第23話 先輩23 デートー1

 僕が住む静岡県にはなぜか映画館の数が多い。数年前に見たテレビでは、東京、大阪、愛知、神奈川、兵庫とわりかしアーバンな都市に次いで「静岡」の名前が表示されていたのを覚えている。


 そして、ここ浜松市にも、駅から少し歩いたところに映画館がある。以前にも話したが、浜松市はド田舎な場所とちょっとアーバンな感じの場所がはっきりと分かれている。そのため、今時の学生が好んでいきそうなカフェや娯楽施設はたいていこの浜松駅周辺に固まっている。


 だから、浜松に住む中高生が「今日街行かね?」とか「街集合ね」って言ったら、とりあえず浜松駅の事を指す。それで、具体的に行く場所が決まっていたら、「街のどこどこ集合ね」っていえば、その「どこどこ」は日本で1カ所、1択になるからわかりやすい。地元最高。


 

 「ごめ~ん、おまたせ~」

 

 そんなことを考えていると、駅の入り口とは反対方向から、白のブラウスに緑のスカート、そして極めつけは踵の少し高いヒールを履いた女の子の姿が見えた。


 「こんにちは、先輩」

 「こんにちは、カイ君っ。ごめんね、遅くなっちゃって」

 「全然、いいですよ。僕もさっきついたところなんで」

 「そっか。それじゃぁ、早速行こっか?」

 「はい」


 ……あれ?

 今、確かに先輩は「行こう」と言った。なのに、全く進もうとしない。


 「あ、あの、先輩?」

 「……」

 

 なんでいきなり沈黙……?僕今何か先輩の気に障ることをした??今、会ったばっかりなのに!?

 

 「あ、あの……?」

 「……はぁ。もうっ、カイ君はホント鈍感なんだから。ほらっ」


 ため息を吐くと、先輩は僕の前に手を伸ばしてきた。


 「え、えっと……」

 「ほ~らっ」 


 駅前だからかなりの人目があるので正直あまり気が進まないのだが、差し出された手を無視するわけにもいかず、僕もしぶしぶと手を出し優しく握る。

 彼女と手をつなぐのはもう初めてではないはずなのに、どうしてこんなに心臓の音がうるさいのだろう。特に今日は、自分の手に汗が滲んでいるのが気になって仕方がない。


 すると、先輩はつないだばかりの手をしゅるりとほどいた。

 や、やっぱり僕の手汗やばかったですよね!?

 さすがにそれを言うのは恥ずかしかったので無言で、しかし心の中で何度も先輩に謝ろうとした。

 しかし、次に先輩が発した言葉は意外なものだった。


 「……今日はこっち」


 ほんのりと頬を赤らめた1個上の僕の彼女は、ほどいたばかりの手をもう一度繋いできた。今度は、指と指を絡めて。


 「せっ、先輩……?」

 「ほ、ほらっ。早くいかないと映画見る時間なくなっちゃうよっ?」


 先輩は僕に顔を見せようとせず、先陣切って映画館の方へ歩き出した。

 

 か、……かわいい。


 映画館に着くころには、僕は先輩の可愛さのあまり、周囲の目線に羞恥心を抱くことを完全に忘れ去っていた。

 まぁ、館内入ったら、その人口密度の高さに速攻で思い出したんだけど。



 「それで、どの映画見るんでしたっけ?」

 「んーっとね……。あっ、これこれ!」

 「えっと次の時間は10時半……って、後2分じゃん!」

 「わわっ!急いでチケット買わなきゃっ」


 楽し……余計なイチャイチャのせいで、僕らは速攻でチケットを買い、速攻でスクリーン5へ行き、そして速攻で本編が始まった。



 今日は土曜日という事もあり、映画館内はかなりの人数がいたが、この映画は公開されてからすでに3週間たっていることもあって、開演ギリギリでもなんとか後ろの席が取れた。



 この映画のあらすじは、ある幼馴染の大学生の男女が夏休みに偶然街で出会ったところから始まる。1年ぶりに再会した幼馴染に以前から抱いていた恋愛感情を再び持ち始める霞。一方で、彼女からなぜか距離を置こうとする大貴。そんなこんなで、ついに霞は抑えきれなくなった大貴に対する恋愛感情を本人に告げる。しかし、大貴はその告白に首を横に振った。

 そして、物語は、霞が大貴の様子がおかしいことに気づき始めたところから一気にクライマックスへ。


 『ねぇ、大貴。私に何か隠してることあるでしょ?』

 『なんも隠してねーよ』

 『うそ、幼馴染の勘、なめないでよね。何年の付き合いだと思ってるの?』

 『……そう、だよな。ハハッ、やっぱ霞には敵わないな。……俺、もうすぐ死ぬんだ』

 『……そっか』

 『だから、ごめん。この間のお前の告白、受けられない』

 『……』

 『悪いとは思ってる。でも、俺なんかと付き合ったってなんもいいことないぞ。それに、霞にはもっといいやつが見つかるよ。だから、俺なんかじゃなくて他の……』

 『あんたじゃなきゃだめなのっ!!』

 『っ……、どうして……』

 『あんたは、いっつもわたしにちょっかい出してくるし、そのくせ女ったらしだし、あと口悪いけど、……けど、いてくれなきゃつまんないし、寂しいし、なんでかわかんないけど、辛いの……』

 『霞……』

 『たとえ、残り僅かな時間でもいい、わたしはあんたと一緒にいたい。私は、あなたの事が好き……』



 ギュッ


 手に何か柔らかな感触を覚えた。僕は、スクリーンから目を離さず、そのまま小さくて暖かいそれを握り返す。すると、先輩もそれに応えるかのように指を絡める。


 この時間が永遠に続けばいいのに。


 結局、映画の終盤の内容はほとんど頭に入ってこなかった。

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