音楽脳

中村 離(はなれ)

第1話 音楽脳とは

 お風呂でいつのまにか鼻歌を歌っていて、後から「あっ、いま、歌ってる」と気づく。ほとんどの人が、そんな経験をしているのではないだろうか。さっきまで聴いていた音楽が、無意識のうちにアタマの中で再生されている、ということもよくあると思う。


 私の場合、それと同じ現象(症状?)が、日常的に、頻繁に起こる。ふと気がつくと、アタマの中に音楽が流れている。意識的に音楽を呼び起こしたわけではないのに、いつのまにか脳内で、一日に何度も何度もいろいろな音楽が再生されるのだ。私もそうだ、とうなずいてくれる方は、どれくらいの割合で存在するのだろう。


 再生されるのは、一曲まるごとではない。短いときは1フレーズ、長くても1~2分のメロディが延々とリピートされることが多い。一日に何度も同じ曲が繰り返されることもあれば、ランダムな選曲(というべきか)の場合もある。止めようと思っても止まらない。通常、5~6分は続くだろうか。終わるときは、これまたいつのまにか終わっている。


 たとえば、今日はこんな曲だった。ムソルグスキーの「はげ山の一夜」、ホレス・シルヴァーの「サイケデリック・サリー」、ニック・ケイヴの「スローリー・ゴーズ・ザ・ナイト」、井上陽水の「恋の神楽坂」など。


 実に脈絡がない。クラシックもあれば、ジャズやロックやポップスもある。いわゆるJ-POPや、かつてはニュー・ミュージックやフォークと呼ばれていたジャンルの曲のときもある。ワールドミュージックや歌謡曲、演歌が流れることだってある(ふだん接していないためか、民謡や都々逸などは、流れた記憶がない)。


 そのときどきに、私が置かれている環境や精神状態からちょっとした連想が働いて、脳に蓄積された音楽の記憶と結び付き、無意識から浮かび上がってくるのだろう。しかし、どうしていまこの曲? という場合も多々ある。わけがわからない。私がコントロールできない脳のある部分が、気が済む(?)まで、音楽を奏でるシナプスを接続させ続けているということだ。


 音楽がずっと続くわけではないから「脳内ストリーミング」とは呼べないし、おとなしく流れていてくれるわけでもないから、「セルフBGM」とも言えない。音楽の「発作」という表現が近い。


 もちろん、CDなどで音楽を聴いている間は、その音楽しか認識できない。ある曲に耳を傾けながら、別の曲がアタマの中で流れていたら、オレの脳、ちょっと心配、というものである(いまでも心配ではあるが…)。


 突然の脳内音楽がじゃまなこともある。特に、展覧会の会場がそうだ。絵を見ている間中、必ず、アタマの中で音楽が鳴っている。しかも、入口を入るとすぐに再生が始まり、出口まで終わらない。ずっと鳴り続ける。展覧会の場合は、決まって特定の一曲のリピートだ。どうにも落ち着いて絵画を鑑賞できないので、ちと迷惑である。


 想像してみるに、たとえば鉄道マニアの方の中には、気がつくと、さまざまな鉄道会社の、さまざまな系統の車両のそれぞれに異なる走行音が、一日に何度も脳内で再現される人がいるかもしれない。そういった現象を催させる脳(のある部分)は、「鉄道脳」と呼べるのではないか。またバードウォッチャーの方の中には、日常生活のさまざまな場面で、ふとした折りに、ひょいっと、いろいろな鳥の鳴き声が再生されているのではないか。こちらは「鳥の歌脳」だ。


 人それぞれに、「~脳」と名付けられるような脳の一部を持っているような気がする。そして私のようなタイプの脳の一部は、「音楽脳」と名付けられるのではないかと思う。


 もちろん、ミュージシャンには、同じ“脳質”(体質のようなものという意味で、脳質)の持ち主が多いのではないだろうか。しかし私は楽器もできなければ、歌だって音痴この上ない。ただの音楽好きな人間である。そんな私がそうなのだから、音楽のプロでなくても、「音楽脳」を備えた人は一定の割合で存在しているはずだ。「音楽脳の一族」が、世界中に散らばっているに違いない。あなたには、「音楽脳」はありますか?


 そして、夢想してみるのだ。もしかすると、いまこの瞬間に、どこかの国の「音楽脳」の持ち主のアタマの中に、私とまったく同じ音楽が再生されているかもしれない、などと。そんなことがあったら、ちょっとうれしい。ちなみに、この文章を書いている途中から、私の脳に響いていたのは、U2の「ウォークオン」でした。


 次回は、私が初めて「音楽脳」を意識した日について。

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