第Ⅳ章 賊たちの宴(2)


「なあに、たまには皆さんとご一緒に酒でも酌み交わしながら商売の話でもしたいと思いましてね……悪名高き船長の皆さんにちょっと協力してほしい仕事があるんだ」


 白髪鬘の郷紳ジェントリ――実際にグウィルズ王国の郷紳ジェントリ一族出身で、皆からは〝村長〟と呼ばれているヘドリー・モンマスの質問に、マルクは含みのある声色で仮面の下からそう答えた。


 無論、彼が言うように、これはご同業の悪党同志、親睦を深めるためのただの船上パーティーなどではない……


 長い船旅の末、ここ、トリニティーガー島へ着くとすぐさまサウロ達が彼ら大物海賊のもとへと赴き、この〝宴〟という名の会合の席へ呼び集めたのである。


 目的はもちろん、魔導書『大奥義書』を手に入れるための協力要請だ。


「ほう…協力してほしい仕事とな。魔導書にしか興味のない貴様がそのようなことを言うとは、ますます持って珍しいことだ」


 白い襞襟を着けた貴族のような恰好の男――こちらは本物の貴族ではないが、そうした上流階級に憧れる通称〝貴族さま〟こと同じグウィルズ人海賊のベンジャミュー・ブラックバードが、マルクのらしからぬ発言に興味深げな様子で身を乗り出した。


「ま、単刀直入に言うと今回もその魔導書が狙いでね。今、『大奥義書』っていう超レアなのを載せた護送船団がこっちに向かってる……そいつを、ここにいる全員で襲いたいんだ」


「……!」


 だが、ベンジャミューに答えて口にしたマルクのその言葉に、そこにいる船長達は全員、驚きに目を丸くして固まってしまう。


「おまえはバカか! 相手は重武装の施されたガレオン船の艦隊だぞ? そんな自殺行為をするアホウな海賊がどこにいる!」


 一瞬の後、片メガネをした商人風の、見た目そのまま〝詐欺師〟の名で通るアングラント人ジョシュア・ホークヤードが、侮蔑するような眼を向けてマルクを罵倒する。


「僕はバカでもアホウでもないよ。向こうはガレオン七隻。こっちは全員参加なら僕らも入れて八隻だ。つまり一隻多いことになる。一つの海賊団じゃ歯が立たないかもしれないけど、これだけの偉大な船長達が手を組んで事に当たれば、充分すぎるほど勝ち目はあるってもんだよ」


 しかし、悪口を浴びせられても別段怒ることもなく、その企てのけして無謀でないことを穏やかな口調でマルクは丁寧に説明する。


「たとえ武装ガレオンが相手といえども、純粋に数でいけばこちらが有利……確かに勝算のないケンカというわけでもなさそうだな」


「まあ、私はアングラント王より〝私掠免状〟をもらっているし、エルドラニアに一泡吹かせるのは望むところではあるが……分け前はどうする?」


 それまでずっと押し黙っていた黒い羽根付き帽の男――その剣の腕前から〝海賊剣士エペイスト・ド・ピアータ〟として有名なフランクル人ジャン・バテイスト・ドローヌがおもむろに口を開き、思いもよらぬマルクの企てに一定の評価を下すと、ヘドリーもまだ賛成というわけではなさそうだが、とりあえずは話に乗って来る。


 彼のいう〝私掠免状〟とは、各国の王が「敵国の船を襲ってもぜんぜんOK!」という勝手な許しを出した公式の海賊行為許可証である。


 国境を接するフランクル王国や、海を挟んでその西の大アルビトン島で連合王国を構成するアングラントやグウィルズでは、敵対するエルドラニアの財力を弱めるために海賊を率先して許可…いや、むしろ促進していたのである。


 というのもヘドリーに限らず、新天地にいる海賊のほとんどがアングラントやグウィルズ、フランクルといった、何かしらエルドラニアに含むところのある国の出身者達だったからだ。


「こちらは『大奥義書』だけもらえればそれでいい。残りの積荷はみんなで山分けしてもらってかまわないよ。それに武器弾薬に関しても、狩猟を司るソロモン王の悪魔序列8番、〝力天使の公爵バルバトス〟の魔力を宿した砲弾をこちらで提供するってのでどうだい?」


 自分同様、エルドラニアに少なからず敵意を持つ海賊の親玉達へ、マルクはさらに心揺さぶるような好条件を提案する。


「……ま、そういうことだったら別にいいんじゃない? 誰も怖がって手を出さない護送船団を襲うなんてなんかちょっとカッコイイし」


 思案する沈黙がわずかにこの場を支配した後、全身白の伊達男、〝白シュミーズ〟ことジョナタン・キャラコムが、どこか他人事な態度で大仰に肩をすくめながら最初に賛同の意を示す。


「ああ、護送船団とタイマン張るっつーのもたまには悪くねえ」


「うむ。ヒッポカムポス艦隊が相手となれば、予の名に恥じぬ大いなる偉業だ」


 すると、メイスを担いだヤンキー――人呼んで〝悪龍〟ことフランクリン・ドラコも不敵に口元を歪めてそれに賛成し、貴族を気取った口振りでベンジャミューも頷く。


「ちょっと待て。一見いいように聞こえるが、その実、我らにはあまり旨味のない話だ。金銀をたんまり積んだ帰りの船団ならまだしも、本国からこちらに来る船に乗ってる荷物はたかが知れてる。それを山分けできると言われても、武装ガレオン相手では採算がとれん」


 一方、名誉よりも実利をとる、算盤勘定に長けたリアリストの詐欺師ジョシュアだけは、費用対効果を天秤にかけてマルクの条件に難色を示す。


「いや、メリットはそれだけじゃない。『大奥義書』には地上の財宝の管理者とされる悪魔宰相ルキフゲ・ロフォカレを呼び出し、隠された宝を手に入れる方法も記されている。お望みとあらば、そいつの写本を皆さんにもさしあげよう。その魔術を持ってすれば、誰でも埋蔵金を発見し放題だ」


 だが、がめつい詐欺師の手ごわい批判にも慌てることなく、マルクは冷たい鉄仮面の無表情のまま、こういう時の切り札に用意していたもう一つの利点を補足説明した。


「埋蔵金発見し放題? そんなおまけまで付いてるのか! なぜそれを早く言わぬ?」


「なるほど。そういう魔導書だったか。おまけというより、むしろそっちの方が魅力的だな」


 その話にベンジャミューやヘドリーを始め、そこにいる海賊達は俄かに色めき立つ。


 マルクの語った『大奥義書』の話に限らず、魔導書には意外と財宝を手に入れるための方法について書かれているものも少なくはない。


 本来〝魔導書〟という書物は超常的な力や知識を得ることを目的に用いる、いうなれば魔術に関わる者のための専門技術書なのであるが、より俗的な一般の人々にとってはそうした高尚なものというより、悪魔の力で隠された財宝を見つけ出す〝宝探し〟のためのハウツー本といったイメージで見られていたりもするのだ。


「地上の財産の管理人か……エルドラニアがそれをこっちに送ったということは、この新天地で財宝を見つけ出せる可能性はかなり高いと見ていい。確かに、かつて原住民達は黄金文明を築いていたという話だし、噂に聞く幻の黄金都市の伝説もある……不確定ではあるが、充分利益の見込める話ではあるな……」


 それは金にうるさいジョシュアにとっても同様であり、彼も顎に手をやりながら頭の中で計算すると、一転、マルクの話に乗る素振りを見せ始める。


「じゃあ、僕の取り分はマリアンネちゃんとサウロくんを一日自由にしていいっていうのでどうかな?」


 すると、それに便乗してオカッパ・口髭のアングラント系フランクル人――ロリコン&ショタコンだという悪い噂が囁かれる…というか、最早そうとしか思えない〝青髭〟ことジルドレア・サッチャーが、どさくさに紛れて自身の欲望に満ちた要求もさらっと入れてくる。


「…………考えておくよ」


「考えないでください!」×2


 しばしの黙考の後、とりあえずそう答えて流そうとする無責任なマルクに、マリアンネとサウロは思わず同時にツッコミを入れた。


「ま、ともかくもそういうわけなんで、『大奥義書』を手に入れるためにみんなで護送船団を襲撃するってことでいいかな?」


 二人の文句は何事もなかったかのように無視し、マルクは皆の心が大きくこちら側へ傾いたのを見計らって、心変わりせぬ内にとすかさずもう一度念押しをする。


「うむ。そのような類の魔導書であれば、おまえらのような変わり者の海賊でなくとも多少の冒険はしてみたくなるとうものだ……皆も異存はあるまい?」


「上等じゃねえか。いい機会だ。俺達とエルドラニア、どっちがこの海でアタマ張れるかわからせてやるぜ」


「そうだね。お宝もザクザク手に入るし、護送船団を襲ったなんて言ったら、女の子にもモテモテになれそうだ」


 マルクの確認に、普段から海賊達の取りまとめ役的なところのある〝村長〟・ヘドリーが引き継いで尋ねると、ドラコやジョナタン以下、他の者達もそれぞれに頷く。


「して、決行はいつだ? 何か作戦はあるのか?」


「ちょっと忙しいけど、明後日の夜に早々お願いするよ。あと一日二日で護送船団はこの近海に到達する。船を隠せるこの島嶼とうしょ海域で襲うのが海賊としては常套手段だけど、今回はその前に太洋上で仕掛けようと思う。そんな見晴らしのいい場所で襲撃してくるはずがないと油断しているところが狙い目だ。なんで、出航は明晩。もう羊角騎士団が嗅ぎつけてるんで、ヤツらの眼を眩ますのにも人の寝静まった後の方がいいだろう」


 続いてジャン・ドローヌがさっそく計画の詳細を確かめると、マルクは考える間もなく、あいかわらずの無表情な鉄仮面でそう淡々と答えた。


「明日の夜出航か。そいつはほんとに忙しいな。ま、特に狙っている獲物も今はないし、なんとかいけるだろう。こっちとしても、ヒツジどもの出ばってくる前にカタをつけたいしな」


 その少々無理な計画にも、『大奥義書』の副産物ですっかり乗り気になっている海賊達はヘドリー村長を筆頭に文句なく頷く。


「よし! じゃあ決まりだ。ともかくも、まずはこの大仕事の成功を願って乾杯といこうじゃないか。こいつはエルドラニアから持ち帰ったフランクル産の上物ワインだ。酒の肴にうちの団員が作った辰国料理もあるから、今夜は遠慮せずに心ゆくまで味わっておくれ」


 その様子を見て、マルクが動かない鉄の口で合図を出すと、リュカとキホルテスが露華手製の珍しき東方の料理をテーブルの上へと運び、サウロとマリアンネは皆の席を回って、それぞれのグラスに赤ワインを注いでゆく。


 今宵はよく晴れた空に満月に近い月が輝き、船上で入り江の夜景を眺めながらパーティーするにはもってこいのお日柄…否、夜柄である。


「ほお。本場の高級ワインに異国料理か。そいつは豪勢だな。まさか金はとらないだろうな?」


「うむ。予の晩餐にはぴったりの趣向。それだけでも来た甲斐はあったというもの」


「おお! 東方のアマソナス・陳露華ちゃんの手作り料理だねえ! そういえば、露華ちゃんの姿が見えないようだけど、どこかお出かけなのかなあ? 夜の外出は物騒だし、なんなら暴漢に襲われないよう、僕がお迎えに…」


 テーブルを彩る未知の料理と美しいワインの濃赤色に、ジョシュアやベンジャミューら他の海賊達が口いっぱいの生唾を溜める中、独りジルドレアだけはまたよからぬ欲望を密かに膨らませ、他の者達とは違った意味合で涎を垂らしている。


「いや、露華のことならご心配なく。むしろ襲ってくる暴漢の方が心配というか……さて、みんなワインは渡ったかな? では、偉大なる船長の皆さま、グラスをお取りください。我らトリニティーガー島海賊連合の勝利を祝って、かんぱーい!」


 だが、そんな変態…もとい、青髭ジルドレアの妄言はさらっと受け流し、マルクは皆のグラスが満たされたのを見て乾杯の音頭をとる。


「かんぱーい!」


「…うむ。こいつは旨いワインだ。どこのシャトーだ? 薄めて売ってもいい商売になるかもしれん……ん? マルク・デ・スファラニア、おまえは飲まないのか? ま、その仮面着けたままじゃ無理そうだが……」


 それに続いてグラスを掲げ、同時にワインを煽る海賊達だったが、手を卓上で組んだきり、一人だけ目の前に置かれたグラスには口をつけないマルクに気づき、目聡くジョシュアが片メガネ越しに疑念の眼差しを向ける。


「ああ。無作法だけど失礼するよ。この仮面もそうだけど、さっきも言ったようにおまじない・・・・・や願掛けみたいなものさ……〝僕らの企て〟がうまくいくようにね」


 ジョシュアの言葉に他の凶悪な海賊達もマルクの方へと鋭い視線を向けるが、彼は無表情な鉄面皮でそう言ってのけると、くぐもった声だけで不敵な笑みを浮かべた――。

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