第2話

185年。

世界は人間同士の戦争が行われていた。

領地を奪い、資源を手に入れるために人々は殺し合っている。

僕の住んでいた街でも戦争のために20歳を超えた男や女がアノーレスと言う名の大きな国へ連れて行かれて行った。

そのせいでこの街は戦争が始まる前に比べ、人口が年々減っていっている。

今では年寄りや若い子供達しかこの街にはいなかった。

戦争の影響はそれだけには及ばず、僕たちの食糧や薬なども奪われていく。

そしてそんな未来のないこの街のただ一人の医者が僕だった。

まぁ医者といってもまだ勉強中の身なのだが、それでもこの辺りに住んでいる人達は助かっているとのことだ。

なんでも今はみんなで僕のことを連れて行こうとする兵士達から匿ってくれているとの噂だ。

そのおかげでこうしてまだ僕はこの街へ残っていることができるらしい。

「入ってもいいかな、ジル。」

ノックもせずに勝手に部屋へ上がってきているのは髪を真ん中で分け、白い歯をチラッと見せる目鼻の整った男のユージンだった。

彼はこの小さな街の数少ない友達だ。

だが彼は20歳を超えているにもかかわらず、こうしてこの国へ残っている。

何でも戦場へ行ったとしても役に立つことができないお荷物だと言われて連れて行かれなかったらしい。

「もう勝手に入っているじゃないか?それで今日は何の用?薬ならないよ。」

「そうか、そりゃ残念だ。こっちの足が痛むから診て欲しかったんだけど。」

ユージンはベッドへ腰をかけると椅子に義足を乗せる。

この義足がこの国へ残っている理由だった。

彼は小さい時に右足を不慮の事故で切断したらしい。

その時のことを彼は話してはくれないがこうして僕が義足を彼のために作ってあげたら、少しづつだが心を開いてきている。

まぁ義足と言っても木材を少し加工しただけだけど。

「義足の具合が悪くなったのかい?」

「まぁね、何だか少しいつも以上に歩きにくくてさ。少し見て欲しいんだよ。」

「分かったよ。」

僕は返事を返すと彼の義足の前に移動する。

義足は前に見た時よりも先が丸くなり短くなってきている。

「これは…だいぶすり減ってきてるね。また今度、新しいのを用意しとくからさ。今はまだそれで我慢してくれよ。」

「出来れば早くお願いするよ。これじゃ女の子とダンスも踊れそうに無いしね。」

彼はそう言うと見えない女の子とダンスを踊り始めていた。

女の子ってここら辺にいるのは年寄りの婆さんと小さな女の子ぐらいだけど。

「はいはい、出来る限り早く作っておくよ。」

彼は僕の適当な返事を聞くとベッドから立ち上がり、部屋の中を見渡すと僕の机の上に広げてある本を勝手に読み始めていた。

「吸血鬼…。ジル…君はこんなおとぎ話を信じているのかい?」

あれは僕が昨日、彼女と出会ったことをきっかけに読んでいたものだった。

「ユージンっ、勝手に部屋をうろつかないでくれっ!!!」

なんだかとても恥ずかしくなり思わず大声をだして叫んでしまった。

「わっ悪い…。別に怒らせるつもりはなかったんだ。」

僕の声を聞いたユージンは肩をビクッとさせ、手に持っていた本を床へ落とす。

「いきなり、大声を出してごめん。だけど今日のところは帰ってくれないか…。義足なら次に君が来る時までには用意しとくから。」

彼が返事を返す前に僕は無理矢理、ユージンを外へと追い出した。

時々、彼はすぐにああして部屋の中をいじくりまわす癖がある。

正直、彼のあの癖には困っている。

でも少し言い過ぎてしまったかもしれない。

仕方がないので次に来た時は少しだけ相手をすることに決めた。

ユージンが床へ落とした本を手に取ると、僕は椅子に座り、本を開く。

「おとぎ話…か…。」

吸血鬼はこの辺りではユージンの言う通り、おとぎ話として語り継がれていた。

だけど、今の僕にはそうは思えない。

今でも彼女に触れた時の感触が手に残っている。

彼女の手は氷のように冷たく、そして胸からは心臓の鼓動が聞こえない。

何かの病気かと思い、家にある医学の本を手に取り片っ端に読んだがそんな病気は見当たらなかった。

それに心臓が動いていないのはどう説明をすればいいのだろう。

人間は心臓を命の源とし生きている。

その源が彼女には無いのだ。

彼女の体はまるで…死体のようだった。

顔色が優れておらず青白い、顔は笑ってはいたが目は笑っていないなど本に書かれていることにもいくつかは心当たりがある。

やはり彼女は吸血鬼なのだろうか…。

目を瞑り、彼女のことを考えていると突然、ドアが開かれる音が聞こえ、僕は急いで本を閉じ、扉の方を向く。

扉の前には赤みのかかった髪を二つに縛った女の子が立っていた。

「もうっ、いるんなら返事くらいしなさいよ。何回ノックしたと思ってるのよっ。」

彼女は僕よりも歳が少し離れた、隣の家に住んでいるリナと言う名の女の子だ。

「ごめん、少し考え事をしてて…。それで何をしにって…そうか、そういえば今日は部屋の掃除を頼んでたっけ?」

「まったく、なんで掃除をしてるのににいつもこんなに部屋が汚いわけ?」

リナは腰に手を当てながら偉そうに部屋の中を見渡す。

「あはははっ…返す言葉が見つからないよ…。」

僕が申し訳なさそうに頭を掻いているとリナは手に持った掃除道具を床に置くと手際よく、掃除の準備を始める。

「ほら、箒を持って。部屋を散らかしたんだから貴方も掃除を手伝うのよ。」

「…分かったよ。」

僕はリナから渡された箒を手に持つと床を掃きはじめた。

リナは少し前に僕の家に病気の弟を連れてやってきた。

弟の方はひどい高熱を出し、危ない状態だったのを僕が診てあげたのだが、その時にお金を持っていなかったらしく、こうして僕の身の回りの世話をしてくれている。

こんなことしなくてもいいって言ったんだけど、彼女は義理堅く、体で返すとか言い始めるもんだから困った僕は彼女にそう提案した。

だけど彼女にも助けられているのも本当だ。

彼女が掃除をしてくれなきゃ、きっと僕は埃まみれの汚い部屋に住むことになるのだから。

「ちょっとっ、手が止まってるわよっ。ちゃんと掃除をしなさいっ!!!」

お金を返す代わりに働いてくれるのならば僕は掃除をしなくてもいいのではないかとも思ったことがあるが、リナには口では勝てそうにないので心の中で留めて置くことにしている。

「そういえば、ここへ来る前にユージンがあんたの家の前でウロチョロしていたけど、何かあったわけ?」

どうやらユージンも少しは反省しているみたいだった。

「別に…何も無いよ。そんなことよりも弟のジャンの様子は?」

「少しずつ良くなってる、貴方のおかげよ。ジャンも元気になったらここへ連れてきてもいいかしら?」

「ああ、もちろん。」

彼女は僕の返事を聞くと嬉しそうに微笑んでいた。

それから僕達はしばらくの間、掃除をしていた。

途中から何度か僕が隠れてサボっていたのをリナは見つけ、その度に毒を吐かれることが何回かあったが夕方までにはなんとか無事に掃除は終わっり、今は彼女と珈琲を飲み、一休みしていた。

「ねぇ、掃除をしてる最中に気になる本を見つけたの。今度借りて言ってもいいかしら?」

「医学に興味でも湧いたの?それなら色々教えてあげようか?」

「違うわよ。この本よ、この本っ。」

彼女の手にしていた本は僕が昔読んでいた子供向けの本だった。

「いいけど、あまり面白くは無いよ?」

「それでも構わないわ。あと他にも弟に読み聞かせてあげたいのがあるんだけど…いい?」

本当に彼女は弟思いの女の子だ。

体の弱い弟の為に彼女はこうしてたまに僕の家から本を借り、読み聞かせている。

「うん、もちろんね。だけどちゃんと返してくれよ。」

僕の返事を聞く前に彼女は本棚へ行き、借りる本を吟味している。

「ねぇ、これも借りていいかしら?」

リナは僕の元まで本を持ち、小走りで近づいて来る。

「ん、これかい?」

渡された本は僕が読んでいた吸血鬼の本だった。

「まぁ、構わないけどそれはジャンに読み聞かせるには少し暗い話だと思うけど…。」

「これは私が読みたいのっ。ジャンにはちゃんと違う本を読むに決まってるじゃない。」

彼女はそう言うと僕の隣へ座り、本を開いて読んでいた。

「ねぇ、吸血鬼って本当にいるのかしら?」

「……いるかもね。」

「やっぱり?それならこの近くにある、あの屋敷の噂は本当なのかもしれないわね。」

「噂?」

そんな噂は一度も耳にしたことがない。

「聞いたことがない?この辺りに誰も住んでいない屋敷があるのよ。それでね、その屋敷から夜な夜な声が聞こえるらしいのよ。」

リナが言うには結構、前から噂されているとのことだ。

もしかするとそこが彼女の住処なのかもしれない。

「その屋敷ってどこにあるの?」

「そんなこと聞いてどうするの?まさか、貴方…。」

「まだ使えるものがあるかもしれないだろ?薬とかさ?」

「知ってる、それって泥棒って言うのよ?まぁでも、それでこの街が助かるのなら場所を教えてあげるわ。地図見せてくれるかしら?」

僕は引き出しから地図を取り出すと机に広げる。

リナは机の上に転がっていたペンを取ると印をつけ始めた。

「ここにその屋敷があるって。私は行ったことがないから詳しくは分からないけど…何でもとても不気味なお屋敷見たいよ?」

彼女のつけた印の近くには昨日、行った泉の近くに記されていた。

「まぁ、所詮は噂だから、吸血鬼なんていないと思うけど、行くなら気をつけて行きなさいよ。あそこ結構、狼やら熊やら獣が出てくるから。ってもうこんな時間なのね、私はそろそろ帰るわ。また掃除しにくるから。」

リナは手をヒラヒラさせながら家を出て行く。

彼女がいなくなると僕はすぐに身支度を始めた。

頭の中は彼女のことで一杯になって行く。

彼女に会いたい、ただそれだけを思い、僕は部屋を飛び出して行った。

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