Ⅰ-ⅩⅡ 蘇る記憶 ④


「ずっと、ずっとずっと会いたかった」


 どうしよう涙が止まらないよ。


 本当の意味で涼太君と再会ができた。

 それを感じて、私の目からは涙が止まらなかった。


「ごめん、約束忘れてて。俺、嘘つきで……、最低だよな……」


 涼太君の顔に影が差す。


「ううん。嘘つきなんかじゃないよ。だって……」


 声が震える。

 泣いてばかりじゃだめだ。しっかりと私の言葉を届けないと。


「今日。会いに来てくれた」


 私はおもむろに手を伸ばす。

 あの日初めて繋いだもの。そこに私は手を重ねた。

 やっぱり男の子なんだなと思った。

 とても大きくて、とても……温かかったから。


「偶然だ……」


 それでも涼太君の顔は辛そうだった。

 涼太君は優しいから、多分私への罪悪感で押しつぶされそうになっているんだと思う。

 違うのに。私はそんな顔をさせるためにこの話をしたんじゃないのに。

 そんな、泣きそうな顔しないでよ。


「偶然だったとしたらっ!」


 考えるよりも先に言葉が飛び出した。


「それって、運命だよねっ」


 自分で言ってて恥ずかしくなってくる。

 けれど、今は羞恥心よりも私の気持ちを伝えたい。


「それに、さ。さっきも言った通り私は行き先を涼太君には伝えてなかった。私にも落ち度はあるの。だからそれ以上悲しい顔をしないで」


 精一杯彼に伝える。謝って欲しい、悪いと思って欲しい訳じゃないんだよって。

 すると、涼太君は考えを巡らせた後、フルフルと首を横に振った。


「悪かった。もう大丈夫だ」


 ニカッと彼が笑う。

 少しぎこちなかったけれど、今はそれでも良いと思った。


「改めて、久しぶり。あっちー」


「うん、涼太君」


 涼太君にそう呼んでもらえるのが嬉しくて思わず返事をしてしまう。


「あっ、でもっ!」


 厚かましくも私は一つ思いついてしまった。

 涼太君がこれを了承してくれるかどうかは分からないけれど、私だって10年も待たされたんだから、このくらいの我がままなら言ってもいいよね?


「もう私の名前覚えられたよね。だから「あっちー」じゃなくて、ちゃんと「碧依」って呼んでほしいな」


 名前呼びをして欲しい。

 ささやかな私のお願いだった。

 だけど涼太君は照れながら、


「えっと。今まで通り五葉さんではダメ?」


 と、のたまった。

 ヘタレ。


「ダメ」


 当然私は笑顔で拒否する。

 すると涼太君は、少し悩んでから、


「あ、碧依……」


 と、相当恥ずかしそうに言った。

 急激に体の温度が上昇していくのが分かる。


「はいっ!」


 名前を呼ばれたからには返事をしなきゃね。

 それから碧依って呼んでくれたお礼。

 私は今日一の笑顔を涼太君にプレゼントした。




☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 そこから私と涼太君は昔話をした。

 途中で、お姉ちゃんのことを聞かれたときはどう答えていいか分からなかった。

 だって、もう会えないなんて、こんな期待の眼差しを向ける涼太君には言えない。

 私は曖昧な表現で、何とか誤魔化した。嘘は言ってないけど、心は痛む。


「ねぇ、涼太君?」


「どうしたんだ?」


「部長がね。今年はお盆休みあるって言ってたでしょ」


「あー、俺が異動になって人手が増えたからだろ? それがどうしたんだ?」


「うん。もし良ければなんだけど……、一緒にお姉ちゃんに会いに行かない? きっとお姉ちゃんも涼太君に会えたら喜ぶと思うから」


 そこで、本当のことを伝えよう。私はそう決心した。

 でも涼太君一緒に来てくれるかな?

 たった3日間しかない休みだから、もしかしたら断られるかも。


「分かった。調整しておくよ」


 涼太君は笑顔で答えてくれた。

 ほっ、と胸を撫でおろす。


「ありがとう」


 そして感謝の気持ちを涼太君へ伝えた。



「じゃあ、碧依はベッドを使ってくれな」


 来美町への帰省の話を軽くまとめた後、そろそろ寝ようかという話になった。

 もっと話をしていたかったけれど……、明日も早いし仕方ないよね。

 それにこれから涼太君とは一杯話せる機会はあるだろうし、今日は我慢しよう。

 さて、それはそれとして。


「別に横で寝てくれても構わないよ?」


 そう提案する。

 だって涼太君は私に気を遣って、床で寝るって言うんだもん。私は気にしないのに。


「いや、それはさすがにマズイって」


 涼太君は手をブンブン振りながら拒絶する。

 むっ、そんなに必死で嫌がる事ないと思うけどなー。


「昔は一緒のお布団で寝てたじゃん」


 私の家に涼太君がお泊りしたとき、一緒の布団で寝たことがある。

 それは単純に布団の数が足らなかっただけなんだけど。


「小学生の頃の話だろ。今はその……、良い大人なんだし、同じお布団はやめとこう。な?」 


「もういいよ」


 これ以上やり取りしていても涼太君は折れそうにない。

 私はため息一つついて、ベッドにもぐりこむ。

 数秒後、パチっという音とともに電気が消え、涼太君が横になった音が聞こえた。


 ……。


 眠れない。

 ベッドから涼太君の香りがする。

 それで何だか涼太君に包まれているような気がして、ドキドキして眠れないのだ。

 どうしよう、明日の朝も早いのに。


「はぁ、諦めたつもりだったのにな」


 不意に涼太君がそうつぶやく。

 諦めたつもり……? 一体何を。

 そこで私は一つの可能性にたどり着く。


 お姉ちゃんのこと?


 昔、涼太君が好きだって分かった時、他に好きな女の子が居るんじゃないかって勘ぐった時があった。

 その時は学校へ行ってなかったし、確かめる術はないからとあまり気にしないようにしていた。

 けれど、いつだったか、涼太君がずっとお姉ちゃんを見つめている時があった。

 なんか、ポーって感じで。

 その時に私は、涼太君がお姉ちゃんを好きなのかもしれないって感じてしまった。

 なぜなら、私も同じように涼太君を見てしまうときがあるから。

 でも、私はその考えを否定した。認めたくなかった。

 私じゃお姉ちゃんに敵わないから。敵う訳がないと思ったから……。


 やがて、スースーと涼太君が寝息をたて始める。

 私はそっとベッドから体を起こした。

 そのまま音をたてないよう気を遣いながら、ベッドから出る。そして、涼太君の隣へ。

 ゆっくりと体を床へとつける。フローリングが、火照った体を冷やしていく感じがとても気持ちいい。

 そして目を前に向けると、そこには大きな涼太君の背中があった。

 昔よりも逞しく見えて、昔よりもカッコよく見えた。

 涼太君が起きないよう、私は自分の体をゆっくりと涼太君にくっつける。

 ほんのり温かい、ベッドと同じ涼太君の香りがする。


 何だか空しい。


 私がこうしていても、涼太君は多分お姉ちゃんのことを考えているんだろうな。

 それが辛くて、泣きそうになってしまう。


「ねぇ、涼太君」


 届かないと分かっている。

 言葉にしてしまうと、胸が張り裂けそうになる。

 けれど、どうしようもない感情が胸の奥から、喉を震わせ飛び出てしまった。


「今は――、私だけを見てよ」

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