際には、投票制を検討してもいい」

「能力はともかく、こやつらの人となりが知れ渡ればむしろ投票には悪影響ではないのか?」


 と月天丸が的確に口を挟むが、


「構わんよ。よく知られた上で負ければ、こいつらはそこまでの器だったということだ」


 あくまで皇帝は泰然としていた。

 それを受けた兄たちは俄かに活気づき始める。


「言ったな親父……? 男がそこまで吐いた以上、もう撤回は聞かねえぜ……?」

「ええ、人柄を知られれば知られるほどあたし達の勝ちはあり得ないものね」

「まったく僕らの器の小ささも舐められたものです」


 胸を張ってそう言う兄たちだったが、俺は多少の危機感を抱いていた。

 いざ投票制になれば義賊としての実績のある月天丸が大差で一位になるだろうが、おそらく二位は俺である。


 人間的魅力の皆無な兄たちなら敗戦を確信できるのだろう。


 しかし、皇帝のいうとおり十分に人柄と能力を知られた上でなら、魅力に溢れる俺が人気で逆転一位に躍り出てしまう可能性も無視できな――


「言っておくが、貴様も傍から見たらあの連中と同じ穴の貉だからな」


 と、こちらの懸念を察したかのように月天丸が俺の尻をべしんと叩いてきた。


「月天丸……そうか。そうだよな。俺の卓越し過ぎた才能は常人には理解されないよな。励ましてくれてありがとう」

「ああそうだな」


 なぜか棒読みで答える月天丸。

 そこで皇帝が視線を月天丸の方に向けてきた。


「第五皇子よ。お前はこの選出法に異存はないのか?」

「私に発言権があるのか?」

「当然だ。お前も公式に認めた皇子であるからな」


 ふむ、と月天丸は自らの顎に拳を添えた。


「皇帝よ。貴殿は指名にせよ投票にせよ、要は最もふさわしい者を次の皇帝に据える所存なのだろう?」

「然り」

「ならば私はさほど心配していない。所詮は当て馬に過ぎんだろうしな」


 ひらひらと手を振る月天丸。


 未だに月天丸は自分が皇位継承者の枠内にいることを信じていないらしい。投票になっても皇帝が結果を改竄するとでも高をくくっているのかもしれない。

 こちらにとっては好都合だ。上手くこの油断に付け込みたいものである。


 皇帝は満足げに唸って俺たちを眺めた。


「そうか。では、投票制の検討を進めていくことにしよう。ついては、お前たちにも相応の働きをしてもらうぞ」

「働き?」


 兄弟全員の疑問の声に、皇帝は頷いて答える。


「簡単なことだ。臣民たちにお前らを知ってもらう第一歩として、それぞれ皇子としての衆前演説をしてもらう」


 月天丸を除く兄弟全員の目が、ゲスな輝きを放った。

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