第4話 魔技

「くっ!まだかよジュリ!」


「もうちょいなのだよ、淳」


「兄様。あとほんの少しだけ持ちこたえてくださいまし!」


 若者三人グループとリザードマンが戦闘を開始してから約一分が過ぎた。

 

「ふぁあ〜……」


 木の上からそれを観戦していた俺は大きく口を開けてあくびしながら、糸のような自前の細目をこすっていた。


「なんて眠たいことやってんだろ、あいつら」


 若者達のチームリーダーであろう少年が、気合いを入れてリザードマンに向かって行ったまでは良かった。が。


「そのあとがアレじゃな」


 なんつーお粗末な戦法だ。俺は後ろ頭を掻きながら地上に目を向ける。淳は右手に携えた剣でリザードマンに斬りかかるのかと思えば、その剣がぎりぎり届くかどうかの射程距離外でフェイシングのような構えを取り、リザードマンをちまちまと威嚇するだけの攻防を延々と繰り返していた。あれは当たれば儲けものぐらいで打ってる攻撃だな、と俺はまた一つあくびをする。


「まあ、俺から言わせればあんなのは攻撃ですらないんだが」


 そして他の美少女二人といえば、リザードマンと淳が戦闘を繰り広げているその傍らで、なにやら両手を胸の前に置いて手のひらで三角形の輪を作っていた。それは何かを集中して念じているようにも見える。漫画などでよく忍者が忍術を使うときにする、印を結ぶといった行為に近いものかもしれない。俺は彼女達を横目にそんな感想を抱いた。


「察するに、多分あれで魔技とかいうのを生成しているんだろう」


 こちらは期待できそうだった。少なくともあのリーダーの男の娘よりは。


「たしか淳とか言ったか……いや、ガッツは認めるんだが」


 俺はリザードマンVS淳の方に視線を戻した。


「この! く、くるなこの!」


「グゲゲェッ!」


「うわぁあっ!」


 ………………。


 きっとこの時の俺は、いつも以上に無の表情をしていたに違いない。


(……あれじゃ農家の人が鍬を片手にマムシを撃退してるのと大差ないな)


 やはりこれは期待できそうにない。


「ま、あの歳であんな化け物に向かっていく度胸は立派かもしれんが」


 謎の上から目線を披露しながら、俺は件の淳君を生暖かい目で見守る。彼は顔が超イケメンだった。なのでなおさら、その戦闘シーンが残念な仕上がりになってしまっている。俺は心密かに残念なイケメンの称号を淳君に贈った。


「まあリザードマンの方もあんなショボい牽制で前に出れないようじゃ、まるでお話にならんが」


 知能が少し高いといってもあの程度ではお話にならない。俺は軽く息をついて頭を振った。その時だ。


「おっ!」


 金髪ポニーテールの少女が動いた。


「よし、お待たせッ!」


 あのドヤ顔、どうやら魔技というやつの準備ができたようだ。


「淳ご苦労様、あとはボクがやるからさっさと下がるのだよ」


「はあ、やっとかよ〜」


 仲間からジュリと呼ばれていたボーイッシュ系美少女が、得意げな顔で意気揚々と前に出る。そしてぱあっと顔を輝かせる淳。俺もさりげなくご苦労様と心の中で淳君を労った。


「おいジュリ。余裕で生成に一分以上かかってたぞ。ほんとコイツを抑えるのが大変だったぜ」


「うるさい! まだ一分二十秒ぐらいしか経ってない!それに、男が細かい事を気にするのは正直カッコ悪いと思うのだよ! 」


「うっ、い、いいから早くしろよジュリ! 」


「はいはい、言われなくてもそのつもり。では改めて……烈火」


 ……え?


 ジュリが生成し終えた魔技を今まさに繰り出そうとした瞬間、俺は思わず木の上から身を乗り出してしまった。


「ちょっとまて、まさかあの馬鹿!」


 危うく『やめろ』と叫びそうになる俺。しかしもう色々と手遅れだった。


 《烈火玉れっかだま


 その呪文が俺の耳に届いた直後、ジュリの掌からバスケットボールほどの燃えさかる火の玉が放たれた。


「グゲェエエエエエエエーーッ‼︎」


 そしてその火の玉は時速にして100キロほど加速しながら、リザードマンの胸の中心に直撃する。


「ハーハッハッ!流石はボク!見事大当たりなのだよ!」


「グゲッ!グゲゲェエ!!」


  ジュリが放った『烈火玉』が直撃した次の瞬間、リザードマンの体が赤く燃え上がる。トガゲの化け物は全身を火達磨にして地面でのたうちまわっている。


「スゲェな……アレを人の力で繰り出したのか……」


 俺は一瞬その光景に目を奪われそうになったが、


 ――て、今そこはどうでもいいんだよ!


 しかしすぐさま我に返った。


「あのアホ女!よりによってこんな山奥の森であんな馬鹿でかい火を焚きやがって!」


 俺は息を殺すのも忘れて、声を張り上げる。ジュリが魔技を放つ瞬間、俺はその常人離れした動体視力と戦闘経験の豊富さで、彼女がどういったタイプの技を繰り出そうとしているのか容易に想像できたのだ。


「くそっ、予想どおり火炎系の術だったか」


 故にそのような技をこのような場所で使用した場合、どのような大惨事に見舞われるのかも、容易に想像できてしまった。つまり何が言いたいのかというと――


「山火事になったらどうすんだあの馬鹿! ここいらはろくな水場もないんだ! 洒落じゃすまんぞ⁉︎」


 これだから後先考えないガキは嫌いなんだ、と心の内で吐き捨てながら。とにかくあの特大の火種をなんとかしなければと、俺は木の幹に固定していた足を外し、その場で勢いよく立ち上がった。最悪、あのリザードマンとかいうのがまだ生きていたとしても、俺がトドメを刺せば問題ない。戦力分析はもう済んでる。俺にとってアレは紛うことなき雑魚だ。


(……手は出さないつもりだったが、事情が事情だ)


 今は一刻も早くあの火を消して山火事を防ぐことが先決。俺は先ほどまでのプランを早々に変更することを決めた。出来ればこういった形での異世界人との接触は避けたかったが、今はそんな悠長なことを言ってる場合ではない。


(……それにあいつらは見た目どおりまだ未成熟だ。上手く口裏を合わせればなんとか誤魔化せるだろ)


 色々と懸念はあった。そもそも木の上からいきなり三十過ぎのおっさんが登場し、結果的に獲物を横取りするような形で横槍を入れるのだ。現実、怪しまれない方がおかしい。だがそれでも、森での盛大な火遊びを見過ごすわけにもいかない。


「一応ここ、俺の実家にそっくりだしな……」


 ため息まじりにぼやきながら、俺は素早く大木から降りて、若者三人と絶賛全焼中のリザードマンの方に近寄った。



 ◇◇◇



「グ……ゲェ……」


 もう転げ回る余力もないのか、火達磨状態のリザードマンは三人から少し離れた場所で横たわり、ピクリとも動かない。もはやほとんど虫の息のようである。


「イエーイ、リザードマン撃破なのだよ!」


 そう言って、ジュリは満面の笑みで勝利のVサインを掲げた。


「相変わらず、ジュリさんの魔技は凄い威力ですわね」


「いやー、はっはっは! もっと褒めてくれていいのだよ、弥生君!」


「コラ、調子に乗んな!」


 少年グループのリーダー、淳は上機嫌なジュリを横目で睨んでダメ出しを始めた。


「さっきも言ったがな? いくら威力があったって撃つまで二分近くもかかる魔技なんて、実戦で使い物になるかっつーの!」


「む、いいじゃないかよ。現にこうやって倒せたんだから」


「たまたま今回は上手くいったんだ」


「もう、淳はいっつも小さい事を気にしすぎなのだよ」


「そんなの当然だろ。俺はこのチームのリーダーなんだから。色々気にするのが俺の仕事なんだよ」


 リザードマンに勝利して祝杯ムードにも拘らず、淳の小言は一向に止まる気配を見せない。


「それにこの際だから言わせてもらうけどな、お前は逆に何も考えなさすぎなんだよ、いつもいつも」


「はあ? 少なくても淳よりボクの方が頭を使ってるのだよ」


「どこがだよ、どこが」


「あ、あの、もうよろしいのではありませんか兄様?」


 おずおずと弥生が二人の間に割って入る。


「これで、今回の依頼も達成出来たことですし……」


「弥生。お前が毎回甘やかすから、こいつがいつまで経っても成長しないんだよ」


「それはそうかもしれませんわ……」


「なっ、弥生まで⁉︎」


 ガーンと体をのけぞらせるジュリ。そこへ淳がさらに追い討ちをかける。


「こんなに軽いノリで『冒険士』をやっていたら、いつかきっと痛い目に会うのは目に見えてるぞ」


「それは確かにですわ……」


「もう、なんだよなんだよ二人して! ボクだってちゃんと考えて仕事しているさ!」


「とてもそうは見えない。正直、俺はいつも幼児と仕事をしてる錯覚に陥っているぐらいだ」


「うっ、お、同い年のくせに子供扱いするなよな! ボクは立派な大人のレディだぞ。クールビューティーなんだぞ!」


 リザードマンを蹴散らしたのは間違いなく彼女の功績が一番大きいはずなのだが、淳から度重なる小言を受けジュリは既に涙目になっていた。


「なにがクールビューティーだよ。精神年齢がラムよりも低いくせして」


「う〜〜!」


 堪らずジュリは隣にいた弥生に抱きつく。


「弥生、お前の兄がいじめるよ〜。超がつくシスコンのくせに、精神がどうとかいじめるよ〜」


「な!俺はシスコンなんかじゃっ」


「よしよし、いい子いい子。うふふ」


 抱きついてきたジュリを包容しながら、弥生は優しく彼女の頭を撫でる。


「弥生……そうやってお前がいつもジュリを甘やかすからだな……ん?」


 その時。


「――」


 三人が雑談をしている背後から忍び寄る影が一つ。


「どうかなされましたか、兄様?」


「いや、その、なんか……」


 思わず惚けてしまった自分を見て可愛らしく小首を傾げる妹に、淳はぼそりと言った。


「……いつの間にか俺たち以外の『人型』がいる」


「えっ⁉︎」


「はぁ⁉︎」


 弥生とジュリが目を丸くし、素っ頓狂な声を上げた。そしてすぐさま二人も淳の視線を追うようにそちらに顔を向けた。


「ほ、本当ですわ……」


「こんな山奥にボクら以外に人型がいるなんて……あっ!アイツ、ボクが倒したリザードマンの方に向かってるのだよ!」


「俺・た・ち、が倒したリザードマンな?」


 淳は口を尖らせながら言った。


「兄様、ジュリさん。いまはそれよりも」


「む、そうだった」


「うん!」


 思いがけない部外者の登場にしばし呆然としながらも、淳達はすぐさま神妙な面持ちで頷き合い、突如現れたその男に近づくのであった。

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