Ⅰ-Ⅵ サーバールームブラック ①


「あれーおかしいなー」


 時刻は午前10時半。

 遅刻が関係あるのかないのか大量の仕事が与えられた俺は、とりあえず目の前の仕事からとパソコンを立ち上げる。

 すると画面上に、アクセスエラーという文字とともに起動ができなかった。

 単なる不具合かなと思い、再起動してみたりしたけれど結局アクセスエラーという文字は出続けた。


「どうしたの涼太君?」


 俺が困り果てていると隣の碧依がこちらのパソコンを覗き込んでくる。


「いや、アクセスエラーとかでパソコンが起ち上がらないんだよ。分かるか碧依?」


「んーとね……」


 パソコンの画面を見ながらうんうんと碧依は唸る。

 この子俺より機械系弱いと思ってたけど、実はそうでもないのか?

 会えなかった月日が碧依を強くしたんだね。

 俺は成長した碧依に思わず目頭が熱くなる。


「分かんないや」


「いや、俺の涙返せよ」


 てへっと舌を出す碧依に思わず突っ込む俺。

 そんな顔したってダメだ――「ごめんね、涼太君」いいよー、可愛いから許すよー。


「あの子に聞いてみれば?」


 すると、反対に座っている柊木さんが、テンキーで伝票の数字を打ちながら俺にアドバイスをくれる。


「あの子とは?」


「黒川だな」


 その答えを部長が引き継いで答えてくれる。

 黒川、黒川……。あぁ、思い出した。


「幻のシステム管理担当の方ですね」


「幻と思っているのは君だけだろうがね。餅は餅屋というように彼女に聞くのが一番いいのではないかな。今でもサーバールームに籠っているだろうからね」


 サーバールームか。同じ階だしちょっと行って聞いてこようかな。挨拶もしておきたいし。


「分かりました。少し席を立ちます」


 そう言って俺は小走りで総務部の部屋を後にした。




☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




「ここがサーバールームだよな」


 俺は総務部の隣の部屋のドアの前に立っていた。

 というのも中に人が居ないのか電気が付いていない。それがドアのガラス越しに分かった。


「入ってみれば分かるか」


 とりあえず居なかったら居なかったでその時考えようと俺はサーバールームのドアを開けた。


「寒ぅ」


 ここ何度設定にしてあるんだよ、こんなとこ居たら風邪ひくだろ。


「だれ?」


 ふと、奥の方から声が聞こえた。

 気付けば暗闇の奥からわずかに光が見える。

 その光を頼りに進んでいくと、1台の大きなパソコンの前に一人の少女が居た。

 なぜか炬燵に入っているが。


「あなたは、だれ?」


 そう問いかける女性は、闇に溶けるような漆黒の髪をゆらゆらとゆらめかせながら立ち上がる。

 背丈は柊木さんよりちょっと大きいくらいだった。

 彼女が小学生サイズならば、差し詰めこの人は中学生サイズといったところか。

 いずれにしたところで幼く見えることには違いないが、恐らくこの人も俺と同い年くらいなんだろうな。


「ねぇ、きいてる?」


 返事をせずに色々と観察をしてしまっていた俺は、その問いかけではっと我に返る。


「すいません、昨日付で総務部に異動になりました佐和涼太です。まずはご挨拶に……と」


「あー、ぶちょーが言ってた人」


 なるほどと言った表情でうんうんと頷くと、その女性は炬燵に戻っていった。


「話はこっちで聞く。とりあえず寒いだろうからあなたも入ったら?」


「どうも」


 炬燵へのご招待を受けたので、一礼して彼女の反対側から失礼した。

 炬燵のポカポカとした温かみが冷えた体に熱が戻る感覚が少し心地よい。

 でも、今って6月ですよね。


「知ってるかもだけど、私は黒川奏くろかわかなで。システム管理担当なの」


「改めて佐和です。一応庶務担当っていうことで、みんなの雑用係みたいなことをするらしいです。よろしくです」


 座ったままであるけれど、ペコリとお辞儀をする。


「よろしくねリョータ」


 黒川さんは超真顔でそう返してくれた。

 ……、とりあえずクールなのかな。

 まぁ、兎にも角にも用事を済ませてさっさと仕事に戻ろう。


「コホン。それで、ここに来させてもらったのはですね」


「分かってる。サクラちゃんのことだよね」


「は?」


 思わず素の声が出てしまった。


「ん? サクラちゃんのことじゃないの?」


「いや、誰ですかそれ」


「サクラちゃんはサクラちゃんだよ?」


 何この人コワい。


「俺は、そのサクラという人物に心当たりが全くないんですが」


「何言ってるの。サクラちゃんは人じゃないよ」


 よし、帰るか。


「あー、何かあった気がしましたけど気のせいでした。では俺はこれで」


 そそくさと俺は立ち上がった。

 これ以上ここにいると異次元に吸い込まれそうだ。


「パソコンの件だと思ったんだけど」


 出口に向かって歩こうとする俺に対してその言葉が投げかけられる。

 俺は即座に炬燵に入りなおして黒川さんの顔を凝視した。

 黒川さんは頭に?マークを浮かべている。


「分かってるなら茶化さないでくださいよ」


 表情からは読み取れないが意外とお茶目な人なのかもしれない。

 あるいは俺と打ち解けるためのジョークとか。

 頭のおかしい人かと思ったけど俺の早とちりだったようだ。


「別に茶化してないよ。やっぱりサクラちゃんのことだったんじゃない」


 はぁ、と黒川さんはため息をついた。


 うん? どういうこと?

 あとなんで俺ため息つかれたの?


「さっきサクラちゃんから、「入れないよー」ってお母さん宛に連絡が入ったからもしかしたらって思ってたの」


 え? え?

 この方は一体何をおっしゃってるの?


「でもこれは私のミス。サクラちゃんのアクセス権限、付与するのを失念してた」


 ……。

 あー、はい。

 何となく話が分かってきた。


「失礼ですが、サクラちゃんとはアクセスエラーになったパソコンのことを言ってます?」


「? それ以外何があるの? リョータは変な人?」


 何とか突っ込みたくなる衝動を俺は抑え込んだ。

 そして、自分の先ほどの認識を改めることにする。

 やっぱり、この人ヤバい人かもしれない、と。

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