第12話 「 聖剣伝説 」(3)

 青空の広がる良い天気になった。聖剣の力を試すには絶好の天気だ。

 クリスタとカルバンが遅い朝食を食べ始めるのを見ていた皐月は、聖剣を手に窓辺へ近づいて空を見上げた。


「お嬢様、待って!」


 皐月を横目で見ながらサンドイッチを食べていたカルバンが慌てる。仕事へ出かける母を追う幼子のような慌てように、皐月は笑って制した。


「ゆっくり食べてて」

「僕も行きます!」


「昨日よりゾンビが増えてるの、危ないから部屋で待ってて」


「行きます! 一緒に行きます」

「置いて行ったりしないから」


 残り少ない食べ物の入った袋を鷲掴みにして、カルバンが付いてくる。


「カルバン」

「1人は嫌だ!」


 瞳に恐怖を浮かべてカルバンがとりすがる。空いた手で皐月の服を握りしめていた。


 そんな2人を見上げてクリスタが呑気に鳴いてみせる。ドアの前に立ち「私が危険信号出してあげるわよ」と言うように振り返った。


 昨日、ゾンビに気付くのが1番早かったのはクリスタだ。

 動物の感を信用してあげてもいいが、昨日と違い沢山いそうだった。あちらにもこちらにもとなると、クリスタの声だけで間に合うものか・・・と皐月は困惑した。


「僕もクリスタもゾンビを見つけたら直ぐに教えます。いくらお嬢様だって戦ってる背後はおろそかになるでしょ?」


 皐月は苦笑した。

 考えてみれば、ここを出ればカルバンを守りながら戦うことになる。数日か数週間かは分からないが。それが今から始めるか数時間後からかの違いだ。


「分かった。一緒に確かめに行こう」

「ありがとう、お嬢様!」


 カルバンの必死な顔がほぐれて、泣きそうな顔になっていた。


「これくらいで泣いちゃう?」

「泣かないよッ」

「ほらほら、泣きそうだよぉ」

「泣いてないったら!」


 目の端に浮かんだ涙を袖でグイッと拭いて、カルバンが怒ってみせる。ふたりして吹き出して目を合わせて笑い合い、一緒にバリケードを解いて皐月がドアノブに手をかけた。


「さぁ、行きますか」


 カルバンが頷き、クリスタが「みゃう」と力強く鳴いた。ドアを開けると前回同様クリスタがするりと出て行く。


「後ろにいて」


 カルバンに声をかけて皐月が続いた。

 廊下を左右確認すると、どちらにもゾンビの姿はなかった。ドアを閉めて階段へと向かって静かに歩いて行く。階段が見えてきた頃、先を歩いていたクリスタの足が止まった。くるりと背を向けてこちらへ駆け戻って来る。


 皐月は聖剣を抜き両手で構え、カルバンは柱の陰に隠れてクリスタも彼の足下に立っていた。


 前方10メートル、右手にある階段から上がってきて正面の廊下。こちらから見て左側からゾンビがのっそり現れて、ゆるりと皐月に頭を向けた。


 ぐぅわぁぁぁーーー!


 雄叫びと共に動きを早めて皐月へ突進してくる!

 それでも夜より鈍い。


 皐月は左から右へとなぎ払った!


 剣が音を立ててゾンビの右脇から首、左腕を切断していく。


 首が跳ね上がり腕がくるくると回転しながら宙を舞った。

 ビタンッと音を立てて腕が床に落ち体も崩れ落ちる、首がゴロゴロと音を立てながら転がってカルバン達の近くで止まった。


「うぅわぁッ」


 小さく悲鳴を上げてカルバンが跳ねるように皐月の側へ走り寄った。こちらに顔を向けているゾンビの顔を、カルバンはじっと見ていた。


「知り合い?」


 カルバンは黙って首だけをぶんぶんと振った。


「フウゥッ!!!」


 クリスタの警戒警報の先に目を向けると、大柄の男のゾンビが突進してきているところだった!


 皐月は一歩踏みだし下から上へと剣を振り上げる!


「アルタスさんッ!」


 皐月の背後から悲痛な声が上がり、一瞬、ゾンビの動きが止まった気がした。


 切っ先が股から腹、胸へと赤い筋を付けながら駆け上がり!


 首を昇り顎から眉間を過ぎて、光の尾を引いて頭頂部から抜け出てきた!


「あぁぁ・・・!」


 カルバンの押し殺す声が漏れ聞こえた。


 ゾンビの左側がヌルリと後ろへずれ、ずるりと嫌な音を立てながら後方へ倒れていった。その後を追うように残りの半身も倒れた。

 ぴくりとも動かぬゾンビを前に、皐月の後方からカルバンが躍り出てタタラを踏む。


「あっ、あぁ・・・! アルタスさんッ・・・・・・!」


 とりすがりたい思いと恐ろしさがせめぎ合っているようだった。


 皐月はカルバンの肩を抱いて我が身に引き寄せる。皐月に抱きついて泣いたカルバンは直ぐに泣きやみ、皐月の手を引いてゾンビの横を歩き出した。


 前を行くカルバンを後ろに引きながら、皐月は彼の顔をちらりと見た。


「 もし、ゾンビになってたら・・・。一撃で殺してね 」


 そう言った時と同じように、口を真一文字にして歯を食いしばっているように見えた。


 階段を下りロビーでまた一体しとめた。


 外への扉は閉める者もなく開け放たれたまま、ロビーに陽光を招き入れていた。

 タペストリーを確認しに行こうかと一瞬迷ったが、皐月は光に誘われるように足を外へと向けた。




 玄関から出てすぐに左右を確認、ゾンビはいない。


 綺麗に剪定された木々の緑が眩しかった。花木は色とりどりに花を咲かせ、明るい日差しにゾンビの存在を忘れそうな穏やかな光景が広がっていた。


 聖剣が太陽の光を反射させてキラリと光る。

 玄関を出るとテラスがあり、5メートル程先に幅広の階段があった。


 皐月は周りに目を走らせながら階段を下り、目の前の大きなロータリーの中央に立った。


 どこから見ていたのか、1体2体とゾンビが周りにやってくる。皐月が聖剣を正面に構える・・・が、剣が光を反射しているにも関わらず、ゾンビ達はじりじりと近づいてきた。


(やっぱり呪文必要なのかな)


 剣の角度を変えてゾンビの顔に光を当てたりしてみるが変化がない。


(くそっ! 駄目か・・・)


 既に5体のゾンビが四方を固めるようにじわりと寄ってきていた。

 これ以上近づかれては困る。


「しゃがんで!」


 短くそう言って、皐月は正面のゾンビからなぎ払っていった。


 前をしとめ左、背後、右のゾンビと連続して切っていく。


 最後のゾンビを上から下へと切り裂いて、やった! と思った時だった!


 切られたゾンビの背後から一際大きなゾンビがヌッと姿を現した!!


 リーチの長い腕が皐月の右肩をグイと掴む!


「くっ!!」


 下から上へと剣を振り上げてゾンビの腕を断った!!



 ぎゃうぉおおおお!!!!!



 ゾンビが雄叫びをあげて後ずさった。

 図らずも剣を天へ突き立てる形となった皐月の耳に「キンッ」と、薄い金属が割れる様な甲高い音が聞こえた。


 それが合図だったように、耳が捉えられるギリギリの高さの音が鳴り響いた!



 シャーーーーーーーンッ!



 聖剣から光がほとばしり、金の光が四方へパァッと広がっていった。見る見るうちにゾンビ達が次々と立ちすくむ。


 金縛りにあったように動かないゾンビ達の胸から、金色の光の玉が次々と抜け出し、ふわりふわりと聖剣へ集まって来る。

 光の玉が剣の切っ先で渦を巻き、光の筋を作って天へと一気に駆け上って行くのをふたりは黙って眺めていた。


 皐月は言葉を失い、カルバンは口をあんぐりとあけたまま空を見上げていた。


 光の筋が消え、聖剣の光も失せた後。

 魂を抜かれたゾンビ達がバタバタと倒れ込んで、ただの死体に戻っていった。どれも穏やかな顔で眠るように横たわっていた。


 ゾンビが普通の死体に戻っているのは半径100メートル強と言うところだろうか。光の影響が弱かった場所まで近づいていたゾンビがよたよたと逃げて行くのが見えた。


「い・・・やったぁーー!」


 カルバンが皐月の足下から飛び上がって喜んだ。


「凄い! 今の見た!?」


 満面の笑みを皐月へ向ける。


「うん」

「みんな空に昇っていったよ。みんな、みんな天国に行けたん・・・だ・・・ね」


 声に湿り気が加わり、カルバンは黙ってもう一度空を見上げた。



 皐月は手にした聖剣を改めて見つめていた。

 この剣はゾンビになってしまった人達の魂を救う剣なのだな・・・と思った。


 そして、喜びが薄れ切なさが心にみてきた。


 切り捨ててしまったゾンビの魂はどうなったのだろうかと。光を受けたときと同じようにはならなかった。自分が切り捨てたゾンビ達は救われないのだろうか・・・と。


 カルバンは空を見上げ、皐月は目を落として少しの間黙っていた。




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