1-16 俺のラブコメは結局いつも通り


「私に任せて!」


 そう言った彼女の自信満々な雰囲気に、不安を隠せないまま、大人しく後ろをついて行く。そうして行きついたのは、俺が絶対に入らないような小洒落たカフェ。慣れない雰囲気を感じつつ三人についていく。

 店員さんの何名様でしょうかというよく聞く質問に、華さんがすぐに応じる。慣れてるなー。

 店員に端の四人席に案内された。座った位置は俺の左隣に華さん。正面に光ちゃん。その右隣に沙和ちゃんだ。


「お礼だからお会計は私が持つから! 何でも頼んで。ここのケーキ、おいしいから是非食べて?」


「ああ、うん。わかった」


 俺がメニュー表と睨めっこしている間に店員がおしぼりを持ってきた。


「先にドリンクの注文をお聞きしてもいいですか?」


 店員の問いに、またしても華さんが対応する。


「お願いします。私はアイスレモンティーで」


「ボクは冷たいミルクティーにしよっかな」


 冷たいミルクティーって、何その可愛い言い方。やべ、そんなことを思ってる場合じゃねえ何にするかね。


「私もひかちゃんと同じにします」


「ああ、じゃあアイスコーヒーで」


「お砂糖はどうされますか?」


「いらないです」


「かしこまりました」


 店員はぺこりとお辞儀して厨房に行ってしまった。


「ブラックで飲めるんだ、天篠君って」


「うん、まあね。なんか落ち着ける気がするからね」


 再度メニュー表を見ながら答える。うーん、モンブランがおすすめって書いてるし、モンブランにしようかな。俺はメニュー表を閉じてテーブルの上に置く。


「決まった?」


「ああ、うん。モンブランにしようかなって」


「いいね、美味しいよーそれ。すいません、注文いいですかー?」


 あ、え? みんな既に決まってたんだ。何だか申し訳ないな。そう思うが実際には言わないでいた。人として当たり前であろう行いだし、言うとしてもごめんじゃなくありがとうと言うべきだ。


「ありがとう、決まるまで待っててくれて」


「え? ああうん、大丈夫だよ。私たちは事前に調べてこれ食べたいなっての決めてたから」


「そうなんだ」


「何ならお姉ちゃん、家で一時間くらい唸ってましたよ。あれ美味しかったこれも美味しかったもう一回食べたいけど他のもの食べたいーって」


「ちょっと光!? 余計なこと言わなくていいから!」


 他愛のない会話ってやつだろう。姉妹が繰り広げるそれは何だか微笑ましく思え、つい笑顔を浮かべてしまう。沙和ちゃんも同じような感覚なのか、笑っていた。


「まあ俺もおすすめって書かれてなかったらまだ迷ってたよ。どれも美味しそうだから」


「だよね! 前食べたマスカットタルトも美味しかったんだよー。ほら、これこれ」


 華さんはメニュー表のタルト系一覧ページを開いて指差す。その際、体をこちらにずずいと近づけてきた。彼女は若干興奮気味なのか、当たっていることに気付いてない様子。

 だからって言えないよな……胸当たってますとか。


「た、確かに、美味しそうだね。それで、華さん?」


「ん?」


 体をこちらに寄せたままの体勢で華さんは顔を上げる。その結果、至近距離で見つめ合う形になった。

 堪らず目を逸らすと、ぱっと胸が離れた。


「ご、ごめん」


「あーうん、こちらこそ?」


 流石にありがとうございますは言えない。なので心の中で言っておくことにする。

 ふうと、息を吐いて前を見ると、光ちゃんがジト目でこちらを見ていることに気付く。


「ボク達お邪魔かな? さよちゃん」


「お邪魔かもね、ひかちゃん」


「「ご、ごめん……」」


 俺と華さんは同時に謝っていた。それを見た二人は、吹き出して、笑った。

 すぐ後に、飲み物がきてまた数分後には頼んだケーキ達がきた。

 俺は早速いただきますと手を合わせて言って、フォークをモンブランに入れ、一口分掬って頬張る。濃厚な栗のクリームに、甘い生クリーム。ふわりとしたスポンジ生地とサクサクのメレンゲ生地。一つ一つ取っても、全体的に見ても美味しい。

 上に乗った栗はショートケーキのイチゴみたいに後で食べるとしよう。


「……美味い」


「でしょ?」


 華さんはこちらににこりと笑いかけて、モンブランを食べ始めた。光ちゃんや沙和ちゃんも美味しそうに食べていた。女の子の幸せそうな表情は癒しになるなぁ。

 そんな風に思いながら見ていると、ふと光ちゃんと目が合った。流石に見過ぎだったか?


「どうしたんですか? 天篠先輩。チーズケーキ、食べてみたいですか?」


「え? ああいや、そういうことじゃないから気にしないで」


「そうですか? でもボク、モンブラン食べてみたいです」


「食べたことないの?」


「はい、いつもチーズケーキ頼むので。と言うわけでどうぞ、先輩」


 光ちゃんはそう言って、チーズケーキを一口分フォークで掬い、そのままこちらに差し出してきた。え、これってあーんじゃん。

 俺が困惑を隠せないでいると光ちゃんは何かに気付いたような表情を見せた。


「あ、先輩ってこういうの気にしちゃうタイプですか?」


「いや、そんなことはないとは思うけど……てか、モンブラン欲しいなら華さんに貰えばいいのに」


「お姉ちゃんは気にするタイプなんです」


「ああ、なるほど。てか、光ちゃんは抵抗ないんだね」


「……? まあそうですね。ボクちょっと適当な節があって。別にいいんじゃない? って思っちゃいます」


「そうか……」


 正直俺も気にする気にしないの次元でなく、どうでもいいと思う。ならいっか、別に光ちゃんに特別な感情がある訳じゃない。なら変に意識する必要はないだろう。


「じゃあ、遠慮なく」


 食べた瞬間、チーズのコクが口内に広がる。これは美味い。


「どうです? 先輩」


 そう言った光ちゃんの笑顔が、何だか可愛く見えた。待て待て待て、何ドキドキしてるんだ。冷静になれ天篠巽!


「ん、美味い。いつも頼んでるのも納得だ」


「ですよね! あ、先輩のモンブランもくださいよ!」


「ああうん。わかってるよ」


 がっつりあーん待機されるもんだから、やらざるを得ない。俺も同じように一口分のモンブランを差し出した。

 光ちゃんは左側の髪を耳にかけるような仕草をしながらぱくりと頬張る。何だかエッゲフンゲフン!

 何を考えてんだよ!? 落ち着けー、落ち着けよ天篠巽ィー!

 俺が冷静さを保とうとしているにも関わらず、光ちゃんはんくっと飲み込み、俺に向かって笑いかけてきた。


「美味しいですね! お姉ちゃんが何回も食べる訳だ」


「お、おう。そうだな」


 冷や汗が止まらない。落ち着け。流石にこれで惚れちゃったとか単純で純粋過ぎる。単純かもしれないが純粋な人間じゃないはずだ天篠巽。惚れてない。断じて惚れてない。

 とか思いながら、ちょくちょく意識しちゃってました。ブラックコーヒーの苦味があまり感じないくらいには、意識してしまっていると言ってもいい。

 これもうダメだ。早く帰って冷静になりたい。


 ***


 その後、俺はいつの間にか会計を済ませていた。光ちゃんに動揺しっぱなしで混乱してそしたらなんか払ってた。

 払ってくれた理由を俺は『癒しの時間を提供してくれたじゃないか』って言ったらしい。記憶はないです。流石に動揺し過ぎじゃない? てか俺は記憶が飛んだら紳士になるの? それいつも記憶飛ばした方がいいのでは?


「本当にありがとうね、天篠君。奢るつもりだったのに」


 華さんは申し訳なさそうにそう言った。

 現在、ショッピングモールの外。華さん達は買い物をして、最後にケーキを食べて帰るつもりだったらしく、途中まで一緒に帰ることになったのだ。


「いいよ。凄く美味しかったし、楽しかったし。今までの疲れが飛んだ気がするし!」


「本当に吹っ切れた様子だから疑いようがありませんね……」


 沙和ちゃんは苦笑いを浮かべてそう言う。それに対して華さんも光ちゃんもうんうんと頷く。そんなにかな。


「天篠先輩のこと、いい人だって聞かされてましたけど、本当にいい人でよかったです」


 と、光ちゃんが気になることを言う。一体誰にだろうか。


「ちょっと光! そーゆーこと、わざわざ言わなくていいから!」


 あっ、華さんみたいだ。華さんは俺のこといい人だって言ってくれてるのか。それは嬉しい限りだ。


「天篠先輩ならお姉ちゃん任せられるね!」


 話の流れからして、そこまで不自然ではないのかもしれない。でも俺には、突拍子もない一言に思えてならなかった。

 すぐに、華さんが光ちゃんの口を塞いだ。


「あ、ああもう! ごめんね! 天篠君! が変なこと言って!」


「ああうん、別に………………うん?」


 何故か聞き慣れた単語が聞こえて、長い間硬直した。だが華さんはとても慌てた様子で、それに気付くことはなかった。


「ほ、本当にごめんね! じゃ、じゃあまた、ゴールデンウィーク明けにね!」


 華さんは早口にまくし立てて、光ちゃんと沙和ちゃんを抱えて走り去ってしまう。


「待って……ちょっと待って? ちょっ、えっ、男かよ!? 男なのかよ!? 俺のドキドキを返せぇぇぇぇぇ!?」


 俺は人目を気にすることなく叫んでいた。いやもうね、もう……嫌だ。俺は肩を落として落ち込んでしまった。悪い夢なら覚めてくれ。

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