第Ⅵ章 偽りの船影(5)

 一方、要塞の上階にある羊角騎士団の執務室にいたハーソン達は……。


「――いくら星占いをしても、全体に〝欺瞞〟の相が漂っています。もしや、ヤツらの狙いはここではないのでは?」


 大きな団長用の机を挟み、海に面した窓の方を向いて立つハーソンに対し、ホロスコープを持ったメデイアが静かな声でそう告げる。


 もうとっくに就寝の時刻を回っていることもあり、今は二人とも鎧を着けてはおらず、ハーソンは白のプールポワンとオー・ド・ショースにバ・ド・ショース(※靴下)、メデイアはスタンダードな黒の修道女服姿である。


「トリニティーガー島に放った密偵の報告でも、一昨日の晩、大挙して海賊どもの船が出航したとのことだが、今もって襲って来る気配は微塵もない……一旦どこかに集結し、策を講じているにしてもあまりに時がかかりすぎる」


 メデイアの言葉に、ハーソンも月夜の蒼い海を開け放った窓越しに眺めながら、薄々その可能性を感じ始めて彼女と同じことを口にする。


「まさか、こちらの方がむしろフェイクで、無謀にも本気で護送船団を襲う気なのか? ……だが、待てよ? あのチンピラどもが捕まって、簡単に口を割ることまでがすべてヤツの計算づくだったとすれば……」


 違和感のある敵の行動に思いを巡らし、ますますその疑いを強めて彼がそう呟いたその時。


 カン! カン! カン! カン! …と、窓の外で早鐘を打つ警戒音がけたたましく鳴ったのだった。


「…? なんの騒ぎだ?」


 その音にハーソンは窓から左右を見回し、メデイアもベールの下で表情を険しくする。


「ここからでは特に何も見えんが…」


 その部屋からの眺めだと、いたって静かに見える夜の海に彼が呟くのと同時に。


 ヒュュュュ~…と風切りが聞こえてきたかと思うと、下の方ではドゴォォォォーンっ…! と地鳴りのように轟音が低く響き渡り、微かな振動がハーソン達の所にまで伝わってくる。


「今の音は砲撃……しかも、この揺れからして攻城戦用の特殊魔術砲弾……」


「もしや、ヤツらの襲撃か?」


 さらに続け様に鳴り響く、ドン! ドン! ドン…! という聞き慣れた大砲の発射音。


「た、大変です! 不審な船が一隻、この要塞に急速接近…いや、どうやら砲撃してきた模様!」


 二人が顔を見合わせていたそこへ、見張りに立っていた羊角騎士団の団員がノックの返事も聞かずに大慌てで部屋へ飛び込んで来る。


「メデイア、屋上へ行くぞ!」


「はい!」


 その報告を聞くや、位置的にそこでは敵船が見えないため、ハーソンはメデイアを誘って360°見渡せる要塞の屋上へと向かった。


「……ああ、団長!」


「ドン・ハーソンさま!」


 中庭を囲んで「ロ」の字形に配された要塞の、建物と一体化した城壁の屋上へと駆け上り、90°曲がって接するとなりの城壁へそのまま移動すると、すでに他の団員達や要塞守備隊の兵達もちらほらと集まって来ており、ハーソンの姿を目にするや、すぐさま声をかけてくる。


「団長、あれをご覧ください」


 中には一足早く駆けつけた副団長アウグストの姿もあり、その場にそぐわぬ落ち着いた口調で、城壁のすぐ下に迫る海の方を眼だけを向けて指し示した。


「あれは……あのシルエットは間違いない……」


 雁木状に狭間さまの空いた鋸歯壁に近づき、アウグストの言葉にその方角を眺めたハーソンは、要塞の目と鼻の先にまで接近した見まがうべくもないユニークな船影を認める。


 また、自分達の足下へ目を移してみれば、一階部分の城壁が大きく抉れ、崩れて山になった石材からはまだ微かに土煙の上がっているのもわかる。


「レヴィアタン・デル・パライソ号だっ! 待ちに待った魔術師船長マゴ・カピタンさまのお出ましだぞ! 守備隊はもう迎撃に入っているな? アウグスト、駐留艦隊にもすぐ出航して砲撃するよう伝えろ! 我らもアルゴナウタイ号で出る! 全員、急いで出撃準備をして埠頭へ集合だ!」


「ハッ! 皆、聞いたな? 私は駐留艦隊の屯所へ行く! ティヴィアス達が食堂で酔いつぶれているはずだ! 誰か行って叩き起こして来い!」


 事態を把握した瞬間、ハーソンは大声で指示を飛ばし、アウグスト指揮の下、集まっていた騎士団員達は各々方々へと散ってゆく。


「よーし! 撃ていっ!」


 他方、そのとなりでは、白い煙を夜空にたなびかせながら…ドン! ……ドン! …ドン…! と立て続けに砲撃音が鳴り響く。


 白衣の羊角騎士達の傍ら、新天地のエルドラニア兵を表す青とピンクの制服に、胸当て鎧とキャバセット型兜を着けた要塞守備隊の兵士達は、早くもそこに据え付けられているカノン砲を眼下の船影目がけて撃ち始めているのだ。


 一方、真っ暗な海上からも、一瞬、火薬の炸裂する火花を明るく散らしながら、ドン! …ド、ドン…! と連続した砲撃音が聞こえてくる……。


 対する船影の方からも、第一射に続いて第二射、第三射と、舷側に穿たれた砲門から負けじと砲弾を散発的に撃ち込んできている。


 だが、最初の一発のように桁違いの威力はないらしく、放たれた弾はゴン…! と鈍い音を立てて城壁に当たるも、わずかに表面を欠いて跳ね返るばかりである。


「しかし、何か妙ですね。徒党を組んだ海賊達もトリニティーガーを出航したはずなのに……見たところ、ヤツらの海賊船しかいないようですが……」


 そんな敵船の挑発するかのような様子を眺めていたハーソンに、同じくそのとなりで眺めるメデイアが怪訝そうな声で呟いた。


「だな。狡賢いマルク・デ・スファラニアのことだ。おそらく何か魂胆があるのだろう。我らをおびき出し、どこかで待ち伏せでもするつもりか……あるいはヤツは囮で、別働の海賊どもがここを襲うつもりか……いずれにしろ、守備隊はそっくり残して要塞を固め、我らと駐留艦隊だけでヤツらを叩く。その浅はかな魂胆を逆に利用してやろうではないか」


 すると、ハーソンも同じことを考えていたらしく、不敵な笑みを浮かべて彼女に答えながら、もうすでに敵の裏をかく戦術を頭の中に思い描いている。


「魔術による悪魔の加護は駐留艦隊の魔法修士に任せておけばいい。メデイア、おまえにも前線へ出てもらうぞ!」


「はい!」


 そして、アルゴナウタイ号においては魔術担当であるメデイアにそう声をかけると、自らも身を翻して出撃準備に向かった――。

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