Ⅰ-ⅩⅠ とある夏の日の出会い ③


「ねぇ、碧依。友達欲しいでしょ、連れてきてあげる」


「何言ってるのお姉ちゃん」


 とある夏の日の朝。

 お姉ちゃんはそんなトンデモ発言をしてきた。


「碧依も同年代の友達欲しいかなと思いまして」


「別にいいよ」


 私は投げやりにそう言った。


 私は生まれつき体が弱い。

 それは病気によるものだということを教えてもらったけれど、病名は難しくてよく覚えていない。

 その病気のせいで、私は10歳になった今も学校に通えず、養生を強いられている。

 小学校には、私の席だけがポツンとある状態だ。

 でも別に今更それを苦に思ったことはない。友達なんていらない。


「ダメよ碧依。友達は居たほうが絶対いいんだから」


 でも、お姉ちゃんはその私の考えを良しとしないみたいだ。

 本当に、いらないんだけどなぁ。


「よし、その辺で拾ってくるか」


「子犬じゃないんだから」


 はぁ、と私はため息をついた。

 しかしお姉ちゃんはフンスと鼻息を荒くすると、そのまま家を飛び出してしまう。

 行動力だけはすごいなーと思いながらも、さして私は期待せず、そのままリビングへ戻りゆっくりとソファーに横になった。一応果報は寝て待てということで。



「拾ってきました」


「返してきなさい」


 ドヤ顔で一人の少年を連れてきた姉。

 その横で戸惑った表情で笑う男の子。

 その前に鬼の形相で立つ母。


「なにこれ」


 私は少し離れたところからその異様な光景を眺めていた。

 お母さんはこれでもかとギャンギャンお姉ちゃんを叱り飛ばしている。

 しかしお姉ちゃんは、「だってー」とか「碧依のためにー」とか、のらりくらりとお母さんの叱責を受け流していた。

 男の子は……、えっ、今こっちを見てた!?

 私は思わず目をそらす、が、男の子は笑顔とともにとてとてと私の下へやってくる。


「あっ、えっと……」


 驚きのあまり言葉に詰まってしまう。

 すると、その男の子は私の前に立って、ニコッと笑った。


「俺、佐和涼太。よろしくな!」


 えっ、自己紹介された!?

 どうしよう、どうしよう、私も返した方がいいのかな。


「五葉碧依です。よ、よろしくね、りょうた君」


 急なことだったので思わず小声でごにょごにょとした喋りになってしまう。

 りょうた君という男の子は、やはり聞こえずらかったのか、何やら難しそうな顔をしている。

 だけど、すぐにパッと晴れやかな笑顔に戻り、


「じゃあ、『あっちー』で!」


 と言ってきた。

 あだ名だというのはすぐに分かった。でも、私はそういう風習には慣れていないので、戸惑ってしまう。

 それを感じ取ってくれたのか、


「俺のことは好きに呼んでくれていいよ」


 と、りょうた君は言ってくれたのだ。


 同年代の、それも男の子と話すのは初めてのことだった。

 何だかそれが嬉しいのか、気恥ずかしいのか分からなかったけれど、私は思わず顔に熱を感じてうつむいてしまう。


「じゃ、じゃありょうた君で」


「普通だな。ま、いっか」


 その男の子は明るい声で了承してくれた。


 これが、彼との初めての出会い。

 私が家族以外の人で、初めて心を許せるようになる人に出会えた瞬間だった。




☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




「やりぃ、また俺の勝ち」


「うーん、りょうた君強いよー」


 それからというもの、お姉ちゃんがりょうた君を何かと理由をつけては家に連れてきてくれるようになった。

 りょうた君は、家の中でも楽しめるよう、携帯型ゲームの遊び方を教えてくれた。

 それから、トランプなどのカードゲームなんかも私に教えてくれた。

 今やっていたのはダウトというもので、簡単に言うと、相手が嘘をついているかどうかを見破るゲームだ。

 でも、私はその勝負で一度もりょうた君に勝てたことがない。今回も私が負けてしまった。


「ねー、なんでそんなに強いのか教えてよ」


 私はりょうた君の必勝法を知りたくて聞いてみた。


「あんまり教えたくないんだけど、あっちーって嘘つくとき鼻を掻く癖があるんだよな。だから嘘ついてるかどうかバレバレなんだよ」


「えっ!?」


 そんな癖があるなんて自分でも気づいていなかった。

 でも、それを聞いて悔しいという気持ちよりも、むしろ嬉しいという気持ちの方が胸の奥辺りから湧き上がってきた。

 私のことを知ってくれている。その事実を実感させられたから。

 急に恥ずかしくなって、頬っぺたが熱くなる。

 私はそれをごまかす様にプクッと頬を膨らませてみせた。

 怒ってないけど、怒ってますよアピールだ。完全な照れ隠しなんだけど。


「そんなのズルい」


「えー、作戦の一種だろ。でも教えちゃったから次は使えないからいいだろ」


 確かに教えてもらったら私が気を付ければ勝機はある。


「むぅ、もう一回勝負」


 だとすれば、今度こそ勝てるはずと思い、再戦を申し込んだ。


 負けた。


「実はもう一個嘘をつくときの癖があるんだけど、これは内緒で」


 りょうた君ははにかみながらそう言った。

 もう二度とダウトしない。私は心にそう誓った。




☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




「お邪魔しまーす」


「いらっしゃーい。碧依、涼太君来たわよ!」


「はーい」


 私は尋ねてきてくれたりょうた君を出迎えるべく、足早に玄関へ向かった。 

 最近りょうた君は、お姉ちゃんがではなく、自分から遊びに来てくれるようにまでなった。

 それが嬉しくて、私はりょうた君が来てくれた時は必ず玄関に出迎えるようにしている。


「おっす、あっちー。今日はこれ持ってきたぜー」


 そう言って、りょうた君は一つのゲームソフトを私に手渡してきた。

 それは最近発売された、可愛いキャラクターが色んなステージを走るレーシングゲームだった。

 途中に落ちているアイテムをどのタイミングで使うかというのが勝負の分かれ目になるというものだった気がする。テレビのコマーシャルでも大々的に宣伝していたので私もそれは知っていた。


「これ、ケーブルでつなぐとソフト一本で遊べるんだぜ。すげーだろ」


「うん、すごい!」


 私は早くやりたいという眼差しをりょうた君へ向ける。

 りょうた君もそれが分かっているのか、手早く靴を脱いで、私の手をとった。


「あっ」


 触れ合う手と手。伝わる感触、温もり。

 トクンと胸が一つ高鳴る。

 家族となら何度もあるけど、男の子と手をつなぐのは初めてのことで、思わず私は赤面してしまう。

 多分私をリビングへ連れて行ってくれようとしたのだろう。けど、それはダメ……だよ。


「あっちー?」


 りょうた君はあまり気にしていない様子だ。


 ムカッ。


 何よ、私だって女の子なんだからちょっとぐらい気にしてくれてもいいじゃない!


「なんでもないよっ!」


 私は苛立ちに任せてりょうた君の手を引いた。


「ちょっ、あっちー」


 思い切りぐいと引かれたからか、りょうた君はびっくりした声をあげる。


「痛い、痛いって、あっちー」


 知らないっ! りょうた君が悪いんだから!

 私はその言葉を無視したまま彼の手を引き、リビングへ向かったのだった。



 ちなみにその時の私の顔、後からお母さんが教えてくれた。


 すごくニヤけてたよって。

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