第14話 「 勇者の血族と聖剣 」

 子供達の皐月を恐れる目は、本能的に気づいているのだ・・・と皐月にも分かった。恐れられる切なさに顔がくもる。


「ゾンビには見えません。しかしながら・・・、影の中で肌が輝いて見えます」

「抜けるように白くて、死人のように冴えた感じがします」


 震える声で妻が付け加える。

 抜けるような色白の肌を皐月は美しいと思った。しかし、それは人の美しさでは無かったのか・・・と肩を落とした。

 窓の少ないロフトの上で、自分の掌を見ても皐月には光っているようには見えなかった。


「私は・・・、お腹が空かないの」


 皐月は笑顔を作ったが、フラナガン夫婦には悲しそうに見えた。


「眠くならないし、疲れもほとんど感じない。 ーーーーそれから・・・目覚める前のことは何も覚えていないの」


 その言葉を聞いてフラナガンは落胆し、妻は涙を浮かべた。


「きっと、あなた達にも色々お世話になっているんでしょうけど、覚えていなくてごめんなさい」

「とんでもないことです」


 軽く頭を下げる皐月に、フラナガンは慌てて恐縮する。


「記憶が無くても、お嬢様の剣の腕は落ちてませんよ」


 それまで黙っていたカルバンが、笑顔で剣を振るう真似をする。

 大人達の様子を見ていた子供達が、いつの間にか母の横に着いてカルバンの様子に笑顔を見せていた。


「ゾンビをこうやって、こうやって! バッタバッタとやっつけたんだよ、凄いだろ?」


 子供達から「わぁ」と声が上がった。


「そ・・・それは頼もしい」


 フラナガンが少し肩の力を抜いてそう言った。それから、少し間があって口を開いた。


「その、お嬢様・・・。母家おもやに娘が1人で居るはずなんです。出来れば、一緒に来てもらえませんか?」


 皐月に反対する理由は無かった。

 梯子はしごを下ろし皐月が牛小屋を確認した後、フラナガンが下り、妻、カルバンに次いで子供達も下りてきた。


 母家とは100メートル弱程離れているだろうか。母家までの間に倒れた死体以外ゾンビの姿はなかった。最初に光を放った効果が効いているようだった。


 ファースティーはのんびりと草を食べている。皐月の姿を見て、背に乗っていたクリスタがこちらへと走って来るのが見えた。


 フラナガンが母家のドアに手をかけると鍵がかかっていた。フラナガン夫婦は一縷いちるの希望に声がうわずった。中に声をかけるとしばらくしてドアが開き、無事だった娘が家族に抱きしめられて、しばし喜びに涙した。




 ゾンビの襲来を叫ぶ弟達の声を聞き、娘サシャは直ぐに玄関に鍵をかけ窓にも施錠していった。そして、家族の誰かがやってはこないかと窓から外を見ていたが、誰の姿もなく1人で籠城ろうじょうしていたのだった。


「すぐに食事を作るわ、待っててね」


 フラナガンの妻アリーシャが、子供達の顔を撫でながらそう言って、嬉しそうに食事の支度を始めた。

 母家には地下倉庫があって、1ヶ月は優に過ごせる備蓄があった。もちろん、新鮮な物はそうそう置けなかったが。


 ほっと一息を着いたフラナガンが、皐月の腰に下がっている剣に目を向けて尋ねてきた。


「お嬢様、それは聖剣ですか?」

「あぁ・・・そのようです。カルバンに教えてもらいました」


 フラナガンがなるほどと言うように頷いた。


「先ほどの光は、剣の放った光だったのですね」

「そうです。よくご存じですね」

「いえいえ」


 手を振って身を縮める。


「ここら辺の者なら誰でも知っている事です」


 あれ程の館だ、広い土地を持っていてもおかしくない。きっとこの一帯に住む人達は小作人と呼ばれる人達なのだろうと皐月は思った。聖剣の事について何か知っていても不思議ではないだろう。


「聖剣が発動して良かった。血は守られているのですね」


 フラナガンが感慨深げに言った。


「血?」


 言葉の意味を飲み込めていない皐月の表情に、フラナガンが「ああ」と言って言葉を継いだ。


「ラシュワール家は勇者の子孫なんですよ。昔々、竜を倒した勇者の血族なんです」


(壮大な話になってきた・・・!)


 皐月の瞳に光が浮かぶ。


「昔、北の山脈に竜が巣くっていました。ーーー今も居ると言われています。ーーー その竜の中の1頭を倒したラシュワールは、竜の血を全身に受け永遠の命を得、持っていた剣に魔力が備わったと聞いています」


 フラナガンの話に目を輝かせているのは皐月だけではなかった。カルバンとフラナガンの息子達も一緒になって聞いていた。


「その後、勇者ラシュワールは息子を2人授かった。ラシュワールは2振りの剣に自らの血を垂らして聖剣とし息子達に与えた。その1振りがその剣です」


 皐月が剣を手に、まじまじと見つめた。


「ラシュワールの使った勇者の聖剣は王都にあります。王は長兄の直系にあたります」

「これはラシュワールの次男の剣?」

「長兄の剣です」

「??」


 フラナガンが笑った。


「竜の討伐に成功したラシュワールは永遠の命を得はしましたが、不死身の体になったわけではありません」

「・・うん」


 皐月が頷く。


「長兄の剣と弟の剣は代々それぞれの長男へと継がれていきましたが、勇者ラシュワールが命を落としたとき、長兄の長男に勇者の聖剣が継がれることとなりました。元々長兄の長男が引き継いできた剣は次男の子供達が代々継いでいます」


 家系図を思い描こうとしていた皐月は、言葉に迷って流れが分からなくなり苦笑いをした。その様子を見てフラナガンがまた笑う。


「勇者の聖剣と息子達の聖剣、この国には聖剣が3振りあります」


 皐月の顔を伺いながらフラナガンが少しゆっくりと話した。


「勇者ラシュワールの長男の末裔は王として今も存在していて、次男の末裔はそれぞれ土地を与えられて国の守りを固めています」


 フラナガンの目を見て皐月は頷いた。


「勇者ラシュワールが他界したその時の王にも王子が2人いました。上の王子に勇者の聖剣が引き継がれて、下の王子にそれまで代々受け継いできた長兄の剣が渡ることとなったのです」

「なるほど」

「元を辿れば貴方も王族」

「勇者ラシュワールの末裔っていっぱいいそうですね」


 苦笑いしながら言った皐月の言葉に、フラナガンが渋い顔をした。


「そうとも言い切れません。勇者ラシュワールが討伐した時代から2000年以上経って、失われた末裔も多いんですよ」

「失われた末裔・・・」

「子供を授かれなかったり、病気や戦いで血族が絶えたり・・・」


 フラナガンが眉間にしわを寄せて黙り、それまで黙っていた妻のアリーシャと目配せをする。


「さぁ、出来たわよ。子供達はこっちのテーブルで食べて、さぁおいで」


 アリーシャが子供達を離れたテーブルへと連れて行った。その後ろをついてクリスタも食事にありつく。

 子供達が食事を始めるのを見ていたフラナガンが、声を落として話の続きを始めた。


「勇者の血族の血を飲めば永遠の命が得られる」


 皐月がどきりとした。


「馬鹿げた話ですが、信じる者も中にはいます。勇者として名を挙げたい者の中には自分の剣を聖剣に・・・と切りかかる者もいるとか」


 何と言うことだろう。


 皐月はぞっとした。

 自分の名声のために人に切りつける。


( そんな人間が勇者になれるわけがない!)


「聖剣は勇者の血族が持たなければ単に切れ味の良い剣です。お嬢様がゾンビになっても・・・失礼」


 皐月は首を振った。


「聖剣が発動したことは幸運です。竜との契約が解かれていないことは有り難い」


 フラナガンは少し躊躇ちゅうちょして言葉を足した。


「貴方は、半永久的に生きられる体を得たのです。勇者ラシュワールの様に」


 皐月はフラナガンが言葉に含めた畏敬いけいの念を重く受け止めた。皐月もフラナガンも黙り、静かな間が出来た。


「昔、王女様がゾンビに噛まれた事があったそうです」


 アリーシャが2人の座るテーブルについて、そっと言葉を差し挟んだ。


「その王女様も人外の姿になられた。それでも言葉を使い、国に尽力なさったと聞いたことがあります。 ーーーきっと、勇者の血がお嬢様をお守り下さったんだわ」


 そう言って、アリーシャは皐月の手にそっと手を置いた。

 アリーシャの優しい振る舞いに、皐月は涙がでそうな程うれしく思って笑顔を返した。





 ああ、私はとても強い体に生まれ変わったんだ。


 大切に扱えば、半永久的に生きられる体。


 ゾンビの毒をも退ける血を持って、竜との契約を身に宿して。




 なんて事だろう。

 健康な体が欲しかった。やりたい事が自由に出来る体が欲しいと願っただけだった。



 本当の血族とは違うのに。



 器を借りただけの皐月には、ゾンビである事以外の全てが身に余る褒美に感じた。



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