第2話 「 鏡に映る姿 ~ 転生 ~ 」

(ああ! 痛いッ! 痛いよ!!)


 あまりの苦痛に心で叫んでいるのか声をあげているのかさえ分からない。皐月は歯を食いしばって、柔らかな布ごと我が身を抱きしめて耐えた。


 どれほど長い間耐えていたのか、意識が飛びそうになる頃に全身の痛みが引き始めた。

 皐月さつきは仰向けのまま両腕を上げて、最後に痺れの残った指先を見つめた。指先が小刻みに震えていた。


 ほっそりと長い指に少しの違和感を持った。

 綺麗な指から繋がる腕も抜けるように白く輝くようだった。


(私、こんなに色白だったかな・・・?)


 病院での闘病生活は長かった。実年齢から3年引くくらいの年数。

 病気のせいで体調も悪いことが多く、外に出ることもほとんどなくて確かに色白だった。色白だったが、これほど白かったかといぶかしんだ。


(腕、長すぎじゃない?)


 皐月はそっと上体を起こして自分の腕をまじまじと見つめた。


(ああ、寒い)


 腕がむき出しで体中冷えていた。

 視野が狭い。

 筒に片目を付けて世界を見るように、目を向けた先だけ焦点が合って、他はボケていた。


(パジャマどうしたの? え? 電気ショックの時にはぎ取られちゃったとか?)


 胸元に手を当てると服の感触があり、皐月はほっとした。

 しかし、着慣れたパジャマとは明らかに違った。手に触れた生地はツルリとしていて、胸元に布の固まりのような物が幾つかあるようだった。白い服を着ているのは分かった。


「パジャマじゃない」


 口をついて出た自分の声が変だった。


 皐月は高校生で声も子供っぽいと言われることが多かった。だが、今耳にした声の大人っぽいことと言ったら、色気を感じる甘やかな声に自分自身ドキリとした。


 それよりも、更に違和感を感じたのは言葉だった。


 耳にしたことのある言語ではなかった。もちろん日本語ではなく、英語やフランス語やイタリア語中国語などなど、おおよそ耳にする言葉ではなさそうな言葉だった。


 皐月は手元から遠くへと目を向けてみる。

 いまだに視野が広いとは言えなかったけれど、自分の居る場所が病室ではないことだけは分かった。


 クリームがかった白い壁、重厚な絨毯が敷かれた床、天井は高く綺麗なシャンデリアがぶら下がっていた。綺麗な装飾が施された様々な家具が、余裕のある広い部屋の中に心地よく配置されていた。


(多分、テレビで見る日本の金持ちの家より余裕のある空間取りだ)


 テレビで見た感じでは、日本のお金持ちの家は豪華な物に溢れていた。

 どれも高そうなのだが、窮屈そうに寄せ集めたような豪勢さが好きではなかった。この部屋は元々の広さを失わせることなく、重厚感のある家具が適度な間隔で置かれている。むしろ、空間が空きすぎていると感じるほど空間をたっぷりとってあった。


「素敵・・・」


 ロココ調だかなんだか皐月には分からなかったけれど、素敵な彫り込みがされていてさりげなく金銀が使われている。家具を含め部屋全体が白を基調とし、カーテンや絨毯の色合いから若い女性の部屋だと分かった。


(どうなっているんだろう? ここは何処なの?)


 視野が広がりつつある目で部屋をぐるりと見渡して、窓に目が止まる。

 外はどうなっているのだろうかと立ち上がり、足を踏み出した途端、皐月はパタリと倒れ込んでしまった。


(足、まだ痺れてる?)


 痺れていたのではなかった。

 足に目を向けた皐月は、自分がドレスを着ていることに気付いた。 スカートの裾を踏んで転んだのだ。


「ドレス・・・。何でドレス?」


 着たこともないドレスに足を取られながら立ち上がり、ふと目に留まった大きな姿見の前に歩み寄る。


「こ・・・これって・・・・・・!」


 皐月は鏡に映る姿に目を疑い驚き、目を丸くした。


 薔薇をかたどった布が胸元やふっくらと膨らみを持たせて広がったスカートに縫いつけられていた。シルクのような光沢のある布をふんだんに使い、真珠や宝石が細やかに光を放っている高価なドレス。


 豪華に仕立てられた服はウエディングドレスのように見えた。あるいは、マリーアントワネットや中世の貴族が着るようなドレスだった。


 そして、皐月が一番驚いたのは顔だった。


 明らかに皐月ではなかった。二重のぱっちりした目に鼻筋の通った欧米系の外国人の女性の顔だった。


 二十歳前後の女性。

 まだ少し少女の気配を残しながら、甘い香りを放ち、開き始めた花のような美しさ。


 柔らかにウェーブのかかった金の髪を編み込んで、そこに花を差してあった。ただ、編み込まれた髪はほどけ始め肩に幾房か垂れていた。

 顔を右へ向け左へ向けて、手で触れてみる。顔から触られた感触が伝わり、掌からは触った感触が伝わる。


「嘘・・・本当に? これ、私? ーーーなんて綺麗なんだろう・・・」


 八頭身かと思うほどのすらりとした体に小さな顔が乗っていて、皐月にとって申し分ない容姿だった。


「凄い! こんな美人になれるなんて!」


 皐月はピョンとひと跳ねして喜んだ。


「これ、生まれ変わったってこと? 本当に!?」


 皐月はクルクルと回ってみる。

 軽やかに回転する体は何の違和感もなく、皐月の思うようにスムーズに動いた。


「私生まれ変わったの!? 生まれ変わったんだよね!」


(ああ! 神様ありがとうございます!)


 胸元で両手を組んで天を仰ぎ見る。

 これまで色々なことを我慢して、痛みや恐怖に耐えながら頑張ってきたことが報われる気がした。


「きっと、想像もできないくらい素敵な人生が送れる!」


 これほど贅沢なドレスを作れてこんなに豪華な部屋で暮らしているなら、皐月の想像を越える金持ちに違いない。結婚相手もきっとお金持ちだ。ハンサムな王子様みたいな人に違いない。

 色々な願いを叶えられる人生の始まりだ、 きっとそうに違いない。行きたい所へ何処へでも何度でも行けるだろうと皐月は喜んだ。


 次から次へとバラ色の人生を想像して皐月はうきうきと心が弾む。

 長い闘病生活の中で、これほど嬉しいと感じるのはどれくらいぶりだろうか? と、ちらりと考える。


 改めて美しいボディーを確認しようと、くるりと回って鏡に背を映した。


(・・・えっ!)


 ぎょっとした。

 スカートの後ろ、裾に近い所に血の固まりらしいものがベッタリと付いていた。裾をたくしあげようとしたその時、


「ぎゃぁぁぁーーーーーー!!」


 唐突に、窓の外から悲鳴が飛び込んできた。 その金切り声は、死の間際、断末魔と思える声。

 皐月は身をすくませて窓を見つめる。


「・・・何? どうしたの?」


 尋常ではない叫び声に、皐月は窓を見つめて黙ったまま立ち尽くし、しばらく動くことが出来なかった・・・。






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