Ⅱ-Ⅵ 頑張れ ②


「私ね、太ってたじゃない? だからそのことで結構いじめられてたのよね」


 ポツ、ポツと昔のことを柊木さんは語り始める。


「とても辛かった。だから私は周りと仲良くできなくて。自然とつっけんどんな態度をとるようになってたの」


「そう言えば、最初会った時もそんな感じだったな」





「やーいのろまー」


「……」


 目の前で石を投げられても黙って耐えている女の子。

 偶然それを見てしまった俺は、居てもたってもいられなくなった。


「やめろよ! 可哀そうだろ」


 俺はその辺に落ちていた木の棒を拾い、ブンブンと振りまわす。


「なんだよこいつー!」


 すると、その女の子をいじめていた同級生たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 はぁはぁと息を整えると、俺は振り返り女の子の下へと駆け寄る。


「大丈夫?」


「……」


 しかし彼女は何も答えない。


「ねぇ、君?」


「助けてくれなんて言ってない」


「え?」


「助けてくれなんて言ってないでしょ!」


 あれ、なんか怒ってる?





「めちゃくちゃびっくりだったなー」


「あ、あれは、その……。助けてもらったことなんてなかったから、つい勢いで……。ごめん」





 そして彼女は立ち上がりパッパッとお尻の砂を払う。


「嫌だったかな? ごめんね」


「……。別に、嫌とは思ってない」


 えー。





「まじで俺どうしたら良かったの? ってな」


「だって、あんな悲しそうな顔するなんて思わなかったからちょっと本音が……」





「俺、佐和涼太っていうんだ」


 とりあえず自己紹介しとかないとかなと思い、俺はそう告げた。


「……、りょうた?」


「そうそう。君は?」


 俺は彼女に尋ねる。

 少し迷った顔をしたけど、彼女はゆっくりと口を開いた。


「……ぎ紫遠」


 ん? 名字何て言ったんだろう? 声が小さくて聞こえなかったけどまあいいか。


「じゃあ『しおたん』だな。そっちの方が呼びやすいし」


「は? なんですって?」





「馬鹿にされたのかと思ったわよ」


「いやー、昔っから人の名前聞き取るのと覚えるのが苦手でさ」





「私が牛みたいだからって意味?」


 目の前の彼女の顔が急に険しくなり、ずぃずぃとこちらへにじり寄ってくる。


「ち、違う違う! しおんって名前だから『しおたん』がピンときたんだよー」


「だからって、もっといじめられそうなあだ名は嫌よー!」





「ホント、デリカシーないやつだと思ったわ」


「面目ない」





「そんなに怒らないでよ、ね?」


 そう言って俺は柊木さんの頭をポンポンと撫でた。


「な、何するのよっ!」


 彼女はそれをパッと右手で振り払う。


「だって、『しおたん』は年中組の子でしょ? 俺は年長組だから年中組の子に優しくしないといけないんだよ」


「は?」


 そして飛んでくる彼女の右ストレート。

 それは当時の俺の顎にクリーンヒットする。


「こ、子ども扱いしないでよっ!」


 K.O. しおたんWin.





「年下に見られるのが嫌なのよ。今でも身長が人より低いのに」


「だからって殴るこたーないでしょーに」


 それからというもの、いじめられている現場を見るたび、俺は彼女を助けた。

 それこそ感謝の言葉を言われたことはなかったけど、別に気にならなかった。

 よってたかってっていうのが気に食わなかっただけだし、その辺は自己満足。


「そう言えば同じ幼稚園に通ってたってことは、柊木さんも来美町に住んでたんだよな」


「そうね。ちょっとの間だけだけど」


「あぁ、小学校では見かけなかったもんな」


「パ……コホン。父の仕事の都合で都会の方へ引越ししたのよ」


 今、パパって言いかけたな。指摘したらぶっ飛ばされるので心の奥底にしまっておこう。


「そうなんだ。その後ってさ……」


 俺が引越しした後の話を訪ねようとしたところで、会社のベルが鳴り、終業の時間を告げられる。

 慌てて時計を見ると、時刻は午後6時を示していた。


「はぁ。話し込んでたらもうこんな時間。そろそろホントに仕事進めないとマズイんじゃない?」


「かなー」


 本当はもっと柊木さんの話を聞いていたかったけれど、どうにもそうはいかないらしい。

 やれやれと溜め息をつきパソコンの方へ向き直った。

 さぁ、やるかー!


「ねぇ、涼太?」


 不意に柊木さんが不安そうな声で俺に尋ねる。

 なんだよー、人がせっかくスイッチ切り替えて仕事しようと思ってたのに。


「ホントにいいの?」


「何が?」


 質問の意味が分からない。


「その……、碧依の方へ行かなくて……」


 声量が尻すぼみにどんどん小さくなっていく。

 はぁ、ホントこいつは。さっきの炎ちょっと消えかかってるじゃないか。


「柊木さんはどうして欲しいんだ? 行って欲しいのか? 行って欲しくないのか?」


 だからちょっと厳しめの声で俺は尋ねた。

 答えはさっき言ったろーに。


「そりゃ、その、行って欲し……くないけど……」


「じゃあ、そう言えばいいじゃないか」


「だって、選ぶ権利は涼太にあるから。私なんかと一緒に居るよりも碧依と一緒に居たほうが仕事楽しいと思うし」


 それに関しては正直なんとも言えないところではあるんだよなあ。

 何と言っても碧依さんは口をきいてくれないもので。あー、目から汗が。

 だけど選ぶ権利があるか。それはちょっと違うんだよね。


「選ぶ権利なんてねーよ。だって部長からの指示は柊木さん主導でやれってもんだったからな」


 そう、仕事とはそういうものだからな。

 むしろ単独行動をしている碧依の方に、今回は非があると俺は思う。

 柊木さんの言い方が悪かったにせよ、だ。


「俺が一緒に居る理由の一つとしてはそうなんだけど、それ以上を占める理由についてはさっき言った。ホントは優しいしおたんを放っておけないってな」


 すると彼女の顔がみるみる紅潮していく。

 おうおう、照れるな照れるな。俺の方が恥ずかしいんじゃ。


「んじゃ、最後にもう一回聞くぞ。どうして欲しいんだ?」


 俺は彼女に向かって真剣な眼差しで尋ねた。次は無いぞという意味を込めて。


「力を……力を貸して欲しい」


 彼女はぐっと拳を握る。


「私だけじゃ今回の案件は無理。だから、力を貸して欲しいの!」


 くわっと俺の目を見て彼女は叫んだ。

 小さな炎がみるみる燃え上がり、大きな炎へと変わっていくのを感じる。

 なんだよ、やればできんじゃん。


「俺でよければ、喜んで」


「涼太じゃないとダメ、ダメなの!」


「お、おう。そうか」


 急にぐいぐいくるな。完全に吹っ切れたみたいで良かったけど。


「よろしくね、涼太」


「あぁ、頑張ろうな」


 うん、と柊木さんは笑顔で首肯した。やっぱりこういう仕草をされると思わずドキッとする。


「早速だけど。今日は色々とあったから、徹夜で挽回しようね」


 ニコニコと屈託のない笑顔を柊木さんは俺に向ける。


「え……」


 てつ、や?


「なに? 嫌なの?」


 すっと彼女から笑顔が消える。


「滅相もございません」


 じゃ、よろしくねと柊木さんは笑顔に戻り、自分のパソコンに向かった。

 力を貸すと言った手前、拒否なんてできないよね。決して怖かったとかそんなんじゃないんだからねっ。

 俺はパソコンのスクリーンサーバーを終了させ、ちまちまと過去の商品情報に目を通し始めた。


 頑張れ、俺……。


 そして、チラと横を見る。

 すごく真面目な表情で柊木さんはパソコンに向かっていた。







「頑張れ、しおたん」

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