第8話 異世界転生という偉大なるテンプレ

 中二病や異世界転生は、とにかく自分は他の人とは違う特別な力を持った優れた存在になり、周囲からの尊敬や羨望を得たいという願望の発露がその根底にあるのでは、と前章で述べました。

 これがラノベの主人公のような中二病であれば、かわいらしいものであり まだほほえましくもあるのですが、自分は特別に優れている、という思想はそのまま裏返って 他人は劣っていると考えたり、それにより他人を見下したり ないがしろにする傾向に直結しやすい危険性があると思うのです。そしてそれが増幅していくととんでもない悲劇が待ち受けてる場合もあります。


 いきなり極端な例かもしれませんが、ナチスドイツが作り上げた アリーア人が世界で特別に優秀な民族である、という思想がユダヤ人の迫害や虐殺に繋がったりしているのはその一例ではないかと考えます。歴史的にみるとユダヤ人はもともと昔からヨーロッパでいいように思われていなかった事実もあり、原因はそれだけはないのかもしれませんが、ゆがんだ 自分自身を特別視する思想が、あのアウシュビッツの虐殺などと無関係ではないはずです。

 アーリア人は優勢人種であるが、対極に位置する劣等人種であるユダヤ人と交われば堕落してしまう、だからユダヤ人は絶滅させなくてはいけない、といったトンデモ理論が当時のドイツで広く一般に受け入れられてしまうのです。


 科学的な根拠もなくアーリア人が世界で一番優れていて、それを理解した自分自身も超すごい人物だとか思い込んで悦に入っていたのだろうという人です。けっこうヒトラーって中二病的な部分多くない?なんて思ったりするのですが。実際けっこうオカルト的な分野に興味のある人物だったらしいし。



 異世界転生ものでは、主人公はその転生した世界の人々の中では圧倒的強者としての力を持つことが多いです。


 圧倒的強者が、異なる世界にいる他の集団(少なくとも相対的に武力で劣っている)と出会ったときに起こる現象は現実の歴史を振り返ると決して好ましいものではありません。近世に入り優れた航海技術や近代兵器である銃火器類で武装した欧米各国が、他の地域(アジア、アフリカ等)に出向いて行った時に発生した事実を見ればわかります。


 実際の歴史では大航海時代以後、近世に入りヨーロッパの列強各国はアフリカやアジアに進出して多くの植民地を築いていきました。過酷な支配や収奪もかなりおこなわれたようです。

 特に産業革命が進展してさらにヨーロッパの科学技術・武器などの優位性が高まると、文明的にも高度で優れている我々ヨーロッパ人が劣ったアジア・アフリカに対して支配や指導をしていくのは、当然のこと なんて考える風潮があったそうです。


 アメリカ合衆国も建国以来どんどん西部へ進出して行くにつれてネイティブアメリカンである原住民との衝突が増えていきましたが、アメリカ人自身は、優れた我々がこの大陸に進出して野蛮な原住民であるネイティブアメリカンを駆逐していくのは 神が定めた明白な運命である、という勝手な理屈をかなり本気で信じていたようです。それはマニフェストディスティニーと呼ばれています。結果的にネイティブアメリカンの多くは白人に殺されることになりました。


 南米に栄えたインカ帝国も16世紀に銃で武装した少数のスペイン人に滅亡させられました。



 異世界に転生した主人公も、その気になれば国の一つくらい滅亡させられるんじゃないか?くらいの力を持っているような設定の作品も多いかと思われます。

 しかし主人公はたいてい正義感の強い好青年として描かれることが多いです。異世界で、その圧倒的な強さを決して暴虐非道な目的に使うことはありません。周囲の尊敬や羨望を集め、聖人君子のごとくカリスマを持って周囲との調和をはかり最終的には大円団を迎え物語は終わります。

 人間の汚い部分は出さずに理想的な良いものを追い求める姿は、読者にとっても、安心感を持って読み進めることができ、感動や清々しい気分を感じることができるのでしょう。

 人間というものは、現実の世界や社会では理不尽や不満なことも多いだけに、どこか理想的な世界を追い求めるものなのかもしれません。


 一般的に、圧倒的に強い力を持っている人間はおごったり、腐敗していく、そういうことも誰もがうっすらと無意識のうちに理解はしているはずです。 

 しかし圧倒的強さを持っているにも関わらず、それにおごることなく振る舞う姿、こういう種の爽快さや人間の追い求める理想的な世界を具現化したストーリーというものは、読んでいても気分のいいものだと思います。

 異世界転生というジャンルに惹かれる人が多く、そういう作品が多く読まれるものこのような「偉大なるテンプレ」によるものが大きい、、、のかなあ、、、多分。

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