GHOST HUNTER ――冴月うららの怪奇事件簿――

秋月白兎

第1話邂逅①


――腹が減った――


 俺の頭の中はその一言で埋め尽くされていた。仕送りもバイト料も全部ソシャゲのガチャに注ぎ込んだ自分が悪いのは分かっている。スーパースペシャルミラクルスパイラルインペリアルダイナマイトダイナミックライトニングレアとか言う(もっと有ったかも知れない)もはや何が言いたいのかも分からないキャラを引き当てる為に全額投入した自分が悪い。


 だからと言って出たキャラが全部被ってるってそりゃないだろう? 爆死もいいところだ。今月の食費はどうしよう? 電気代もケータイ代も水道代も……どこぞの受信料だけは払っていないのが救いか。


 友人に借金するか……いや、前回の借金をまだ返していないからな。もう貸してはくれんだろう。まさに人間の屑だ。いや待て。自虐していてなんになる? 変な現実逃避は止めて金策をかんがえなくては……その前に何か食べる方法を……。


 そんな時だった。あの娘と肩がぶつかったのは。


「あ、ごめん……」


「気を付けなさいよ、貧乏大学生」


「な、なんでそんな事が分かるんだよ」


「あたしの勘は当たるのよ。で、当たりなわけね」


「ま、まぁ……」


「それにそんな腹ペコ丸出しでみっともない……。仕方ないわね、激安カップラーメンでいいなら食べさせたげる。付いてきなさい」


「マジで?」


 その娘はスタスタと目の前のマンションに入って行った。慌てて追いかける俺を振り向きもせずに、薄暗い廊下を進み、エレベーターのボタンを押すと、すぐにドアが開いた。


 乗り込むとその子は最上階のボタンを押した。軽いGを感じた時にふと思い出した。


「なぁ、ここって……確か有名な幽霊マンションなんじゃ……?」


「そう。でももう大丈夫。全部いなくなったから」


 チーンと到着の音と共にドアが開き、最上階に降りた。


「全部って……まさかゴーストハンターが退治したのか?」


「そう」


 こっちを振りむいたその娘は整った顔を自信で彩ってこう言った。


「あたしがね」





 その娘が着ているのは県立俊英高校の制服だ。緑を基調に城の縁取りが入ったブレザーを金ボタンが飾り、純白のブラウスの襟元には赤いリボン。赤いチェックのミニスカートに紺色のハイソックスとダークブラウンのローファー。間違いない。女子高生だ。


「いやちょっと待て……冗談はやめろ。いくら何でもそれは無理がある話だろ。女子高生に出来るわけがない」


「実際にやったんだからしょうがないでしょ。ほら入って」


 ドアが開いて中に招き入れられた俺が見たのは典型的な女子高生の部屋――ではなく、典型的な事務所だった。いや、殺風景な事務所だ。簡単な応接をするためであろう、一目で安いと分かるテーブルと椅子。正面によくある古びた事務机。それだけだ。


「そこに座ってて。すぐに出したげるから」


「あ、ああ……」


 すぐに包装を破る音とポットからお湯を注ぐ音が聞こえてきた。情けない事にグギュルルルと腹が鳴る。


「はいお待ちどお。三分待ってね」


「あ、ああ……」


 テーブルに置かれた聞いた事もないメーカーの聞いた事もないラーメンだ。それでも食欲をそそる匂いだけはする。いかん。空腹を通り越して胃が痛くなってきた。


「そんなに腹ペコでどこに行こうとしてたのよ」


「いや自分でも分からん……部屋にいても気が滅入るから何となく……」


「勉強でもしなさいよ。学生でしょ?」


「返す言葉もない……」


 改めて間近で見ると大した美少女じゃないか。スッキリした目鼻立ち、ピンク色の唇、適度に膨らんだ胸とくびれたウエスト、張りのある腰回りから伸びた脚は細くて綺麗だ。


 普段なら目を奪われるんだろうが――今の俺には美少女よりも激安カップラーメンだ。


「ああ、視線の動きで全部分かったわ」


「うっ……」


 俺の動きが止まった。情けない事に、右手は胃の辺りを押えたままだ。


「でもまぁ、そんな状態だから安心してるんだけどね。そろそろ三分よ」


「いただきます!」


 言うと同時に蓋を開けてがっついた。あっという間に平らげてスープも飲み干し――さぞ下品な音がしていたことだろう――箸を置いた。


「ごっそさんでした!感謝します!」


「どういたしまして」


 片付けるその娘の後ろ姿に見覚えがある気がした。腹が落ち着いたから余裕ができたのか。


「なぁ……さっきの話だけど、本当に君がやったのか?」


「だからそう言ってるじゃない。あたしがやったのよ。この冴月うらら(さえつきうらら)がね」


「冴月……うらら……あ! あぁぁぁぁぁ! ニュースで見た! まさか……君が! そうだったのか!」


 仁王立ちになったその娘は、咳払いをすると腰に手を当てて改めて名乗った。


「その通り! あたしが世界初の女子高生にしてGGG(トリプルG)のGHOST HUNTER 冴月うらら! ま、よろしくね」


「はい……」


 1980年初頭に心霊現象が立証され、国連にIGHA(International GHOST HUNTER Association)が設立され、いわゆる霊能力者が登録・ランク分けされた。


 少し勘が鋭い程度のD級、占い師レベルのC級、ハッキリと霊が見えて干渉できるとされるB級、悪霊退治を認められるA級。このA級から弟子を取る事が認められる。そして強力な悪霊を退治できるS級がいる。そのさらに上がG級だ。ここからは本人の霊力・霊格に加えてIGHAへの貢献度も加味されて判断される。


 その中でも特に別格とされるのが最上位のGGGだ。なのにGHOST HUNTER試験に合格と同時にGGGに叙せられた彼女は――霊力も霊格も桁違いなのだと報道されていた。


 まさか目の前のこの美少女がその本人だったとは。サインでももらっておくべきだろうか。


「ところで……あんたさぁ」


「俺にも名前があるんだが。一応は年上だし」


「じゃぁ……あなたのお名前なんてぇの?」


「南野北斗みなみの ほくとと申します」


「……バカにしてんの?」


「文句は親に言ってくれ。本名だ」


「……それは失礼」


 まぁいつもの反応だ。親も何を考えてつけたのやら。


「じゃぁ北斗君。割といいガタイしてるわよね。なんかやってたの?」


「よくぞ聞いてくれた! 高校時代は野球部で甲子園に――」


「出たの?」


「出てはないけど、県予選で惜しくも準決勝で敗退したチームのレギュラーをやっていた程の実力だ!」


「……つまり表彰台に立てなかったのね。なんか微妙な……」


「その通りで……」


 そりゃ世界でも有数の才女からすればそうなるわな。でも一般人からすると「割と凄い方」には見てもらえがちなんだがな。


「まぁいいわ。で、北斗君、暇なのよね?」


「認めたくはないけど……あ、でもコンビニでバイトはしてるぞ?」


「コンビニよりもさ……あたしと……」


 まさか? この展開は……嬉しい事が?


「あたしと働いてみない?」


「は?」


 強烈な肩透かし感。一気に力が抜けた。いやまぁ確かに「まさか」の展開ではあったが。


「昨日開業したばっかりなんだけどさ。アシスタントが欲しかったのよね。昨日さ、初めて受けた依頼を解決した途端に依頼主のオッサンが鼻の下伸ばして口説きに来るし……」


「ああ……確かに居そうな……」


「そう。でさ、『呪うわよ?』って脅したらすぐに止めてくれたけどさ、そんな事言ってたら霊格が下がっちゃうのよ」


 なんか読めてきた。


「そういうのを撃退してくれと」


「それだけじゃなくて、電話での受付とかもね。もちろんバイト料は払うわよ。今すぐはちょっと無理だけど……なんやかんやが片付いたら……日当十万円を保証するわ!」


「んな……!」


 仁王立ちでビシィ! と指さされて言われると圧倒されてしまうじゃないか! 確かにGHOST HUNTERはスリルとビッグマネーで知られている。子供がなりたい職業ランキングでも常にトップだ。いやだからといってそれは……幾ら何でも……。


「まぁ信じられなくても当然かもね。丁度いいわ、この後――午後よ四時から電話受付開始なの。やってみなさい。『冴月GHOST HUNTER事務所です』って出ればいいから。で……報酬が一千万以下の仕事は全部キャンセル! 一千万以上の仕事だけ取り次いで!」


「はぁ!?」


 ビックリしていると早速電話が鳴り始めた。背中を押されて受話器を取ると、深刻そうな声が依頼を伝えて来る。チラリとうららちゃんの方を見ると……「早く聞け!」と目で訴えている。仕方ないのおずおずと切り出すと……二桁万円だった。


「あの……すいません、ええと……あ、所長の意向で……」


 とやっていると、うらら所長(?)が受話器を奪い取った。


「もしもし? 報酬は幾らだって? はぁ? そんなのS級にでも頼みなさい!」


 ガチャンと勢いよく切ってしまった。


「おい、ちょ……」


 抗議する前に次の呼び出し音が鳴り響く。


「こういうわけ。セコイ仕事に時間かけてる暇はないのよ」


 言うが早いか受話器を取り勢いよくやり取りを始めた。見本を示すつもりなんだろう。


「百万? あんたGGGを何だと思ってんの!」


「そんなんじゃ無理! 慈善事業じゃないのよ!」


「交通費も出ないわよ! あんた商売舐めてんの!?」


「こっちは命がけの仕事なのよ! ふざけてんのはそっち!」


 勢いよくガッチャンガッチャンと切っていき、十数件目でようやくお眼鏡に叶う依頼があったらしい。


「は~い、お受けしま~す。場所は……ああ、隣の市じゃないですかぁ~。すぐに伺いますぅ。あ、タクシーで行きますので交通費はその時に……あ、は~い。よろしくお願いしま~す」


 語尾にハートマークが見えるような応対の末に引き受けたようだ。こりゃ勘違いするオッサンも出る筈だ……。だが振り向いた彼女の眼は肉食獣の輝きを放っていた。


「行くわよ!」


「いやまだ俺は……」


 ポンと肩を叩かれた。柔らかくて暖かい感触。久し振りだ……。


「二千万円の仕事。興味ないの?」


「んな……二千万……?」


 頷いて見せるその顔は、揺るぎない自信に満ち溢れている。俺の脳内で目まぐるしくイメージと情報が錯綜する。不安もある。危険は言うまでもない。だけど……世界最高峰の実力者。そしてお目にかかった事のない二千万の仕事。何よりも日当十万円の未来。


「行く!」


「そう来なくっちゃ!」


 背中をバシンと叩かれ、言われるままにタクシーを呼び、荷物の入ったリュックを担いで――バイト先に辞めると伝えて外に出た

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