忘却の契約者 〜俺の魔力は天井知らず!?〜

ひろ。

第1話 夢と現実

 そこは数多のガラス張りで出来た巨塔のようなもので視界が覆われていた。


 森は見えず、樹木は規則正しく生えそろっていた。


 視界の隅を、馬の付いてない馬車のような物が、凄まじい速度で何台も通過していく。


 足元も土でも石造りでもない見たことのない黒い何かで覆われていた。



「ここはどこだろう……」



 少年はやけに体に張り付くような衣服を着ている大柄な体に「自分の体が随分違っている。でも間違いなく自分の体だ」と感じた。


 すると体は不意に人々の流れに沿って歩き出した。


 歩いた先で子供が楽しそうに道を渡るのが見えた。


 するとそこにひときわ巨大な箱のような馬車が迫っていた。


「このままでは子供が危ない」


 そう少年が思った直後、体が先に動いた。


 子供を突き飛ばし自分もそこから移動しようと思った時、眼前を覆う巨大な壁が見えた。


「あぁ。やはり夢なんだ。じゃなきゃここで死んで終わりじゃないか」


 と、少年がどこか達観していると、急に世界が光に包まれた。


 ガラスの巨塔も、馬車も、行き交う人々もいなくなったことに困惑する少年。



「ここはどこだろう……」



 少年は再び同じことを考えてしまった。


 しかし少年はどこかで「これはただの夢ではない」と感じていた。



「聞こえ……我が……」



 すると光に包まれた空間で声が聞こえてくる。


 しかしその声はとても小さく全く全容がつかめなかった。



「忘れ……我……約……」


「……さい……ろ」



 その時何者かわからない微弱な声に混じって、聞き覚えのある声が混じってきた。



「だ、誰!?」


「おぉきぃいろぉお!」



 次の瞬間また視界が光に包まれた。


 しかし今回のは目に若干の痛みが走る光だった。


 そして布団を捲られたのか一気に冷気が体にまとわりついてきた。



「あひゃあああ!」



 少年は思わず叫び、悶えた。



「よし!起きたねアリム!ちゃっちゃと顔洗いな!」


「母さーん……この起こし方やめてっていつも言ってんじゃん!」



 少年ことアリムは母であるミリムにいつも布団を捲られ、起こされるのが日課になりつつあった。



「あんたが起きないのがいけないんだろ!ほら!学校に遅れちまうよ!」


「やだ。学校行きたくない……また『魔法も使えない』ってバカにされるもん」



 アリムは青色の瞳を曇らせながらそう答えた。



「バカ言ってんじゃないよ!学校も行かないでどうするんだい!」


「学校行かなくったってできる仕事に就くんだもん……」



 ミリムはアリムのベッドに座った。


 そしてアリムの自身と同じ栗色の髪を撫でながら話し始めた。



「そりゃたしかに魔法が使えなくたって就ける職はごまんとあるさ。でも諦めなけりゃあ……」


「でもどこの精霊様だって『契約出来ない』って言ったんでしょ?」



 アリムが口を尖らせてそう呟くとミリムの息子を撫でる手が止まった。


 この世界において魔力のない人類は精霊、悪魔、魔物などと契約することによって魔法を行使することができる。


 ミリムはアリムが赤子の時期に『精霊教団』の元で契約の儀式を行ったが、どの精霊も「契約出来ない」の一点張りだった。


 それでもミリムはアリムを何度も儀式に参加させたがただの一度も契約はできなかった。



「アリムは魔法が使えたら学校行きたいかい?」


「……うん。きっとバカにされなくなるし。友達だって出来るから」


「そっか……じゃあ今度の休みに教団へもう一回行くからさ!それまで頑張って学校行こう!母さんも教団へのお布施分多めに働いてくるからさ!」


「……わかった」



 ミリムの自分を思いやる気持ちがわからないでもなかったアリムは仕方なく学校に行くことにした。





「はぁ……着いちゃった……今日もバカにされるのか……」



 学校に到着したアリムの気分は憂鬱だった。



「おはよーせんせー!」



 アリムの横を下級生が元気に先生に挨拶していった。


「あんな子供ですら最下級精霊魔法を使えるのに自分は何もできない」という卑屈な気持ちがアリムを包んだ。



「……」



 アリムは教室に入ってもなるべくクラスに波風を立てないよう挨拶をしなかった。


 しかしアリムは感じていた。


「またあの『無能』がやってきた」と言わんばかりの嫌悪の視線だった。


 アリムはその視線を耐え忍び、自分の席に向かうと「死ね」「やめろ」「無能」などと机に火炎魔法を用いた焼き文字で書かれていた。


 アリムが慌ててクラス後ろの雑巾を手に取り拭き取ろうとした。


 するとバケツに入った水が目の前で爆発した。


 びしょびしょになりながら「設置系の水爆魔法だな」と、どこか冷静にアリムは床を拭いて水をバケツに絞って戻した。


 そして机に戻りなかなか消えない焼き文字と格闘していると、教室のドアが開いた。



「おはよう諸君」

「「「おはようございますホムロン先生!」」」



 担任のホムロンがやってきたので、アリムはありったけの参考書を机に広げて、焼き文字を隠した。


 ホムロンという男の容姿は黒目のとても穏やかそうな表情に銀縁眼鏡で緑の髪は生徒の見本となるべく綺麗にまとめられていた。



「おや?アリム君。どうかしたのかな?」


「あ、いや。なんでも……」



 魔法使い然としたローブをなびかせながら、机の上を散らかしているアリムの元へ近づくホムロン。


 そして参考書を少しずらしてアリムの机を見たホムロンは少し表情を曇らせた。



「これは……いつもこんなことを?」



 ホムロンの問いに、アリムの表情は真っ青になり目から涙が溢れ出した。



「今日は自主にします。アリム君、一緒に来てくれるかな?」


「……はい」



 アリムは絶望していた。


 気づかれてしまったから、先生は何かしらの対策を取るだろう。


 だがそれは更なる報復のきっかけにしか過ぎないことをアリムは感じていた。


「これからどうなるんだろう」と、アリムの頭の中ではそればかりが繰り返されていた。





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