Ⅰ-Ⅰ ようこそ総務部へ ①


 出社したらすぐ部長に呼び出されたわけはこれか。

 俺は、ため息をつきながら営業部の部屋を後にし、エレベーターへ向かった。

 総務部があるのは社屋の8階で、俺の古巣の営業部は2階。

 階段で上がるにはちょっとばかりしんどい。


 チンという軽快な音とともにエレベーターが到着する。

 俺は『8』のボタンを押し、次いで「閉」ボタンを押した。


「あ、待ってくださーい」


 不意に扉の向こう側からそんな声が聞こえてきたので俺は慌てて「開」ボタンを押す。

 すると、大きな段ボールを2箱抱えた一人の女の子がえっちらおっちらとエレベーターに乗ってきた。


「すみません。大変申し訳ないんですが8階をお願いしてもよろしいですか」


 段ボールを持っているため顔はよく見えないが、かわいらしい声をしていた。

 もしかしたら俺(22)よりも年下なのかもしれない。


「あ、ちょうど俺も8階なんで」


 それだけ告げると俺は「閉」ボタンを押した。


「8階に御用ですか? 珍しいですね。」


「いや、御用というかなんというか」


 総務部に異動になったと知られればこの人からもかわいそうな目で見られることは必至だ。

 しかし誤魔化しの言葉を考えるもうまく思いつかない。

 だが幸いなことにそれを考えているうちにピンポーンという軽快な音ともに、エレベータが8階へ到着した。


「エレベーター開けとくので先に降りてください」


「あ、すみません」


 彼女はまたえっちらおっちらとエレベーターを降りて行った。

 それに追随する形で俺も降りる。

 しかし、この荷物大変そうだな。

 そう思った俺は、2箱のうち、上に積まれているほうをひょいと抱えた。


「えっ!?」


「半分持ちますよっ!? って、重っ! こんなの持ってたんですか?」


 そう言いながら露になった彼女の顔を見た。

 瞬間息が詰まる感覚を覚える。

 パチクリとした目元に、すっと通った鼻筋。

 それは決して綺麗系という訳ではなく、どちらかというと可愛い系。

 肩まで伸ばしたセミロングの黒髪も、丁寧に手入れをされているのか美しく輝いている。

 エレベーターに乗った時から鼻孔をくすぐる桃のような香りも、俺の好みにストライク。

 驚いた表情を浮かべる彼女はまさに俺のタイプそのものだった。


「ひゃ、ひゃいっ! あっ、違うっ! 迷惑じゃないですかっ!?」


 急に顔を赤らめて慌てた彼女は俺にそう投げかけた。


「えっと、まぁ重いけど持てなくはないですし。だいじょぶだいじょぶ」


 俺も男だ。

 まだまだかわいい女の子の前ではカッコつけたいお年頃なのだ。

 正直手はプルプルしてきているが。


「で、どこまで運んだらいいんですか?」


 早くこいつを下ろしたい一心でとりあえず彼女にそう尋ねる。


「すみません。までお願いしていいですか?」


「へっ?」


 俺は思わず自分の耳を疑った。

 今この子総務部って言った?


「あ、ごめんなさい聞こえなかったですか。すみません私声小さくて」


「いや、聞こえてはいたんですけど。総務部ですか?」


「はい、それ今日使う予定の広報資料なんです」


 彼女はにっこりと笑ってそう答えた。


 この子今度から同じ部で働くのか。

 同じ課とかだったらいいなーと思いながら俺は段ボールを抱えなおし、歩を進めた。



「ここが総務部ですっ!」


 彼女は、はつらつとした声でそう告げた。


 エレベーターから歩くこと10mほどではあったが、ドアに総務部と書かれた部屋の前に到着した。

 ちなみにこの8階には総務部の部屋の他にサーバールームと会議室Hがある。

 最初はこの荷物を会議室に運び入れるのかと思っていたのだ。


 彼女はそのまま荷物を床に降ろすと、総務部のドアを開けた。


「部長、帰りました」


「おぉご苦労さん。おや? 見慣れない顔だねぇ」


 部長と呼ばれた女性が目を細めてこちらを見る。


「この方は荷物をここまで運ぶのを手伝ってくれたんです」


 彼女は床に置いた荷物を持ち上げ、近くの机に置いた。


「そうかいそうかい、それは失礼したな。私は総務部長の日向ひゅうがだ。うちの五葉いつつばが世話になったみたいで礼を言うよ」


 この子五葉さんっていうのか、珍しい名字だな。

 そう思い彼女に顔を向けると少し顔を赤らめてニコリと笑った。かわいい。


「ところで……君は?」


「あ、そうだ。今日付でこちらに異動となりました佐和涼太さわりょうたと言います。よろしくお願いします」


 俺はそう告げると会釈をした。


「えっ!?」


 すると五葉さんが驚いた表情でこちらを見る。

 が、すぐに「何でもないです」と顔を真っ赤にしてうつむいた。かわいい。


「コホン。君が佐和君なんだね。待っていたよ。君の席はここだ」


 部長はそう言いながら1つの机の指さした。

 そこは3つの机が2列に並んでいるもののうち、部長から見て右側の真ん中だった。

 俺は何も言わずにその席に自分の鞄を置いた。


「り、涼太君っ!」


 すると俺の右横から五葉さんが大きな声でこちらを呼んだ。

 なして名前呼びと思ったが、訂正して名字呼びになるのも寂しいのでとりあえずスルーする。


「私、五葉碧依いつつばあおいって言うの。王に白い石で碧ににんべんに衣で碧依。この総務部では広報担当なんだー」


 なしてため口と思ったが、そちらの方が距離が近くなったようで嬉しいし、訂正して……(略)とりあえずスルーする。

 というか広報担当なのか。俺も同じ担当だったらいいなー。 


「碧依って珍しい名前だよね。涼太君の周りにもそんな名前の子今までいなかったでしょ?」


 五葉さんはなぜかぐいぐいとこちらに迫ってくる。

 あ、良い匂いが。


「珍しい名前ですね……。確かに居なかったかなー」


 タジタジになりながらなんとか答える俺。

 もうちょっと気の利いたことは言えんのか俺よ。

 というか「あおい」ってそんな言うほど珍しくないと思う。


「むー。ふんっ!」


 すると五葉さんはプクッと顔を膨らませてそっぽを向いてしまった。

 あれ? 俺なんか地雷踏んだ?

 というか怒った顔もかわいい。


「君と五葉は同い年なんだ。無駄な敬語はいらんと思うぞ」


 部長はハハハと笑う。

 そうか五葉さん同い年なんだ。

 敬語なのがマズかったかな。

 いやいや、だって普通初対面の人に対してため口はきかんだろ。

 とは言えこのまま怒らせたままというのも気まずい。

 理由は分からないが、こういった場合はとりあえず謝っておくに限る。


「ごめんね五葉さん。同い年って知らなくって。これからよろしく頼むね」


 どうだこの爽やかスマイル。

 すると五葉さんはこちらをジト目で睨み不意にため息をついた。


「まぁ、とりあえずそれでいいよ」


 許してくれたもののまだ不機嫌そうだ。

 俺の爽やかスマイルはキモかったのか。今後自重します、ハイ。


「ねぇ、となりでイチャつかれるのいい加減鬱陶しいんだけど」


「イチャついてないですよ!」


 慌てて訂正すべく振り返るとそこには金髪ツインテールの美少女が座っていた。


「あれ? なんでここに小学生が?」


 ピキッ。

 形容するならばそんな音だった。

 となりの美少女は青筋を立て自分の前に握りこぶしを作る。


「あんた、いい度胸ね。喧嘩売ってるつもりなら買うわよ」


「へ?」


 なんかめっちゃ怒ってないこのJS。

 俺殴られそうな勢いなんですけど。


柊木ひいらぎ。社内で暴力は見過ごせないな。佐和君、彼女は柊木……」


「部長ストップ、ストーップ!」


 部長が彼女の名前を告げようとした瞬間、慌てて柊木さんは部長の口を両手でふさぎにかかった。


「もご、もごごご」


「部長。自己紹介ぐらい自分でしますから」


 そう言うと柊木さんは部長の口を開放し、コホンと咳払いをした。


「私の名前は柊木よ。ここでは経理担当をしているわ。一応言っておくけど私もあんたとタメだし、そこのと違ってアンタとは同期でもあるわよ」


「マジすか部長」


「マジだよマジ。彼女も君と同じで高卒からの入社組だ。新人社員研修で一緒だったろ?」


 新人社員研修……。


「あー、思い出した! 俺てっきり誰かが妹連れてきてるもんだと思ってた!」


「あんた本当にぶっ飛ばすわよ!!」


「ちょ、待って。痛い痛い痛い」


 ポカポカとゲンコツを頭に受ける。

 正直力はそれ相応にあるのか、結構痛かった。


「涼太君。ちなみに私は大学を出て入社したからまだ1年目なんだ」


 背後から五葉さんにそう言われるが、それよりも五葉さんこの人止めて。

 部長もハッハッハと笑ってないでこの人止めて。

 そんな心の声も空しく、俺は柊木さんの体力が切れるまで殴られ続けるのであった。

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