引きこもりの悪役令嬢は一人になりたい。

星月夕日

プロローグ

 風を感じながら馬を走らせるのはとても気持ちが良い。嫌なことを忘れさせれるから。空はオレンジ色に染まりかけている。


 アリーヤ・シラン・マノグレーネこと私は昨日のことを思い出して手綱に力を入れる。ギリリと奥歯を噛み締める。それは昨日の夜のお茶会のこと。








「アリーヤ・シラン・マノグレーネ。そなたはこの侯爵令嬢、ヴィクトリア・ウェンディ・レティシア嬢に卑劣な行いをした。よって、二ヶ月の謹慎を命じる。」




 王太子殿下が澄んだ青い目を細めて言う。


 ……冗談じゃないわ。なんで私が。


 私はアッシュブロンドの髪を振り乱しながら踵を返す。




「そ、そなた、何処へ行く!?」




 王太子殿下が何やら言ってるがそんなの構わない。私は真っ直ぐ厩舎きゅうしゃに向かう。そして、たまたま目についた馬に乗った。私のアメジスト色の瞳からポタポタと涙が溢れた。手の甲でグイッと涙を拭いて、前を見据える。馬をゆっくりと走らせる。そして、現状に至るわけだ。




 思わず手綱に力を入れてしまった。途端に馬が暴れだす。




「あっお、落ち着いて! きゃっ!」




 落ち着かせようとしたが、暴れだした馬は言うことを聞かない。私は馬から落ちた。












 ◇◇◇◇◇












「……香凜、香凜。逝かないでくれ……。」












 目を開けるとそこは自室だった。窓の方を見ると、星が瞬いていた。


 ……それよりも今のって。




「もしかして、前世の……私?」




 声に出して確信した。思い出した。今のは……前世の頃の記憶だ。


 前世の私の名前は……本木香凜。乙女ゲームが大好きな優等生と言われていた。


 乙女ゲーム……?




「……ん?よくよく考えたらここ、私が前世の時にプレイしていた乙女ゲームじゃない?」




 よくよく思い出してみると私は悪役令嬢だった。ヒロインをいじめる、最悪最強の悪役令嬢。




「えっ待って、私、最悪な女過ぎない?」




 ヒロインの名前はヴィクトリア・ウェンディ・レティシア。侯爵令嬢で綺麗な金髪が印象的な少女だ。


 私は今まで、彼女に色々と酷いことをしてきた。私は思わず頭を抱える。彼女に御詫びの手紙を書こう。少し憂鬱になりながら筆を手に取る。




 コンコン




 ドアがノックされた。時計を見ると、朝の六時を回っていた。




「はい、どうぞ。」




 私はドアの方に向かって声を投げる。すると側仕えの一人が入って来た。




「アリーヤ様、起きていらしたのですね。お加減は大丈夫ですか?」




「えぇ。大丈夫よ。心配してくれてありがとう。」




 私が返事をすると、側仕えは軽く目を見開いた。普段の私なら「貴女に心配されなくても大丈夫よ。」と言うからだろう。




「……? アリーヤ様、何をしていらしているのですか?」




 私の手元を覗きながら言う。私はアッシュブロンドの髪をかきあげながら答える。




「実は、ヴィクトリア様に今までの非礼を詫びたいと思っているの。」




「えぇ!? アリーヤ様が!? ……失礼致しました。……確かにそれは良い考えですね。」




 ……まぁ、確かに驚くわね。今までの私の態度を見ると、考えられないだろうね。


 さてと、私は改めて筆を手に取る。書き出しはどんな感じが良いだろうか。やっぱり『拝啓』と『敬具』は必要かしら。


 私は側仕えに聞くことにした。




「ねぇ、ちょっといいかしら?」




「はい、なんで御座いましょうか?」




 側仕えを見ると、いつもより表情が柔らかいのは気のせいでは無いだろう。




「手紙ってどのように書けば良いのかしら?」




 私がそう聞くと、側仕えはニッコリと笑った。




「それは勿論……」




 それから一時間程、私は側仕えに手紙の書き方を教わりながら、手紙を書き終えた。




「アリーヤ様、そろそろお疲れでしょう。後はわたくしがこの手紙を届けるので、お休みになって下さい。」




「そう? それじゃ、お言葉に甘えて。ありがとう。」




 側仕えに言われて、私は大人しくベッドに横になる。


 ……それより、このあとどうしようかしら。いっそのこと、このまま引きこもろうかしら。


 どうせ私は謹慎の身だ。引きこもったところで文句は言われないだろう。私はそう思いながら、深い眠りについた。

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