第7話 認めてくださいあなたの子です


「……で、お前ら。揃いも揃って、余にそんな戯言を吐きにきたわけか?」

「戯言とは何ですか陛下! 俺たちはただ新しい家族との再会を喜んでいるだけです!」


 場所は変わって謁見室。四人兄弟に月天丸という面子で、俺たちは皇帝に直訴をしていた。


「そうだ男としてみっともねえぞ親父! いい加減認めやがれ!」

「ええ、あたしの卜占もこの子は紛れもない妹だって告げているわ」

「僕からも、早急に認知することをお勧めします……もはや言い逃れはできませんよ父上」

「お前ら。余の前でそういう薄汚い表情を浮かべるのはやめろ。不愉快だ」


 確かに兄たちの表情は薄汚いとしか形容できないほどに醜悪だった。かくも表情というのは人間の内心を忠実に反映するものか。


 まったく人間として、ああはなりたくないものである。


「百歩譲ってお前たちの主張を認めるとして、なぜその『大事な妹』とやらに猿轡をして荷物のように担いでいるのだ?」

「こうしないと俺たちのことを人攫い呼ばわりして暴れるので」

「呼ばわりではないわ。今のお前らは事実として人攫いであるわ。降ろしてやれ」


 さすがに皇帝の勅命には逆らえない。俺は肩に担いでいた月天丸を降ろし、猿轡も解いてやる。

 だが、ようやく解放されたというのに月天丸は無言のままだった。


「どうした? ここに来る途中はあんなに騒いでたのに」

「き、貴様ら……ぐだぐだとふざけたことを抜かしていたが、本物の皇子だったのか? というか、あそこにいるのは本物の皇帝ではないか……?」

「そりゃ偽物のところに連れて行くわけないだろ。お前を認知させられるかどうかっていう重大な話だしな」

「馬鹿か貴様らは! 仮に本物の隠し子であっても認めんだろうに、私のような自称していただけの盗人ごときを認めるわけが――むぐっ!」


 俺はすかさず月天丸の発言を掌で封じた。危なかった、自称などということがバレては計画がご破算だ。


「ともかく陛下。このとおり、この者は皇位を引き継ぐにふさわしい人物であると思えます」

「四玄よ。『このとおり』という言葉の使い方を今一度学び直してこい」


 皇帝は目を伏せて、玉座の背もたれに深く身を預けた。そうしてから、再び鋭い視線を作って月天丸に向けた。


「妹とかいう馬鹿どもの謀はともかくとして、義賊・月天丸か。一度会ってみたいとは思っていた」


 月天丸が身構える。


「私を処罰するつもりか? いいだろう。所詮は私も単なる盗人だ。覚悟はできている」

「いいや。貴公を処分するのであれば、まずは貴様が日夜戦っている悪党どもを先に処罰せねば筋が通らん」


 これに対し、月天丸は虚を衝かれたような顔となった。


「待て。それで善人ぶったつもりか? あやつらが庶民を食い物にしているのを黙って眺めているのは他ならぬ貴様ではないか。役人どもを引き締めて賄賂の横行を正すことこそが君主としての筋ではないのか?」

「そればかりでは立ち行かん。たとえば貴様が盗みを働いた大商人は、侠客と繋がって商売敵を排しこの安都の商利を一手に担っている。なるほど欲に塗れた悪人ではあるが、奴の手腕なしには戦時に物資を調達することもままならん。暴利の金貸しどもも、戦時には大いに戦費調達で貢献してくれる」


 月天丸は怒りに満ちた顔となって近くの柱を拳で殴った。小刀を取り上げていなければ、その場で皇帝に斬りかかっていたかもしれない。


「だから奴らの横暴を見逃すというのか!」

「いかにも。しかしそれは貴公についても同じだ、月天丸。本来は令に反した盗みであれど、貴公の行いは世を思えばこそ。奴らの悪行に目を瞑るのと等しく、貴公の義行にも余は目を瞑ろう」


 悪人たちと同列に罪を見逃されたことに、月天丸は大きな屈辱を感じているようだった。歯ぎしりの音がこちらにまで聞こえてくる。


「時に、昨晩貴公が盗みを働こうした薬売りだが。あの者が阿片を捌いているというのは事実か?」

「……おそらくは。阿片売りを何人も締め上げて元締めを突き止めたのだ。あれだけ厳重に警備していたのも、やましいことがあるからこそだ」

「証拠は?」

「……ない! 昨日、宝と一緒に阿片の実物でも盗めればと思っていたが、失敗した。こうなればもはや貴様は『目を瞑る』のだろう?」


 そう言って月天丸は挑発するが、皇帝は歯牙にもかけず掌を宙で払う。


「もうよい。その者は丁重に城下まで送り届けよ」

「しかし陛下! 見てくださいこの凛々しい目は陛下に生き写し――」

「お前はこの流れでまだ余が認知する可能性を捨てていなかったのか……?」


 無論である。俺も武人の端くれ。そして一度決めた誓いを簡単に曲げるようでは武人ではない。

 兄たちも気持ちは同じのようだった。一虎が密かに持ち込んでいた徳利と盃を取り出し、五人分の酒を酌み分けている。


「親父が認めなくても関係ねえ! この月天丸はオレたちの妹だ! そうだろお前ら!?」

「もう、お父様ったら意固地なんですから。あたしたちが先に認めて執り成すしかありませんね」

「いずれ父上が弱った隙にでも認知を再び迫ればいいだけの話ですしね……ふふ……」


 しかし、当の月天丸は興味もなさそうにスタスタと謁見の間を辞去していった。慌てて俺は廊下に出て追い縋る。


「おい待った、まだ話が」

「どう考えても終わったろう。私はもう帰る。送ってもらう必要もない。一人で充分だ」


 兄たちもやや遅れて駆け出して来た。


「おぉーい! 待ってくれよ、まだ盃を交わしてねえぞ」

「いらん! こんな宮廷なんぞで偉ぶるような人間と関わるなんて真っ平御免だ!」


 凄まじい剣幕で月天丸が怒鳴りつけるが、一虎は飄々としている。強引に盃を押し付けて来そうだったが、それを遮ったのは二朱だ。


「ま、確かにまだ子供だし盃は早かったかもしれないわね。でも、せめて攫ったお詫びに替えの服くらいは用意させてくれる? そんなボロボロの黒装束と草鞋じゃ、城下に出て怪しまれてしまうんじゃなくて?」

「む……」

「姉さまは無駄に豪華な服しか持っていないでしょうから、僕が用意しましょう。付きの女官のために用意した服がまだ余っていましてね……」


 三龍がさらりと悲しい発言をする。

 経緯を知っている者からすれば「三龍が満を持して夜に誘った女官に暇を出され、彼女の着替えとして用意した新品の麻服がまだ干されたままになっている」という過去を思い出さざるを得ない。


「駄目よ三龍。その服には邪念が染みついているわ。あたしだって普通の服くらい持ってるから、それを譲ってあげるわ」

「僕の涙は邪念ですか……ふふ」


 残念ながらおそらく邪念以外の何物でもない。仮に邪念でなくても単純に気持ち悪い。


 二朱は苦い顔の月天丸の背を押して、自らの部屋に連行していった。

 女人の準備というのはやたらと長かった。兄二人と廊下に立ったまま待っていたが、途中から焦れて無言の組手を始めたほどだ。


「はーい! 馬鹿どもお待たせ!」


 そしてこちらが組手に熱中し、月天丸を待っていたことを忘れかけたころに、ようやく二朱が戻ってくる。

 連れているのは――月天丸?


「ええい! さっさと濡れ布巾をよこせ! 無駄に飾るなど気色が悪いわ!」

「ほらほら黙らっしゃい。ね? この子ったらあたしに比べて色気が足りないでしょ? だからちょっと化粧で遊んであげたのよ。少しは大人っぽくなったでしょ?」


 正直いって少し驚いた。

 歳のわりには子供っぽい顔かと思っていたが、少し粉を叩いただけでかなり大人びるものらしい。二朱と趣の違う顔立ちというのは確かだが、これはこれでかなりの美人だった。


 ただ、本人は化粧を落としたがっているらしく、二朱が手に持った粉落としの濡れ布巾に向かってぴょんぴょんと跳ねている。

 と、二朱がその布巾をこちらに投げ渡してくる。


「というわけで四玄。城下まで送ってらっしゃい」

「貴様早くその布巾を寄越せ!」

「へい」


 俺は特に躊躇もなく布巾を渡す。月天丸は顔を埋めるようにして化粧を乱雑に落とした。


「あぁ。何すぐ渡してんのよ勿体ない」

「あまり上等な化粧なんかして城下をうろついてると、服は質素でも金持ちの子かと疑われるんだ。変なゴタゴタに巻き込まれない方がいいだろ」

「そんな心配しなくても、その子ならすぐ逃げられるでしょう」


 まあ正論だ。俺たちには遠く及ばないとはいえ、暴漢を十人以上あっさり倒せるほどの実力者なのだから。

 ただ、そんなゴタゴタにそもそも巻き込まれないのが一番だ。同じような境遇で、毎日のように荒くれ者と殴り合っていた経験のある俺はよく分かる。


 貧しい上に目立ってしまうというのは、ひたすら面倒の種なのだ。


「月天丸、送ってやるけど住処はどこだ?」

「ない。適当な空き家とか穴倉だ」

「じゃあ知り合いの貸家主に話を付けてやるから、しばらくそこに住んでてくれ。皇帝を説得できたらまた迎えに行くから」

「まだ諦めてないのか貴様?」

「当然だ。俺たちの誰も諦めちゃいない」


 固い信念を燃やす俺たち兄弟をざっと眺め、月天丸は長い息を漏らした。


「宿などいらん。もう私に関わるな。送りもいらん」

「だけど」

「これ以上、借りは作らん。昨晩助けてもらったことについては、礼を言う。だが私は盗人の身だ。お前たちと関わるような者ではない」


 月天丸は布巾を投げ捨てて一人で歩いていく。俺が侵入したときの経路を辿れば、彼女も門番の目を盗んで外に出られるだろう。


 小さい背中はさらに小さくなって、宮廷の外に消えていく。


「で、姉上。所在は掴めるな?」

「当然よ。あの子の服と草鞋を回収したから、犬に覚えさせりゃ安都のどこに隠れてても追えるわ」

「匂いの馴らしが終わったら一頭貸してくれ。今の住処を突き止めて、昨晩みたいな無茶をしないよう見張っておく」

「その間に僕らは父上を説得しておきましょう」

「ああ。親父も頑固だが話の分からねえ男じゃねえ。オレたちが皇帝に不適任だって分かってくれるだろうよ」


 俺たちは四人で固く円陣を組む。普段はいがみ合えど、いざ結束したときの絆は強い。それが兄弟である。

 この団結の元であれば、皇帝の座を月天丸に押し付けるという大望も叶うはず。

 そう思っていた矢先に、事件は起きた。




 ――月天丸が攫われたのだ。

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