第17話

 そう言った真田はビアグラスを手にすると、何もなかったかのように乾杯の真似をした。

「すいません」

 中西はふたたび頭を下げたあと、遠慮がちにひと口ビールを飲んだ。

「――しかしあの老人が言った、ここでは話せないという言葉が気になってしかたがない」

 真田はイワシの丸干しを手にしながら呟く。

「そうですか、僕はそれよりもあの車がどこに向かったかというほうが気になります」

「俺も気にならなくはないが、どっちかというと、あの老人の悲しげな表情が忘れられなくてな。それと老人が言い澱んだ言葉がどう繋がるか興味が涌いたんだ。あの会社の電話番号を手に入れたから、近いうちに電話を入れて様子を探ってみようと思う」

「先輩、電話をかけるくらいならいいですけど、気をつけてくださいよ」

「わかってるよ。でもここまで来たら何か中途半端に終わらせたくないという気持が勝ってどうしようもないんだが、いままでのことを突き合わせてみると、どうやらひと筋縄ではいかないみたいだ」

「先輩の言うことはよくわかります。僕も同じ意見です。最初にこの話を聞いた時には、まったく興味なかったんですが、どういうわけかあの会社の名前が耳から離れなくなってしまって、いまでは仕事そっちのけでその気になっています」

「おい」

「待ってください、冗談ですよ。でもいまさら手を引けとか忘れろとか言うのは、なしですからね。わかってますよ、ちゃんと仕事はしますから」

 中西は目を見開いて真剣な顔を見せる。それを見て真田は何も言えなくなってしまった。

「なあ中西、俺ストレスが溜まり過ぎちゃって、きょうちょっと歌でも歌いたい気分なんだけど、このあと付き合ってくれないか?」

 真田は、自らすすんで踏み入れた出口の見えないない立て抗の中で、闇に足をかけて脱け出そうと踠き続けている。ここらで脳髄をリセットしなければ、本当に病気に罹ってしまう気がした。

「先輩がそんなこと言うなんて珍しいですね。いいですよ、たまにはパァっとやりましょう。明日は土曜日で仕事は休みですし……」

 中西は真田の胸中を忖度することもなく、屈託のない表情で腕時計を覗き込んだ。

 その後1時間ほど半次郎で飲み続けたふたりは、店に入った際に言ったようにここでの勘定は中西持ちとなった。真田は何度も割り勘にすることを口にしたが、頑として受けつけなかったために、中西の気持を尊重して支払いを任せた。

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