心が読める彼女は主導権を与えてくれない

七星蛍

プロローグ

男はリードする側。

遥か昔からその概念は存在する。

社会の形が変わりつつある今、偏見だなどと切り捨てられてしまうかもしれないが、耳にしたことが一度でもある以上、それは正しいと僕──富士見ふじみ康太こうたは思う。


「モンブランです」


「あ、私です。わー美味しそうー」


「そうですね。コーヒーとよく合いそうです」


「康太くんは、何か頼まなくていいの?」


「お昼でお腹が膨れちゃって」


「男の子なんだから、もっと食べれるようにならなきゃ駄目だよ?」


モンブランにフォークが入り、小さな口に吸い込まれていく。

向かいに座る、穏やかな雰囲気を纏っている女性。

黒いロングヘアーからは大人っぽさが滲み出ているが、それとは対照的に顔は童顔で可愛らしい。

これで大学生と聞いた時は、二重の意味で驚いた。

そんな彼女──みなと心美ここみさんは僕の彼女だ。


今日もデートということで、このオシャレなカフェに訪れた。

クラシックだろうか、普段はあまり聞くことのない音楽が鼓膜を揺らす中、コーヒーカップを片手に、モンブランに夢中な心美さんを見つめる。

……可愛い。天使だと言われても信じれる。

頬が自然に緩んでいくのを感じ、慌てて表情筋を引き締めた。

今日こそは大人の男らしく、かっこよく心美さんをリードする。

そのためには、落ち着いてどっしりと構える必要があるのだ。

……あーんとか、されたいなあ。


「はい、あーん」


「……うわ、美味しいです……ね」


クリームの甘みが口の中に広がっていくにつれ、状況を理解していく頭。

目の前には満面の笑みを浮かべた心美さんがいる。


「ま、またね!?」


赤くなっているであろう頬を片腕で隠しながら、さっと距離を置く。

といっても閉鎖的なテーブル席のため、数十センチだ。


「ふふ、相変わらず可愛いね。康太くんは」


僕とは対照的な、余裕な様子を見せる心美さん。

その笑顔に何度目を奪われたことか。

悪用されたら全財産、あっという間に消えてそう。


そんな魔性の笑みを持つ彼女には、一つだけ秘密がある。

それは人の心が読めること。

僕が彼女をリード出来ない、最大の理由だ。

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