第33話 「 震える思い 」

 籠城した部屋から外に出た後、館がゾンビの襲撃を受けた事について城へ送られた第1報。それに引き続き、現時点で分かっていることを伝令に託すこととなり、グロリアスが机に向かっている間一旦解散となった。


 廊下をぶらりと歩く様にして、皐月とシャイアが足を向けたのは中庭。

 この空いた時間で確認できる範囲だけでも花を探そうと思ってのことだった。花を手折るとしても守るとしても場所の特定はしておいた方がいいだろうと2人の意見が一致していた。


「木は森に隠せと言うからね」


 そう言うシャイアの言葉に従い、花を多く植えてある場所から探し始める。

 それと分からぬようにそっと。


 皐月はグロリアの記憶に見た花を思い浮かべ、手入れの行き届き花の咲き乱れる花壇に目を凝らす。花々が吹く風に揺れていた。


「あの、シャイア」

「ん?」

「どうして王族だって言ってくれなかったの?」


 シャイアが微かに息を吐く。


「言ってどうなるの?」

「ここでの貴方への態度とか、もう少しいい感じに出来たんじゃないかと思って」

「満点だよ。猫被りのお嬢さん」


 妹に言うような優しげな声に皐月はむっとする。


「子供扱いされるの嬉しくないんですけど」


 頬を膨らませる皐月を見てシャイアは目尻を下げた。


(そう言うところが子供っぽいんだけどなぁ)


 シャイアは少し呆れて花に目を戻す。


「僕は第2王子だよ」

「王子!?」


 自分の声の大きさに皐月は慌てて回りに目を走らせる。グロリアらしからぬ行動だと疑いの目を向けられたくはなかった。近くに人の姿が無いことを確認してほっと胸を撫で下ろす。


「でも、君に言ったところで信じたとは思えないけど?」

「それは・・・そうかもしれないけど・・・」

「僕は勇者にも王子様にも見えないだろ? 胡散臭そうだしね」


 皐月は苦笑う。そんな皐月を見てシャイアは明るい笑顔を向けた。


「よく言われる台詞だから気にしてないよ」

「そう・・・か。シャイア王子はお供も無しに1人で外を彷徨いてていいの?」


「よくはないけど、今回は目立たずに動きたかったからね。その方が自由だし気楽で僕は好きなんだ。あ、今まで通り呼び捨てでいいから」


 少し怖い目つきをしてシャイアが言う。


「それ、命令ですか?」

「命令じゃないとそうしてくれないなら・・・命令するしかないかな」


 シャイアは本当に嫌そうな表情をしている。


「それじゃあ、お願いを受け入れます」

「お願い? ふふふ・・・、ありがとう」


 2人で中庭を散策している様に装いながらゆっくりと見て回る姿を、時空ドラゴン・悠斗は見るとはなしに見ていた。

 暗い洞窟の中に明るい画面が幾つも浮かび上がり、彼の姿を照らし出している。


「子供の頃から館へはよく来ていたの?」


「そう、年に数回。 ーーー縁があるんだ、ここは王も王子だった頃に来たことのある場所なんだよ。知らない所に預けるよりよっぽど安心出来たんだろうね」


「王様もグロリアス様の事を知ってるのね」

「親友に近いかも知れない」

「同じラシュワールだものね」


 シャイアが頭を軽く傾げる。


「父王には兄弟がいなくてね。同じ年頃のラシュワールはグロリアスだけで、聖剣を継ぐ家系として他のラシュワールから一目置かれてたし、同じ年頃なら貴族の子と遊ばせるよりもいさかいが少なくて良いと思ったんだろうな。 ーーー多分」


「貴方の兄弟も皆ここへ来たことがあるの?」


 シャイアが首を振る。


「僕はやんちゃで悪戯な上に城に飽き飽きしてた」


 何となく分かる気がして「あぁ」と小さく呟きながら皐月が頷く。


 2人の髪を揺らして風が通りすぎて行き、花壇の花々がウェーブを作って風の流れを見せてくれる。やんちゃで小さな王子様が駆け抜けていくようだった。


「騒ぎばかり起こしてたから病弱な弟に障るって、お仕置きのていでここへ行くようにって命じられてね。伸ばせるだけ羽を伸ばせて楽しかったよ」


 楽しそうに笑うシャイア。


「付き人が根を上げるのが見える気がする」


「大人にはほとんどタッチさせなかった。城で出来ないことは何でもしたよ。木に登ったり湖で泳いだり、裸馬にも乗ったし、村の子供と殴り合いの喧嘩もした」


「ええ!?」


 驚く皐月にシャイアが本当に楽しそうに笑う。


「城に帰ると弟や妹にねだられて、館でどんな事をしたか事細かく話して聞かせたりしたなぁ」


 少しお兄ちゃん的な顔になるシャイアの表情が皐月の目には新鮮に映った。


「その癖が抜けなくて今もお城の外で遊んでるのね」

「遊びを兼ねたお仕事って感じ」

「遊びみたいなお仕事?」


 シャイアは片目を閉じて、立てた人差し指を左右に振る。


「周辺諸国の情勢や些細な変化を見て回ってるんだよ」

「スパイみたいな事?」


 肩をすぼめてシャイアが苦笑いした。


「そこまで隠密行動はしてないけどね。後は伝令の真似事くらいかな」

「東の国へはお仕事なの? 遊びなの?」

「それは・・・重要機密」


 黙る皐月を見てシャイアが口を開く。


「・・・でもない」

「どっちよッ」


 2人して少し笑った。


「東の国のお姫様がさらわれたと連絡があった。闇に関係する魔物じゃないかと言うことで、新しい光石こうせきを届けに行ったんだ。効力は時間と共に減っていくからね」


「光石?」


「我が国の【勇者の聖剣】の力の1つでね。ある種の鉱石に光を与えると魔除けの効力があるんだ」

「へぇ、光のドラゴンは色々な力があるのね」

「光はトップクラスのドラゴンだからね」

「トップクラスか、凄い」


 誇らしげな表情のシャイアの顔が砕けた。

 それは時空ドラゴンの洞窟の中での事。2人の会話を見ていた悠斗は苛立っていた。


「光がトップクラスだと!?」



 時空無くして光りもない!!



 悠斗の心の中で重厚な別の者の声が響いた。

 自分が苛立っているのかドラゴン自身が怒っているのか悠斗には分からなかった。ただ、心の奥から湧き上がる思いに悠斗の心がピタリと重なる感覚があった。


 俺は特別な存在だ。

 誰にも負けない! 2番手なんてありえない!


 ねじ伏せたいという衝動に、花の事が記憶の表面に浮かび上がる。


「妖魔が出来ないなら・・・俺の力で花を引き寄せればいい。ああ、簡単なことだ」


 そう言って悠斗は「ふん!」と鼻で笑った。

 悠斗の近くの結晶に花の姿が映し出されていた。緑の中に埋もれるようにそっと花は咲いている。


 そんな事を知らない2人がのんきに話を続けていた。


「たまたま姫をさらったドラゴンと鉢合わせして倒すことが出来て、城に連れ返す事が出来た。姫は毒に当たってたけど、光石のお陰で直ぐに良くなって・・・」


 思い出し笑いでシャイアの言葉が途切れる。


「どうしたの?」

「お姫様に結婚してくれと迫られて困ったよ。私の運命の王子様! って懐かれちゃってさ」


 シャイアのまんざらでもなさそうな緩んだ表情が皐月のかんに障り、彼女の眼孔がんこうとがる。


「ふぅん、それで結婚決めてきたの?」

「まさか・・・。何? 怒ってるの?」


 嬉しそうにシャイアが皐月の顔を覗き込む。


「怒ってなんかないわよ」


 覗き込むシャイアから逃れようと皐月が後ろを向くと、シャイアがそれを追って回り込み2週ほど回転して立ち止まった。


「姫は可愛らしくてだいぶ癒されたよ」

「ふーん、私と違って純粋培養のお姫様はさぞかし可愛かった事でしょうねぇ」

「やっぱり怒ってる」

「怒ってません」


 2人のちわ喧嘩に時空ドラゴンが微かに唸る。


「馬鹿馬鹿しい」


 妖魔が何をしているかと映した結晶に目を向けながら、悠斗は目の端で彼等の姿を捉えていた。


「僕は傷心だったからね、君のせいで」

「私のせいじゃないでしょ」

「グロリアのね。 ーーーでも、いくら僕でも7歳の女の子の求婚を受けたりしないよ」

「7歳!?」

「そう、夢見る7歳」


 にっこり微笑む。


「7歳の子供に求婚されて喜んでるなんて・・・」


 皐月は呆れてシャイアを見つめる。


「珍しい話じゃない。あちらの王から直々に話があれば、幾つ年が離れてても結婚はありうる」


 皐月は少し引き気味にシャイアを見つめた。


「呆れた、光源氏みたい」

「ヒカル・・・何だって?」

「何でもない」

「僕にも選ぶ権利はあるよ。魅力的じゃない人と結婚する気はないから、心配しなくて大丈夫だよ」


 皐月の肩に手を回してシャイアがなだめる。


「心配なんてしてませんってばッ。大人の女性になるまで待ってればいいんじゃない?」

「はいはい」


 そう言ってポンポンと頭を撫でて顔をのぞき込んでくるシャイアに、怒り顔を作った皐月は顔を赤らめている。


「くそっ、馬鹿かッ! 嫌なら払いのければいいだろッ」


 鼻息荒く立ち上がった時空ドラゴン・悠斗が吠える。


「悠斗君は彼女いるの?」


 シャイアを前に顔を赤らめる皐月の表情が、ふと記憶を引っ張り上げた。


「いないよ」

「好きな人は?」

「何だよ。そっちこそ彼氏いるの?」

「え!? 私? 私は・・・」


 質問して来るときは勢いがいいくせに、皐月は攻撃に弱い。


「いなかったら付き合ってやってもいいよ」

「付き合ってやってもって、何よそれ。私に彼氏いない前提って酷い」


 顔を真っ赤にしてムキになっている表情が見ていて楽しかった。


「いるの?」

「いない・・・けど」


 まごついている皐月が可愛く思えた。

 最初は何かと話しかけてくる皐月に、初めての長期入院の患者に優しくしようと思ってのことだろうとうるさく感じていた。しかし、高校生の同学年と知りぐっと距離が縮まって、色々なことを話すようになっていた。


「退院したら一緒に遊びに行きたいね」

「きっと俺が先に退院するだろうから、皐月を迎えに来てあげるよ」

「ええ? 本当?」


 耳まで赤くしながら嬉しそうに笑っていた。

 結果的に悠斗が先にこの世を離れることになり、光の割れ目を破って出てみればこの世界だったのだが・・・。


「皐月は可愛いな」


 そう言いながら、風にほどけた皐月の髪をそっと耳にかけるシャイアに、皐月は心がくすぐったくて俯いた。


 その時、



 シャァァ・・・・・・ンンン



 彼女の腰に下がった聖剣が微かな音を立てて鳴動した。


「何?」


 剣に触れると身震いをするように振動している。


「どうしたんだろう?」


 皐月がシャイアに不安な顔を向けるが彼も首を振る。

 

「こんな事は初めてだ。僕の聖剣は何の反応もない、どういう事だろう」




 震えていたのは聖剣だけではなく、悠斗の心も苛立ちに震えていた。

 





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