第25話 「 種を譲りし男の陰 」

 手を出せない所とはどこだろう・・・?


 種を渡したという男のことについての情報が少なすぎる。時間をかけて頭を振り絞って考えたところで答えはでないだろう。


「疲れて頭が回らない上に情報が足りない。夜通し考えたところで時間の無駄だな。僕は寝るよ、お休み」


 シャイアは長く考えず直ぐに就寝宣言をして横になった。ほどなくして皐月の耳に寝息が届く。


 皐月はシャイアの寝息を聞きながらしばらく高窓から見える外に目を向けていた。そして、もう熟睡しているだろう頃合いを見計らって、そっと扉を開けて部屋を抜け出した。


 ここに来てから直ぐにヒューイットの香りに惹かれ、皐月はランスロウが騎士を養成しているこの場所をほとんど見ていなかった。


 皐月はいったん外へ出て塔が明るく照らす広い前庭を見渡した。馬車の為だけのロータリーにしては大き過ぎる。サッカーのフィールド何面分あるだろうか。

 この広い空間なら剣術の訓練には問題なさそうだ。隊列を組んで行軍の訓練にも使えるだろう。騎馬の訓練も十分に出来そうな程の広さだ。


 緊急召集の訓練をすることがあるのか。広い空間の両サイドに寄宿舎のような建物が建っている。

 ここには壁沿いに整えられた木が数本立っているくらいで花壇などはなく、ゾンビの姿もない。


 振り返れば門から入って来た時に最初に目に入る正面の建物。


 皐月は寄宿舎に足を踏み入れ騎士達の部屋を軽く見て回り、下働きの者達の居住区がある正面の建物を見て回った。建物は四角い造りだと思っていたが、実はコの字型になっていて正面玄関から真っ直ぐ廊下を過ぎると中庭の緑に迎えられた。


 シンメトリに植えられ綺麗に剪定された庭は館のそれとはおもむきが違った。

 きちんと配置されたベンチと噴水、そして花が目にとまる。華やかさではなく、そこにあるのは規律と正確さ緊張と緩和。


 厳しい訓練の日々、この庭は適度に心休める場所であるに違いない。

 皐月はヒューイットの父親が作業をする姿を思い描き、その側で父の仕事を助けるヒューイットの姿を思った。


 ここに目当ての花があるとは思えなかったが、花壇をくまなく見て回り木々の足下も確認していった。


 中庭を抜けて更に奥へ足を進めると、強固な造りながらわずかに曲線的な模様が入った建物が皐月の前に姿を現した。


「ランスロウ家の住む建物かな」


 玄関の上にランスロウの紋章が飾られていた。青いバラの両サイドにドラゴンとグリフォンが立ち、尖った茨が外へと棘を伸ばす紋章。ラシュワールを守るため盾となり剣となる姿を現す紋章。


 建物の中は控えめながら装飾があり絵が飾られて住む人を思わせた。

 全部屋を確認し、主人である夫婦の他に男の人と女の人が住んでいるように思えた。ランスロウ家には息子と娘がいるのだろうか。どちらも子供っぽい飾りなどはなく、大人か少なくとも大人に近い年齢の人物だと思えた。


 3階建ての寄宿舎に指揮官のものらしき住まいを含む会議・事務を行う建物、そしてこの建物。延べ面積としてはかなりの広さの場所で、ゾンビの死体は数体。見て回って出会ったゾンビは2体だけ。血も少なく、館と違って争った形跡はほんのわずかなのが気にかかる。


 体調の悪いまま、ヒューイットのお父さんは沢山の人に傷を付けていったの?

 ゾンビだと気づかれず、どうやって傷を付けたの・・・?


 ゾンビの攻撃方法と言えばたいてい噛みつく事。

 グロリアのように爪を立てられてもウイルスの様な物が入るのかもしれない。しかし、それでも複数人に傷を付ければ気付かれる可能性が高いと皐月には思えた。


 特殊な花の毒はゾンビ化に時間がかかるが・・・。

 人の心を持ちながら他人に傷をつけていくだろうか。この世界で生まれ育ったなら、それが大変な事を引き起こすと直ぐ分かるだろうに。


 沢山の人がゾンビになったとして、これほど閑散としているのはどういう訳なのか。周りに散って行ったとしても、これ程ゾンビが少ないのはやはり妙だと思う。


 ゾンビ騎士達は何処へ行ったの?


 ゾンビが蔓延する前に伝令が来て館へ向かったとも考えられなくはない。しかし、それでは館でゾンビ騎士を見なかったのが変に思える。フラナガンの言う通り館の何処かで多くの人が逃げ延び隠れていたのか・・・・・・。


 空に薄明かりが差してくる頃、皐月は寝かせっぱなしのヒューイットの亡骸が気になり彼の元へ足を向けた。


 グロリア・・・、ヒューイットの顔を見たいよね?


 そう問いかけると悲しみと淋しさがひたひたと湧きあがり、皐月は黙って階段を上り彼の横たわる部屋へと向かった。ほんの少し歩調が早くなったのはグロリアの気持ちがそうさせているように思えた。


 この敷地の中はおおかた見て回ってブラッディー・ローズが無い事は確認した。花が無いと知ったら、シャイアはどうするだろう。ヒューイットの亡骸を気にしながら皐月はシャイアの動向も気になっていた。直ぐに花を探しにこの場所を離れるだろうか。


 私は? 私はこれからどうしたらいいんだろう。


 花の在処ありかは皐月も気になるところだった。花が切られれば、きっとこの世界での皐月の人生は終わりを迎える。突然死を迎えるのは嫌な気がした。


 死は誰にでも訪れる。

 でも、今度は少なくとも自分の死を納得して終わらせる事が出来る。


 そう思うと、誰かの手で勝手に花を切られたくはないという思いが皐月の中に湧いてくる。






 目当ての部屋に入ろうとして微かな気配に気付き皐月は立ち止まる。そっと中を覗くと男のゾンビがヒューイットの亡骸に覆い被さるようにして、首へ手を伸ばしかけている姿が目に飛び込み思わず声を上げた。


「止めて!!」


 男ゾンビの動きがピタリと止まる。


「お願いだからッ、死者の体に手を出さないで!」


 皐月の声に、男ゾンビがそろりと振り返る。


「・・・・・・!」

(ヒューイットのお父さんだ!)


 皐月は目を見張った。


 触れた記憶の中の父親に間違いないと思った。ヒューイットに似た細身の体に白髪の混じり始めた髪、職人的な頑固さを感じる顔つきはそのままだ。しかし、その表情はうつろながら狼狽し悲しそうに見えた。体の損傷は少なそうに見える。


 グロリアの姿を目で捉えた彼は、体を震わせて頭を抱え首を降り始めた。


「ワ・・・わた・・・・・・私・・・は・・・」


 途切れ途切れの掠れた声が彼の口から零れ出る。


「・・・! 喋れるの!?」


 一瞬こちらをしっかりと見たと感じた彼の目が、すぐに宙をさまよう。皐月のかけた言葉が耳に届いているのかいないのか。攻撃してくる気配は感じられず、皐月は彼を刺激しないようにゆっくりと近付いてみた。


 彼は背を丸め我が身を抱きしめて、小刻みに震えている。


「何と・・・いうことを・・・。わ、わ、私は・・・・・・とんでもない事・・・を・・・」

「花の事ね?」


 彼の瞳からほろほろと涙が落ちていくのを皐月は見た。


「だ、大丈夫だと・・・言ったんだ・・・」

「種を渡した男の事を言ってるの?」


 皐月は更に近付いていく。


「ラシュ・・・ラシュワールの方々の為に・・・なると言った」

「え? どう言うこと?」


「し・・・死なないと言った」

「死なないって誰が?」


 更に皐月が近付くと彼は一歩下がった。


「大丈夫、切ったりしない。詳しく話を聞かせて」


 彼と目が合わない。


「と、とんでもな・・・い。なんて事を、なんて・・・事」


 熱に浮かされたように同じ事を繰り返している。


「詳しく教えて」


 近付く皐月から彼は遠のく。震えているのか嫌がっているのか、小刻みに頭を振って後ずさりをする。少しずつ後ずさりしてベッドの脇から離れ、今ではテラスに近いところまで下がっている。


「花を見たくないか・・・? 見たい。育てたくないか? 育ててみたい。美しい音色を聞いてみたくないか? 恐ろしい・・・。大丈夫、すぐに蓋をすればいい簡単だ、育ててごらん」


 わなわなと唇を震わせて、自問自答するように1人で喋っている。男との会話を思い出しているのだろうか。


「ラシュワールなら永遠に生きる。永遠に? ドラゴンの復活も遠のくだろう。そうだな・・・。この国は安泰だ。永遠に? 永遠に」


 そう言ってそそのかされてしまったのか・・・と、皐月は唇を噛んだ。


「綺麗だろう? あぁあああ・・・」


 ぼろぼろと溢れる涙を両手で隠し、苦しそうにうめく。


「何と言うことをぉッ・・・!」


 自分へ向けた怒りに、言葉が唸り声に変わる。


「どんな男だったか教えて。見た目は? 何者かあなたは知ってるの?」


 父ゾンビの側まで近付いていた皐月は、そっと彼の両腕に手をかけて質問をする。

 腕を捕まれた彼は驚き、至近距離の皐月の目を見つめた。


「す・・・すみ、すみませ・・・ん。もうし・・・申し訳、な、い・・・!」


 皐月の腕を振りほどく。


「男・・・お、お、男は・・・・・・お、お、あぁあぁ・・・」


 男に脅されているのか、それまで割とスムーズに喋っていた彼の口が行きつ戻りつしている。それは葛藤しているように感じられた。


「翼・・・! 黒い翼!! ああああぁ」


 彼は頭を振り何かを払おうとするように手を振ってもがく。


「落ち着いて!」

「人間だと思ったのに! 翼が! 翼が! ああああ」


 頭を掻きむしり、何かと格闘している。


「止めろ! 助け・・・て、あぁーーーー!」

「大丈夫よ、誰もいない。落ち着いて、お願いだから!」


「黙れ!!」


 突然どす黒い声が彼の口から放たれた。と、同時に彼の体から幾本もの棘が突き立ち、皐月は咄嗟に差し出した手を引いた。


「助けて・・・! 喋るな! 言わなくては・・・。 黙れ!」


 ひとつの口で彼の声と別の声が言い合っている。


「誰かが貴方を操ってるの? 誰!? 出てきなさい!!」


 見えぬ者に向かって皐月は叫んだ。何処にいるか分からぬ者に向かって。


「ヒューイが・・・死んでしまった! うううっ!!」


 突然、皐月に背を向けた彼は、足を引きずりながらもテラスへと走り込み手すりに手をかける。


「駄目! やめてッ!!」




 皐月の声は届かず、手すりを乗り越えて彼の姿はテラスから消えた・・・。





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