第26話 先輩26 デートー4

 「さて、体力も回復したことだし、ぼちぼち行こか」

 

 飲み干したアイスティーのカップを手に、張り切った声で立ち上がる先輩。


 「行くって、どこにですか?」

 「そりゃ……戦場だよ!」



 浜松駅の横にある8階建てのビルは、ちょっとしたデパ地下になっている。地下には食材の並ぶ百貨店があり、どれもほかの店より少し値の張る商品ばかりで、セレブたちが集うようなちょっとした高級百貨店として知られている。上の階は僕には縁もゆかりもない化粧品売り場、日常品売り場、ドラッグストア、アニメショップ、本屋など結構幅広い種類の店が並んでいる。

 そんな建物の中をスタスタと歩く女の子が一人。


 「んーっと、エレベーターは……こっちね」

 「どこに向かってるんですか、先輩?」


 あ、それから、その女の子の後ろについていく男子も一人。


 「4階かなぁ」

 「4階?」


 エレベーターの横に貼り付けてある店内リスト案内表を見ながら、多分と言った感じで答える先輩。


 「うん、やっぱ4階だ」


 そう言って、彼女はえれエレベーターのボタンを押す。

 エレベーターを4階で降りると、またしてもスタスタと歩き出した。


 何を探しているんだろう。ひょっとして、また洋服選び……?

 通りすぎる洋服店を見ながら、僕は前回の色んな意味で疲れた先輩の洋服選びを思い出し、嫌な予感を覚えた。

 

 「あ、あったあった」


 しかし、先輩が入っていったのは洋服店ではなく、普通の文房具店『Left』だった。


 ルーズリーフでも買いに来たかったのかな?


 そんなことを考えながら、先輩の後に続く。


 しかし、またしても僕の予想は外れた。彼女は筆記用具やノートの類の商品が置いてあるコーナーとは反対の方向へすたすたと歩いていく。


 「先輩。何を探してるんですか?」

 「えっとねー、この辺にあったはずなんだけど……移動しちゃったのかな?」


 そう言って、同じところをキョロキョロと歩き回っている。

 

 店員さんに聞けばいいのに……。

 

 普段、お店で店員に声をかけられるのがそこまで苦手ではない僕は、探しているものが見つからないときは自分から店員に声をかけていく。そのほうが楽だし、なにより確実で早い。


 

 「はぁ、やっぱ撤去しちゃったのかな……」

 

 あからさまに落ち込んだ表情をする先輩を見て、我慢できず声をかけた。


 「あの、僕、店員さんに聞いてきましょうか?」

 「んー、そうしようかな。でもカイ君に悪いから、自分で聞いてきますっ」


 余計な気を使ったかなと思ったけど、意外にも素直に提案を受け入れてくれた。でも逆に僕がそんな提案するのが意外だったのか、けらけらとかわいらしく笑いながら店員の方へ向かっていった。

 僕、エスパーかな?




 「ごめん、カイ君、おまたせっ」

 

 店員さんと話し終えた先輩がテッテッテと軽い足取りで歩いてきた。


 「どうですか?探し物ありましたか?」

 「うんっ、やっぱり前とは違う場所に移動してたみたい」 


 先輩は嬉しそうに答えた。


 「それで、結局先輩は何を探してたんですか?」

 「えっとね……これなんだ」


 そう言って先輩は、おもむろに閉じていた両手を目の前に出し、そしてゆっくり開いた。


 「これは……?」

 

 見せられたものの、僕はそれが何かよくわからず、首をかしげる。


 「えっ、もしかしてカイ君、これ知らない?」


 先輩は先輩で、違う意味で少し驚いているようで、ちょこっと首をかしげる。


 「はい。これ、そんなに有名なんですか?」

 「うん、結構有名なはず……ぷっ、あははははっ。そっか、カイ君知らないのかぁ」

  

 なぜか急に笑い出す先輩。そんなにこれを知らないことが変なのかな??


 「これはね、ちょっと前から話題になってる『うさもる』っていうキャラクターのグッズだよ」

 「『うさもる』……」

  

 先輩の手の上にはちょっと生意気な顔をしたかわいらしいうさぎのストラップがちょこんと座っていた。まるで、ゆるきゃらみたい。


 「なんか、かわいいですね」

 「でしょ?!このちょっとボケーっとした感じの顔つきが最高なのっ」

 

 急に饒舌に語りだした先輩。あまりの勢いに呆気に取られた。


 「あ、ご、ごめん。つい……、えへへへ」


 素に戻ったようで、顔を赤くしながら落ち着く先輩。なんか一人劇場を見てるみたいで面白かった、とは言わないようにしておこう。


 「それで、この『うさもる』のストラップを探してたって事ですか?」

 「そうそう、前にこの店に来たとき同じのを見つけてほしいなーって思ってたんだけど、そのときは金欠で……」 


 なるほど、それでさっきはあんなに無心にこれを探し回っていたのか。


 「あ、私のこと、変な人だと思ってるんでしょー?」

 「そんなことはないですよ。ただ、面白いなーって」

 「それ、私からしたら同じことだからね?」

 「はははっ、でも先輩の意外な一面、結構かわいかったですよ?」

 「……それなら許す」


 先輩は下を見て、手に乗った『うさもる』のストラップを触りながら言った。


 


 「今日は付き合ってくれてありがと。すごく楽しかったよっ」


 手を後ろに組みながら、先輩は喜びを頬に浮かべた。

 彼女の肩に掛けたかばんにはさっき購入した『うさもる』のストラップが吊り下がっていた。


 「いえ。こちらこそ、全部先輩に任せきりなっちゃってすみません」

 「もう、そこは『ありがとう』でいいのに……」


 僕の言葉にやれやれといった表情を見せる彼女。表情の一つ一つが豊かにコロコロと変わってかわいいなと改めて感じた。


 時間はもう沈みかけているが、昼間の熱がまだ冷めていないかのように、外の空気は暑かった。


 ……


 この沈黙は、どんな意味を成しているんだろう。

 会話がなくなったとか、そういうのではない気がする。

 

 そんなことを考えても、間をつなぐ適当な言葉は出てこない。


 

 「それじゃぁ、また学校でね、カイ君」

 「は、はい。じゃあまた」


 沈黙に耐え切れなくなったのか、先輩から別れの挨拶を切り出した。

 僕は、駅のほうへ体を向け、足を動かした。



 ガバッ!


 突然、背中に何かがぶつかる強い衝撃が走った。


 「せ、先輩……?」

 「まだ帰りたくないよ……」


 後ろから、先輩のかき消えそうな声が聞こえる。


 「先輩、人目……」

 「そんなことどうでもいいからっ。もう少しだけ、こうさせて……?」


 そう言うと、先輩は体制を整えなおし、さっきよりも少しだけ強く、でも優しく僕の体に腕を回した。


 「はぁ。先輩って結構甘えん坊さんですよね」

 「うるさい……」

 

 

 ……


 再び沈黙が続く。


 「……先輩」

 「なに……?」

 「好きです」

 「っ……」

 

 先輩の体が一瞬ぴくっと反応したのを感じた。


 「どう、ですか?」

 「……不意打ちのそれはずるい……」

 「じゃぁうれしかった?」

 「……カイ君のいじわる」


 いつもは先輩に主導権握られてばっかりだったから、こういうのは新鮮で面白……かわいい。


 「かわいいですよ、先輩」

 「……まえ」

 「え?」

 「だから、名前で呼んでって言ったの」

 「有希亜、先輩?」

 「先輩はいらないよ」

 

 僕の背中に顔をうずめたまま、か細い声が聞こえる。


 「それはさすがに……」

 「いいから」

 「じゃぁ……ゆき……あ」

 

 恥ずかしさを隠しきれず、つい言葉がどもってしまった。しかもいつのまにか主導権逆転してるし。


 「……」

  

 先輩からの反応がない。怒っちゃったのかな……?でも、先輩が言えって言ったんだし……。


 「あの、先ぱ……」


 さすがにこの沈黙には我慢できず、口を開いた瞬間、背中から先輩が離れ、僕の視界に現れた。そして次の瞬間……。


 「っ……」


 またあの柔らかい感触とほのかに香る甘い匂いがふわっと覆いかぶさってくるのを感じた。




 「……っはぁっ」

 「せ、先輩……」

 「……もうっ、いきなり先輩呼びに戻ってるよ」

 「えっと……」

 「ん?なぁに?」

 「ゆ、ゆきあ……」

 「うん、なぁに?」

 「その、どうしていきなり……」


 確かにそういう雰囲気っていうのはなんとなく慣れてきたけど、唐突すぎて混乱してる僕はそう聞かずにはいられなかった。


 「……私なりの、愛情表現だから……」

 「え、えっと……」

 「私も……カイ君のこと、好きだよ」


 至近距離だから、こんなに薄暗くても、先輩の顔がよく見える。耳まで真っ赤なのは言うまでもない。でも、その姿があまりにも可愛すぎて、僕は周囲の目線も気にせず、彼女の事を、今度は前から、自分から抱きしめてしまった。


 「か、カイ君っ……?」


 びっくりする先輩の声には答えず、強くその細い体を引き寄せる。胸のあたりがものすごい速度でドクドクしてるのがよく分かった。でもこれが先輩の音なのか、自分の音なのかは、緊張しすぎて皆目見当もつかなかった。

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