この勘違いは一方通行が過ぎる

鵯越ねむい

プロローグ・思えば遠くに来たものだ

『蓮はかわいいね~』


 なんて、どれくらい昔に言われたかも思い出せないことを、ふと思い出した。五歳年上の姉は弟の俺を着せ替え人形にするのが好きで、時には姉の友人の前に立たされたりもした。物心ついた時からそんな感じだったからか、その事について俺はさして大きな違和感を覚えることはなく、単なる遊びの一つに過ぎない認識だった。

 流石に小学校低学年の頃には周りとの違和感に気づき自分が“変わっている”のだと思うこともあったが、だからといって姉の遊びに付き合うことを嫌いになることはなかった。

 妹が生まれても、姉は俺を着せ替え人形にした。妹の世話を手伝う合間をぬって俺を着飾った。


 そんなアグレッシブさを見せた姉も、俺が中学にあがる頃にはパッタリと着せ替え遊びをしなくなった。むしろそれまでよくやった方だが。辞めた理由は姉曰く『これからもアタシのサイズを普通に着れるアンタを見るとヘコむから』だそう。そんな言葉も姉なりの気遣い、なんてことはなかった。あれは本気の目だった。


 だからまぁ、それから先の人生女装することはないんだろうなー、って思ったんだけどね。


 さすがは我が姉。「大学の課題を手伝え」って俺にスケスケの布を重ねたタイプのスカート履かせてきたんだよね。被覆実習で作る服の全体像を見るためのマネキン代わりにされたわけだ。作る分には俺が着れても問題ないらしい。ついでに、課題には必要ないはずなのにメイクの練習台にもされた。

 そんで、その姿を妹に見られて「お兄ちゃんかわいー」って言われた時に、俺の中の何かがいよいよ吹っ切れた。


 ならトコトン可愛くなってみようかな、って。


 メイクを自分でやってみたり、姉の真似して裁縫を覚えてみたり、女性らしい仕草を勉強してみたり。洗面台でメイクをしていた俺を見たオカンの顔を、俺は多分コレから先も忘れることはないだろう。

 それでもなお、俺は続けた。


 いやさ、自分でも“何がどうしてこうなった?”とは思ったりしたよ。でもねー、それ以上に楽しいんだなー、これが。アイラインの引き方一つで印象がガラリと変わるとか、ベースメイクがスムーズに出来るようになったとか、知識や技術が向上していくのは単純に嬉しい。

 それに、妹から「お兄ちゃんすっごく可愛い。きれー」って言われたしね。最近じゃオカンや姉よりメイク上手くなってしまったほどで、そしたら姉に「私よりキレイになるんじゃねぇよ」って背中蹴られた。



 そんな風に女子力?を磨き上げる日々を送る俺は、別に女の子になりたいわけではない。俺は肉体的にも精神的にも男で、そのことに疑問や悩みを持ったことはない。

 ただ小さい頃からの遊びを長くやっていて、それから今になって遊びに本気を出し始めただけの話。スポーツやゲームに打ち込むのとなんら変わりのない、俺にとってこれは趣味の一環なのだ。


 それでも敢えて、なりたいものを挙げるなら“キレイになりたい、可愛くなりたい”というだけの話。そこから先の目標は何もないけど、やっぱりやってて楽しいことなのだから、続いている。


 現在進行形で。




 とまぁ、長々とこれまでの経緯を思い返してみたわけだが。


 それから高校生になって更に磨きをかけた俺の化けっぷりは自分で言うのもなんだが、そりゃもう見事なもので。なんと、今の俺はカメラに囲まれてフラッシュ焚かれたりなんかしちゃったりしている。


「めぐるんの私服コスじゃん」

「写真いいすか?」

「こっち目線ください」


 とある学園異能バトルものアニメのイベント会場の外で。そのアニメに出てくる女性キャラのコスプレして。


 全くどうしてこうなった。


 俺は向けられるカメラのレンズに対して引きつった笑顔を向け、こうなってしまった原因を思い出す。



 こうなってしまった事の発端はイベントが終わった直後、アニメスタッフの広報担当の二人組が俺の所に来て、


「コスプレのクオリティ高いから写真撮っていいすかね?ついでにツイにあげてもいいっすか?」


 って、声をかけてきたのが最初だった。俺のしていた格好は、公式HPに設定画一枚と出演時間3分未満の、現実にいても特におかしく映ることのないような、他のコスプレイヤーの誰もやらないだろう隙間産業みたいな格好だったのだが。しかし、その俺の格好が広報2人組の片方の人の推しキャラだったらしく即座にロックオンされて、雄弁振るわれ、結局その熱に押され俺はコクコクと了承してしまった。

 ただ、その人の熱のあまりの温度の高さに好きなキャラのコスプレしてるのが男であって申し訳ない、という気持ちが出てきて、それを伝えたら「大丈夫です。むしろ萌えます」だってさ。何が大丈夫なんだか。


 だけど、俺はツイに載せてもいいという代わりに一つだけ条件を出した。

 それは、俺が女装のコスプレイヤーであるということは秘密にする、ということ。


 そんな条件を出した理由は単純に、“女装だと知られて周りの人に白い目や奇異の目で見られるのが嫌だから”だ。世の中みんながみんな、女装に偏見を持っているとは思っていない。けれど、女装の市民権が確立されているわけでもない。奇異の目で見ることがなくても、しかし、純粋に見られることは少なくなってしまう。

 だからもし、女装なんだとバラすように俺の写真が上がって、それで周りの俺を見る目が変わった時、俺はそれを受け入れられる気がしない。

 まあそりゃあ、俺が女装だと気付く人も中にはいるだろうけど、それはそれ。気づく人に気づかれてしまうのは仕方がない。それに、俺の化けっぷりはそうそう他人に気づかれるものじゃあないしな。

 つか、女装で外を出歩いといて何を今更と思われるような話だが。それでも俺の中では大事な線引きなのだ。


 広報の人たちはその条件を快く承諾してくれて、それからパシャパシャと何枚か写真を撮られた。その後、いつの間にか来ていた俺のコスしたキャラの声優さんも交えて、何故かツーショット撮影もした。さらにさらに、広報の人と連絡先を交換してその写真も送ってもらった。そして、


「更新楽しみにしてくださいね」


 なんて、いい笑顔で言いやがって、その人たちは会場の奥に去っていった。

 遂にやることがなくなった俺はさて帰るかと、出口に向かった。のだが、俺が広報の人に写真を撮られるのを見てた他のイベント参加者にも声をかけられて、それからあれよあれよと会場の外で撮影会に発展してしまったというわけだ。


 こうなった原因はアレだな。熱意にビックリしてつい頷いちゃったことだな。100%俺が悪いや。


 チラッと周りを見回すと、俺の他にもコスプレして写真撮られてる人がチラホラいて、その人たちに比べると俺を囲う人数は段違いで少ない。もともと撮影会なんてやる予定ではなかったけど、早めに終わってくらるならいいかな~、なんて思ってたら、


「写真、撮っていいですか?」


 不意に女の子の声がかかってきた。どこか聞いた事のあるような声の女の子だった。誰の声に似ているのかなんてわからないけどな。

 とりあえずそれは置いといて。写真撮らせてください、と女性に声をかけられたのはこれが初めてだ。ちゃっちゃと終わらせて帰りたいのだが。まぁ、もう何人とに写真を撮られているのだから、ここまで来れば囲う人数が一人二人増えたところで一緒だろう。俺は無言で頷いた。


「ありがとうございます」


 律儀に一礼したその子は、一目見て高いとわかるようなゴッツイ気合の入ったカメラを目の前に構えてバシャバシャバシャと何回もしてシャッター音を鳴らす。時折バシャシャシャシャと連写機能も駆使していた、周りのカメラ小僧もちょっと引くくらいのガチッぷりだった。

 そんな彼女の迫力に圧されたらしく、明らかに俺を囲う人の量がみるみる減っていく。ラッキー、早めに終わりそう。カメラガチ勢様々だな。とか考えているうちに、豪雨のように降り注いでいたシャッター音がやんだ。そして、


「お疲れ様です、ありがとうございます」


 と、その子はこれまた丁寧な、つられて思わず俺も頭を下げてしまうくらい丁寧な礼だった。そして、顔を上げるタイミングが一緒だったらしいその彼女と目があった瞬間、俺は驚いてピシッと固まってしまった。


 何故お前がここにいる。


 その彼女は、こちらの様子に気付く素振りもなく撮った写真を眺めて「ひゃー、かわいい」などと呟いている。


 思えば一番最初に気付くべきだった。そりゃあ声くらい聞いたことあるわけだ。だって、その『闇鍋』の文字が妙に力強い字体でプリントされたシャツの上に公式グッズのタオルを首にかかけた残念な女の子、夏目仁美は高校のクラスメイトなんだから。



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