岬け家訓第78条『虫の息にもたましい十割』

 パーーーン!

 爽快な音が鳴った。

 わたしの頭を男の子の足がすいかみたいに割った音……ではない。

 男の子をほおを、思いっきりビンタした音だ。

 わたしが? ちがう。状況がまるでのみこめていないところから、こんな気持ちのいい快音は出せない。

 ヨルさんが? 残念ながらちがう。とめに入ろうとしたときにはもう遅かった。

 じゃあ意外にも緑ちゃん? これもちがう。緑ちゃんはなにもできずにずっと棒立ちだった。

「れ、レーコさん……!」

 男の子の足をむんずとつかんで、バランスをくずし、そのすきにさわやかなビンタを放ったわたしのヒーロー。

 こわいくらいにきれいな顔。

 長いのにすずしさを感じさせる黒髪。

 ふるめかしいのにおしゃれなセーラー服。

 わたしの、死神。

 レーコさんは目を白黒させる男の子を木の床にぬいつけるように足でふみながら、はあ~~~と大きくためいきをついた。

「だから言っただろ? 優依」

 げんなり。そんな顔でわたしを見るレーコさんはけど、すこし笑っていた。

「レーゴー……なんで、おまえが……」

 男の子が苦しそうに息をしながら、あぜんとしたように言う。

「わたしはレーコだ。そういうことにしてもらう」

 ぐっとレーコさんが足を強くふむ。男の子はゲホっとむせ、わたしはあわててとめに入る。

「レーコさん! 岬け家訓第78条! 『虫の息にもたましい十割』!」

「優依。やめさせたいならきちんとそう言え。あんまり、家訓にばっかりしばられるのはよくない」

 うっ……言葉につまる。

 たしかにレーコさんの言うとおりだ。だから。

「レーコさん、足をどけて。その子、苦しそう」

「だそうだけど、まさかまた優依をおそったりしないよな? えーっと……」

「ロックだ。おそったりしないから、どいてくれ」

 レーコさんはふわりと宙に浮かびあがり、そこで家と同じようにあぐらをかく。

 男の子はすこしせきこんでいたけど、すぐに立ち上がってレーコさんをぎろりとにらんだ。

「レーゴー……いや、レーコか。どうしてあんたがここに?」

 ヨルさんがにらみあうふたりのあいだに入るようにただよってきて、そうたずねる。

 制服姿なのはヨルさんも同じだけど、レーコさんとはまるでデザインがちがう。同じ学校だった……というわけではなさそうだ。

「こいつが封印を解いた」

 あごでわたしの顔をさし、レーコさんはふんぞりかえる。

「まいったな……ロックの言ったとおり、本当に七人そろっちゃったじゃないか……」

「ヨルルン、いつも心配してたけど、七人そろうと、なにが起こるの?」

「それはわたしが説明しましょう」

 また知らないひとの声がして、教室のドアのほうを見ると、同時にノイズまじりのチャイムが鳴った。

「いけない! もう1時間目がはじまってしまうじゃないですか! みなさんもすぐに教室にもどってください! われわれ学生の本分は勉強なんですよ!」

 と、あわあわと早口に言って、そのひとは廊下を早足で歩いていった。

 急いでいても廊下は走らない……さては優等生だな……。

「優依ちゃん、わたしたちも、もどろ?」

 緑ちゃんは不安そうに顔をふせながら、わたしの手をとろうとしてすぐに引っ込める。

「ごめんね……なんか変なことにまきこんじゃって……」

 はてな? わたしは思いきり首をかしげた。

「緑ちゃん、なにも悪いことしてないでしょ?」

「うん……でも……」

「岬け家訓第20条! 『やましくないならやかましく』!」

 わたしがいつもどおり声を張り上げると、緑ちゃんはちょっとびっくりしたあと、明るく笑ってくれた。

「ふふっ、なにそれ」

「ふふん。岬けの家訓はぼうだいな数におよぶのだよ」

 わたしは緑ちゃんの手をとって、あき教室を出た。

 教室のプレートには、「7-1」と書かれていた。

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