第10話

リナは話を途中で終わらせるとジャンを背に背負い用意されていた部屋へと向かって歩いて行った。

まさか街でそんなことが起きていたなんて。

だからリナは説明する前にあんなことを言っていたのだろう。

あの優しかった街のみんなが豹変しそんなことをリナ達へ言っていたのだとしたら相当こたえてしまうだろう。

その場では泣かなかったにしろ、やっぱり耐えられないものがあった。

だから僕の肩に頭を乗せ泣いていたのだ。

だけど街のみんなの気持ちもわかる。

みんな僕のことを匿っていたせいでそんな目に遭ってしまっている。

もし僕が逆の立場だとしたら…きっと街のみんなと同じ気持ちになっているかもしれない。

僕はリナのように強い心を持っていない。

他人を蹴落としてでも生きていようとする。

僕は彼女とは違い弱い人間だ。

そのせいで街のみんなのことを巻き込んでしまい今回のようなことを起こしてしまった。

全ての元凶は僕なんだ。

きっとここにいたら彼女達にも迷惑をかけてしまう。

それならば僕一人で何処かへ消えてしまったほうがいいのかもしれない。

これ以上彼女達へ迷惑をかけてしまう前に。

「それは…間違ったお考えですよ。」

突然、後ろから声をかけられる。

後ろには彼女が立っていた。

「貴方がここを出て行ったとしてもここが見つかれば彼らは攻めてきます。そしてリナやユージン達を殺すでしょう。それにもう貴方は私達へ迷惑をかけていることにはかわりはありません。今更、貴方がここを出て行ったとしてももう始まってしまったことなのです。彼等が貴方よりも優れた人物を見つけるまでは諦めてくれませんよ。」

「諦めるまでって…それっていつなんだ。そんないつなのかもわからない時を待つよりも僕がここを出て行った方がみんなを守ることができる…そうだろ?」

「違います。それはただ貴方だけ逃げようとしているだけです。残された皆は変わらず彼等に狙われ続けます。貴方だけ出て行ったとしても状況は変わることはありません。」

「だったら…僕はどうすればいいんだっ!!!」

僕は行き場のない怒りを彼女へとぶつけてしまった。

自分のしでかしたことに気づくと僕は彼女の方を見つめる。

だが彼女は冷静な表情で顎の下に手を当てながら何かを考えていた。

「そう…ですね。それならば皆で遠くへと逃げましょう。アノーレスや戦争のない世界へ。」

彼女はそう言うと自分勝手な僕へ手を指し伸ばしてくれる。

こんな情けなくバカな僕を彼女は見捨てる気など無いようだ。

何故だか分からないが目頭が少し熱くなる。

「どうしてそこまで僕のことを?」

「それは…秘密です。ですがいつかカーラがお話してくれると思います。」

彼女はいつものように優しく微笑む。

「カーラは君だろ?」

「ふふふっ、そうでしたね。それよりも貴方はアストラという大陸に聞き覚えは?」

そのような名前の大陸は聞いたことがなかった。

「いや…知らない…な。」

そもそも僕にはあまり地理感がない。

だからいつも地図を肌身離さず持っているわけだが。

「それは残念です。アストラと言う大陸はここよりも遥か遠く、最果ての地にある大陸です。そこは人もいなければ争いもない、自然が広がる未開の地。朝には太陽が大陸にある草や木などを照らし、夜には星の海が広がる大陸。私や……はそこへ訪れ、暮らすのが夢なのです。」

彼女は無邪気な子供のように語っていた。

話を聞いていると僕の中の辛気臭い感情は消え始め彼女の言っていたアストラの地に興味が湧きだした。

そんな素晴らしい大陸があるのなら是非とも訪れてみたい。

「アストラの大陸か。カーラの話を聞いていると僕も興味が湧いてきたよ。他にも何かその大陸について知ってることはないかい?」

僕の反応を見て彼女はさらに目を輝かせていた。

そして棚にある本を取り出し、僕の隣へ座り、本を開く。

「これはその大陸のことが書かれているエドと言われる人の冒険日誌です。ここには彼がこれまでに訪れた大陸や出会った生物のことが書かれているのですが、その中にアストラと言われる大陸が出てくるんです。」

本の中には確かに彼女の言う通りのことが書かれていた。

他にも理想郷、楽園などエドと言う人はアストラ大陸のことをそう呼んでいた。

彼の冒険日誌には他にも興味深いことが書かれている。

進歩した医療について、未確認の生物や植物。

もしかすると少しは話を大袈裟に書いているだけかもしれないがそれでも読んでいれば彼の世界に引き込まれて行く。

僕も彼みたいに自由に旅が出来たらどんなに良いものなのだろうか。

「…ル。ジル…聞いておりますか?」

彼女の言葉が聞こえ、僕は現実へ引き戻された。

今はそれよりもどうやってあの老人や若い男から逃れなければ行けないかを考えないと行けない。

「えっと…なんだっけ?」

「これからのことについてです。彼等がここを見つけるのは時間の問題かもしれません。それならばここを出てアストラの大陸を目指しながら旅をしませんか…?もちろんリナやユージンも一緒にです。」

「もちろん、それには大賛成だけど問題はどうやってこの国から逃げ出すか…だよ。彼等は他の国へ続く道に関所を設けて、あろうことか国境には壁を作っている。まだ完成はしてないにせよ、それをどうやって回避するか…。」

アノーレスの先代の王は他国へ民が流れるのを拒み国境に壁を作っていた。

だが今は隣の国のマアトルと戦争を始め、壁は途中までしか作られてはいない。

だからといってそう簡単に他国へ逃亡することは至難の技だ。

聞いた噂では国の兵士の誰かが他国へ亡命をしようと壁に向かったところ壁の周りには大勢の兵士が待ち構えており、兵士はすぐに捕まり無残な死を遂げたとの噂だ。

そんな壁を超えてアストラへ向かうことなど出来るのだろうか。

「……そうですね。まずは実際に見てみないと何も手の打ちようがありませんものね。地図は?」

僕は鞄の中から地図を取り出し、床へ広げる。

「私達がいるのはこの印の書かれている場所。そしてアストラは……この辺りでしょうか?」

彼女が指を指している先は海しか書かれておらず、大陸のようなものは何も書かれてはいなかった。

「どうしてここだと?」

「乙女の勘です。」

そう言うと彼女は可愛らしく片目を閉じる。

多分、彼女には根拠となるものがあるのだろう。

「…仮に君の言う通り、ここにアストラがあるとしてここは海のど真ん中だ。船で行かなきゃ辿りはつかないだろうね。」

「そうですね…。船は現地へ行ってみないと何ともいえませんね。その為にもまずはこの国の国境を越える方法ですが…関所の位置はお分かりになりますか?」

僕は地図に印をつける。

「僕が知ってるのはこの道とあとはマアトルとアノーレスを挟んだここだね。だけどここはきっと相当な兵士がいるはずだ。この場所の近くに兵士達の拠点があるはずだから。」

「それならばここはやめといたほうが良いですね。もう一つの道は…ゴルド方面ですか。」

マアトルとは反対の場所にある関所はゴルドと言われる国への道だ。

ゴルドは女性だけの国と噂されていた。

「ああ、マアトル方面に比べるとアストラに行くには遠回りになってしまうけどこっちの方がきっと兵士は少ないと思う。だから通るならこっちの方がいいかも。」

「ええ、それならこっちの方を調べてみましょうか。それで行動するのなら早い方がいいと思うので明日にでも偵察へ行きたいのですが?」

「まさか君一人でここへ向かうつもりかい?今度は僕もついて行くよ。もし君が反対してもついて行くから。」

もうじっと隠れているだけなのが嫌だった僕は彼女へついて行くと意思を伝える。

すると彼女は僕の目を見つめ、頷いた。

「分かっています。それに今回ばかりはリナでは危険ですので…だからといってジルでも少し不安なところがありますが…。」

「足手まといにはならないように気をつけるよ。」

「ふふふっ…頼りにしています。それでは明日、ゴルドへの関所へ向かうとします。貴方がリナへ説明するときっと反対するでしょうから私から説明しておきます。ジルは明日に備えて体をお安めになって下さい。」

僕が頷いたのを確認すると彼女は僕へ微笑み、リナの部屋へと歩いて行った。

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