2-12 俺の選択は。

 みんなで屋台を回る。と言ってもその中で小さなグループが形成される。光と沙和ちゃんがほぼ二人きり状態なのは言わずもがな、魅羅とルーシーさんも二人の世界に入っている。

 後は、その他といった感じに近いが、まだ一度も佳那芽さんと話せていない。別に今佳那芽さんと話せないのは大きな痛手ではない。普通に痛手なだけだ。その痛手を食らう原因は、俺の隣に陣取る二人の存在。雅さんと玲司である。

 俺もね、佳那芽さんの傍に行けるもんなら行きたい。でも何故かがっちりとホールドされている。玲司の方は抜け出せなくもないが、雅さんの方は強引に振りほどけない。こけられても困るからなあ。


「あ、巽わたあめ食べよ」


 と、俺の腕を引っ張って右側に並ぶ屋台に向かう雅さん。


「巽、りんご飴食べよう。一緒にね」


 と、俺の腕を引っ張って左側に並ぶ屋台に向かう玲司。


「いや痛い痛い!? 左右に引っ張らないで俺の体分裂しないから!」


 何故か知らないけど男と女がおとこを取り合う構図になってしまっている。男は一人で十分なんですが! くそう、早く約束の時間にならないものか。雅さんと、そして佳那芽さんと話す時間に。

 とりあえず痛いのを口実に二人を振りほどく。雅さんは丁寧に、玲司は、まあ適当に。


「むう、いけずだなあ」


「本当だよ」


「いや普通に痛いから。あとあんまり好き勝手動くとはぐれるよ」


「じゃあ腕組むのはいいの?」


「よくないです」


「……じゃあ何で今までみーちゃんと宮原君と腕組んでたの? 宮原君はいいけど」


 後ろから佳那芽さんに痛いところを突かれた。全くその通りでしか……うん? 最後なんて言った?


「佳那芽も腕組みしたいなら宮原から奪えばいいじゃん」


 雅さんの言葉にムッとした表情をした佳那芽さんは雅さんに近寄りお尻をぺちっと叩いた。


「あいた!?」


「別に組みたいって言ってないでしょー」


「やん、佳那芽が照れ隠しした!」


「してない!」


 わちゃわちゃと、今度は女の子同士でしだした。さっきから完全についていけてないんだけど。やっぱり夏祭りはかなり難易度が高い。


「巽、僕とイチャイチャする?」


「しねぇよ? 何で聞いてきた?」


「朱野さんと瀬良さん見てたから」


「うん、それでなんで俺とお前がいちゃつくことになるのかさっぱりわからんけど」


「羨ましいのかと」


「羨ましいけどやっぱりどうしてそうなるのか……あ、言わなくていいよ長くなるだろ?」


 延々と語りだしそうに見えたので口を塞ぎつつ念を押しておく。なんでかにへらとしているのは気にしないでおこう。

 一つ息をついて、わちゃわちゃしていた佳那芽さんたちを見ると、二人してこっちを見ていた。いくら何でもこれくらいならBLのネタにはされな……


「「ナイス」」


 想像力のたくましいことで。ええ、まったく。ていうかBLの気配感じてわちゃわちゃしてたの止めないで。眼福の光景がなくなる。


「もっと行こう巽。何なら押し倒せ」


「巽君ダメだよ。誘って受けに回らなきゃ」


「うん黙ってくれます? 玲司も期待の眼差し向けんじゃねえ」


 俺は玲司の横っ腹を軽く小突いてジド目で睨む。こんなの玲司に効かないのはわかってる。なんなら喜ばれるけど睨まずにはいられなかった。

 そんな俺たちの様子をずっと黙って見ていた部長が、ふっと頬を緩ませる。


「楽しそうだな、天篠」


「え? まあ、楽しいですけど」


「合宿では浮かない顔をしていたことが多々あったように思う。だから今、天篠が楽しんでいて、他の奴らも楽しんでいる。俺の好きな光景が、広がっている」


「……部長?」


 なんだろう。あの元気な部長が、しみじみと語り出したことに失礼ながら違和感を覚える。でも、俺が部長と呼んだ時には既に、いつもの熱血をイメージさせる笑顔を見せていた。


「やはりしみじみと言うのは性に合わんな!まあなんだ、楽しめよ!」


「……はいっ!」


 なんだかわからないけれど、とりあえず元気に返事をしておく。すると部長はとても満足そうに頷いてニカッと暑苦しい笑みを浮かべた。まあ少なくとも今はまだ楽しむつもりだ。


「巽ーりんご飴はー」


「あーはいはい買いに行きましょうねぇ」


「やた、一緒に食べれるんだね」


「まあな。二つ買うからな」


「そんな、二回も一緒に食べるなんて……欲張りさん☆」


「うぜぇ……別々にひとつづつ食うんだよあほ」


 俺は玲司のでこを小突き、部長に一言りんご飴買ってきますと告げてりんご飴の屋台に向かう。玲司は俺の後ろを黙ってついてきて、黙ったまま俺が買ってやったりんご飴を受け取る。


「どうした? そんな黙ったままで」


「いや、楽しそうだなって。昔と違って、いい笑顔」


「……そっか」


 俺は適当に言ってから、りんご飴の屋台のおじちゃんにりんご飴を二つ頼み、金を払う。そして受け取ったりんご飴の一つを玲司に渡した。


「まあ、お前のおかげだよ」


 笑みは、自然とこぼれた。全く笑わなくなって奴が、この数ヶ月でよくもまあここまで笑えるようになったものだ。

 玲司はそれに釣られるように笑い、いただきますと言ってりんご飴にかじりついた。飴がパリッと弾け、そこで動きを止めた。


「……何やってんの?」


「……ははっは」


「いや何言ってるかわかんねえ……」


 粗方、挟まっただろうけど。だからといって俺がやってやることは何もない。頑張れ玲司。俺は知らない。


「頑張れ」


「……んあっ、危な……一生取れなくなるかと思った」


「流石にそれはないだろ。最悪歯ごと引き抜いたらいいんじゃね」


「何気にすげー酷いなあ」


「俺がやれることねぇしな」


「確かに」


 二人して笑いながら部長たちの元に戻る。佳那芽さんと雅さんは既にわちゃわちゃするのをやめており、なんならずっと俺と玲司を見ていたようで、いい雰囲気だねとしみじみ呟いていた。

 ほんと仲いいよね、お二人さんは。


 ***


 輪投げやら射的やら、みんなでワイワイと過ごしていると案外時間はぱっと過ぎていく。花火が上がるのもそう遠くないであろう時間。ここからは、みんな別々になり、好きな人と過ごすということになっている。

 俺は腹を括って、雅さんの元に近づく。


「いいかな」


「……いいよ」


 佳那芽さんには、後で時間をもらう。それまでは玲司たちと一緒にいてほしいと伝えておいた。が、何故かすんごい睨まれてる。

 俺はそれを何とか気にしないようにしながら雅さんと二人きりになれるところまで向かう。

 屋台が並んでいるスペースを少し離れ、川の方に近づくと人はグッと少なくなった。みんな高い場所を陣取っているせいか、まあ都合はいい。


「それで、返事を聞かせてくれるんだ?」


「いきなり本題ぶち込まれたかぁ。まあその通りなんだけどね」


 でも俺にも心の準備ってのがしたいんですよね。覚悟決まったつもりでもいざこうして二人きりになるとその覚悟がサラサラの砂山並みに崩れやすくなるんだよね。

 そう考えているのを雅さんは察したのか、突如大笑いしだして「世間話からにする?」と訊いてきた。それに俺は首を振る。世間話と言っても話を続けられる気が全くしない。

 とりあえず吸って、吐いてと。


「大丈夫?」


「……ああ、大丈夫」


 後悔なんてない。この選択が、俺が一番納得する、できる。佳那芽さんや、雅さんからどういう反応をもらうかは知らない。考える余裕がない。自分のことで手一杯なのだ。

 大丈夫って、何度自分に言い聞かせただろうか。やっと、本当に腹を括れた。時間も押していることだし、ちんたらしてられねえ。


「俺は……



      雅さんを、選ばない」

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