ⅠーⅦ 気になる人 ①


 俺が総務部に異動となってからかれこれ1か月と数週間が経とうとしていた。

 この期間は、本当に地獄だった。


「佐和、領収書を早く処理しておいて」


「佐和く~ん。営業部の部屋のコピー機が壊れちゃったみたいで~」


「大変ですっ涼太君! チラシの部数が間違ってたみたいですー!」


「佐和君。この間頼んでおいた書類の整理は済んだかな」


『リョータ、ルリチャンカラシステムエラーガデテル。タイショモトム』



「涼太君」「佐和」『リョータ』「佐和く~ん」「佐和君」



「だー! 俺の体は一個しかないんじゃー!」



 といった感じで、全員の雑用担当とはきついものだと改めて実感させられたのだった。


「ん? どないしたんやりょーちん」


 時刻は昼時。俺が食堂でうなだれていると、同期の灰本和人

はいもとかずと

が声をかけてきた。

 こいつは俺の同期で一番仲がいい。何がって訳じゃないけれど、何かウマが合う感じのやつだ。

 髪型はいわゆるソフトモヒカンで、本人曰くこれが最近のトレンドらしい。

 体つきはがっしりしていて、ザ・スポーツマンという言葉がピッタリと合う。確か高校時代は野球をやっていて甲子園に出場したとかしていないとか。

 顔はそこそこイケメンだ。ムカつく。

 最近の悩みは、ビールの飲み過ぎで下腹が軽くヤバいことと言っていた。やーい、もっと太れ太れ。


「なんだ灰本か」


「なんだとは冷たいやっちゃなー。俺で良かったら話ぐらいは聞いたるで」


 灰本は明るく笑うと、俺の目の前に座り、昼ご飯と思われる天ぷらうどんをどんとテーブルに置いた。


「ま、あらかた想像はついとるけどなー」


 カカカと笑いながら灰本はうまそうにうどんをすする。


「いや、総務部って噂に違わずマジでしんどい部署なんだなと思ってさ」


「せやなぁ。俺もりょーちんが総務部へ異動するっちゅう話聞いたときはご愁傷さまやと思ったで。でも営業部のエースであるりょーちんやったらなんも心配いらんとも思ったけどな」


「そりゃ過大な評価をどーも」


 俺はため息をついて机に突っ伏す。


「なんや、ホンマに疲れとるんやなって、ん?」


 急に灰本の言葉が止まる。

 不審に思って、俺が顔を上げ、後ろを振り返るとそこには柊木さんが立っていた。


「佐和じゃない。あんたお昼は食堂でとってたのね」


「まぁ一応。柊木さんも?」


「まーね。普段はお弁当なんだけど、たまには食堂もいいかと思って」


「へー、料理とかするんだ」


「その意外って顔がムカつく。あんたも料理くらいしたら? モテないわよ」


 怒ってたかと思いきやニヤニヤしながら柊木さんはそう告げる。

 こいつ本当に人をけなすとき嬉しそうだよね。


「っと、こんなことしてたら貴重なお昼休みが終わっちゃうわ。じゃーね佐和。あっ、戻ったら経費の集計よろしく」


 語尾にハートをつけながら柊木さんは去っていった。

 さりげなく仕事投げられたな、憂鬱。

 ため息をつきながら目の前を見ると、なぜか灰本が宙を見たまま固まっていた。


「どったの?」


 俺が質問を投げかけると、灰本ははっとした表情を解く。

 そして物凄い勢いで俺の両肩を掴んだ。


「りょーちん!」


「は、はいぃぃっ!」


 灰本があまりに凄んだ表情でこちらに迫りくるものだから思わず返事をしてしまった。

 なんなんだこいつ、一体どうした。


「あ、あの子は一体誰や!?」


「あの子?」


 あの子あの子あの子、あぁ、柊木さんかな。


「柊木さんのこと?」


「そうそう、その柊木さんや。お前何時の間にあんな可愛い子とお近づきになったんや!?」


「お近づきって――。同じ部署のただの同僚だよ。ってかお前さ」


 俺はジト目で灰本を見つめる。


「ああいうのが好きなの?」


「っ――!?」


 灰本は顔を赤くし、おもむろに両手で隠した。

 女子かてめぇは。


「いや、こう言っちゃ悪いけどさ。見た目小学生だぞ、あれ」


 俺は思わず本音をこぼしてしまう。これ柊木さんに聞かれたら間違いなく殴られるやつだな。


「何言うてんの? どこが小学生やねん」


「は?」


 俺は急に真顔になって語る灰本に思わず聞き返してしまう。

 え、いやいやあれを見てそう思わないって、灰本は別次元の柊木さんを見ているのか?


「あの子は童顔いうだけで、立ち居振る舞いは立派な大人の女性やで。失礼な奴やな、りょーちんは」


「う……」


 確かに俺は見てくれだけで柊木さんを判断してしまっていたのかもしれない。

 そのせいで彼女をそうだと値踏みしてしまい、それ以外に目を向けていなかったと言われれば耳が痛い話。

 反省すべきことだけれど、俺の方が柊木さんと関わっている時間が長い分、灰本に指摘されたのが若干悔しかった。


「確かに。お前の言う通りかも――」


「ただまぁ、俺がロ〇コンっちゅうのは否定せーへんけどな」


 俺と灰本をしばしの静寂が包み込む。

 うん、これはもう、あれだな。


「――おまわりさん、こいつです」


「ええやないか、別に! 向こうも成人しとるんやったら犯罪とちゃうやろ? 合法や! 合法ロリや!」


 ダメだこいつ、早く何とかしないと。

 俺は灰本の肩に両手を置き、なるべく優しく語りかける。


「灰本、確かに柊木さんはギリギリセーフだ。だがな、本物には絶対に手を出すんじゃないぞ」


「なんでそない優しい顔して言うねん! 俺だってそんぐらい分かっとるわ!」


 ぎゃあぎゃあと灰本が反論をしてくる。

 まったくこいつは。同期が逮捕される姿を見たくないという俺の想いが分からないのかね。


「なんか色々話がこじれてしもうたけど、俺はりょーちんに一つ頼みたいんや」


 灰本はひとまずの落ち着きを見せ、水を一口含むと真面目な声色でそう告げた。


「断る」


「なんでやねん! まだ何も言うてないやろ!」


 再びぎゃあぎゃあと灰本が捲くし立ててくる。

 意外……でもないけど、結構うざいな。


「いや、なんとなく分かるし。仲を取り持てとか言うんだろ」


「お、さすがりょーちん。話がはや――」


「やだ」


「なんでやっ!」


「面倒くさい」


「おまっ、親友と呼べるほどの同期にそれはあんまりやで」


 今度は涙目になって訴えてきた。

 こいつ本当に感情豊かな奴だな。


「ったく、わーったよ」


 このままでは泣き出しそうだな勢いだったため、ため息一つ灰本の申し出を承諾する。

 すると、雲が切れて太陽が顔を覗かせたかのように、灰本の顔がパーっと晴れていった。


「ただし! お前のことをちょっと話すとか、好きな人がいるかとか聞くぐらいだぞ。連絡先とかは自分で何とかしろよ。というか俺も知らんし」


「りょーちん! 恩に着る!」


 ガシッと灰本が俺の両手を握ってくる。

 男同士で手を握り合うとかきもいっちゅーねん。あ、口調がうつっちまった。


「ほな、俺はさっさと食うて仕事に戻ることにするわ。りょーちんもそろそろ昼休み終わりやろ?」


「ん? あぁ、そうだな」


 俺は食堂の時計を見る。

 時刻は12時55分を過ぎたところだった。


「じゃまぁ適当にやってみる。期待はすんなよ」


 そう言うと、俺は腰をゆっくり持ち上げる。


「頼んだで。うまくいったらなんでもゴチするからな」


 その言葉に俺はへいへいと返しながら、食堂を後にした。

 さて、柊木さんに殴られず、キモがられず話をするにはどうしたものか。

 俺は仕事じゃないのに、頭を回転させながら総務部の部屋に戻っていくのだった。


 ホント、上手くいったら高級寿司でも奢ってもらわんと割に合わんぞ、この事案。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る