第47話 聖母


 彼女たちの過去をもうしばらく追ってみよう。


 洞窟を脱出したウルフィラたちは町はずれにたどり着いた。

 暗闇での『長年』の親子の会話、質問からデビルは彼女の持つ認識と同じ程度の世界に対するイメージは学び把握していた。


 だがもちろん、現実とイメージには大きな開きがある。細かな部分は多様にあったが……最初に気づかされた最も大きなこと、それは自分たちは奇異な存在。異能力を別にしたとしても、異物だということだった。


 何度かの失敗経験を経てデビルは、自分は人前では外にいない方が良いと結論付けた。基本的に彼女の中で共に行動し、ウルフィラにも自分の存在を公言しないように命じる。



 こうして彼らは、街の片隅から新たな生活をスタートさせた。


 ただ、ここである人は疑問を持たれるだろう。

 どのようにして、デビルはシラヌイとなったのだと……。


 確かに驚異の能力に加え、卓越したデビルの知性とウルフィラの善なる気質で、いつかは、あの島あの刻へ導かれただろう。しかしこのままの出発では、その時はとてつもなく先の話になった恐れが非常に高い。


 この物語を可能にする、一つの奇跡的な出会いがあった。



 町はずれには古びた教会があり、年老いたシスターが一人で切り盛りしていた。手伝い人としては、見習の若い女性が一人と町に住む信者の者が数名いる程度。


 何も持たないウルフィラは、最初に訪れたこの教会で一時の助けを求めた。シスターは喜んで彼女を受け入れ、教会の一室を寝床として用意してくれた。

 色々と聞きたいこともあっただろうが、身重の少女の体を思い、あえて何も言わず休ませてくれた。


 デビルはそこに大きな好機を見出し、最大限の力を使う。

 ウルフィラが住まうようになってから、ありえないような偶然の奇跡がシスターの周りに起き始めた。


 ある満月の夜。またウルフィラの言葉で事故に遭わずに救われた信者の事を知らせに、嬉々として部屋へ訪れたシスター。

 星明りの元、ウルフィラは彼女に重大な秘密を明かすように厳かに言った。


 「わたしのこの子は、神の子です」


 これはデビルに指示されたことだが、彼女にとっては何の偽りもない真実の言葉。間違いなく神様から授かったのだから。


 数多くのお告げを目の当たりにし、少女のことを神聖視し始めていたシスター。ウルフィラの話す物語、奇跡の告白を聞いた彼女は思わず口にしてしまう。


 「おお! あ、あなたは……マリア様!! ……黒いマリア様の生まれ変わり!! そうなんですね…………ああ……神様! ありがとうございます!! ……なんて、なんていう幸せ……」


 「お願いですシスター。このことは決して、決して言ってはいけない秘密。他言無用です」


 「わ……わかりました……マリア様……」


 「違います。わたしには何の力もありません……すべてこの子の力、わたしの事はいままでどおりウルフィラでいいんです」


 歓喜の涙を流し見つめるシスターは、喜びと興奮で震えている。


 「……は、はい! ウルフィラ……様」


 今後も多く授けられるブラックマリア・ウルフィラの指示に一切の間違いはなかった。神の言葉なのだから当たり前だが。


 


 何処かの似非救世主の様に奇跡を大々的にアピールしたりはしなかったので、教会が忽ち莫大な寄付で潤うようになるということはなかったが、老いたシスターは最後の数年を充実感いっぱいで生きた。


 洞穴を脱出してから、教会に身を置いた4年間でウルフィラたちはこれからの人生の基盤を築いた。

 次の一歩へ進むために、デビルは教会に保管された信者の名簿から、ウルフィラのカバー…偽装身分にふさわしいものを探し出し、新たな身元を手に入れた。


 その間もデビルは貪欲に知識を増やし、恐るべき速さで財を増やしていた。この時のデビルの実年齢は、とっくに母親を超え青年になっていた。姿は、ほぼ赤子のままに。


 シスターの立派な葬儀を済ませた後日、後継者に教会を任せてウルフィラたちは出て行く。この後もこの教会へは大きな寄付が毎年送られることになる、誰も正体を知らない富豪から。



 ウルフィラ16歳。都会でひっそりと暮らす少女は体も大きく成長し、変化を遂げていた。デビルの体も変質し、身長も60センチになっていたのだが、昔の幼き姿と違って、臨月の様に明らかにお腹が目立つことはなくなっている。


 新たな土地に来て数年でデビルは、誰一人親しく知る者はいないけれど……確かに存在する地元の名士としての肩書を確立し、彼女は娘として行動した。


 彼にはまだまだ先の目標があった。今の段階では有力者とはいえ……まだ一般人、巨大な秘密を覆い隠すには不十分。次なるターゲットとしてある貴族の地位を狙う。



 このあたりから、デビルは母親に計画のすべてを話さなくなっていた。

 なぜなら、彼の緻密な計画を理解することはウルフィラには難しかったし、どうせ忘れてしまうから、時間を巻き戻すたびに。

 彼女の愚鈍さが時には疎ましくもあり、彼にはもはや、母親がただの道具、乗り物に過ぎない存在に思える時もある。


 「ママ…………いや…………ウルフィラは、私の言うことを一切口を挟まず実行していればいいから……何も考える必要はない……これからもずっと」


 ウルフィラはこの冷たいともいえる我が子の言葉に、傷つかない。いつもの笑顔で、当然のこと分かっていますと答える。

 彼は無償の愛をそそぐ対象、どんな言葉を投げかけられようとも傷つくことがあろうはずがない。


 ああ、ここで……もう一つのビコーズを書いて置かなければ、彼に対してフェアではないだろう。

 なぜなら、母親はあまりにもピュアだから。これから、プランを実行するためには汚いこともやらねばならない。奇麗ごとばかりで済まないのは分かっていたから。


 (ママに知らせぬ方が……良い)



 さて、ここからも話は続くが、この後の復讐譚を事細かに語るには此処は相応しくない……他の書に譲るとしよう。


 端的に記するならば、デビルは自分の能力のすべてを使い、貴族の地位を奪った。何一つ残すことなく奪いつくし破滅させた。


 そして、まるでわらしべ長者の物々交換のごとく、より大きな、セレブリティな、謎めいても違和感のない究極のカバーを目指し、順番に踏み台にして強力な身分を手に入れて行った。



 ウルフィラ二十歳。大都会で平凡に暮らすどこにでもいそうな女性。偶に授かる我が子からの奇妙な指令をこなしながら、二人で幸せに暮らしている。


 彼女は知らない。この時すでにD.M.シラヌイという、世界で上から数えて片手で足るほどの大富豪の母になっていたということを。



 昔話はこの辺にして……。


 さあ……謎解きの続きを始めよう。

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