1-9 これは予想以上にデートなのでは?

 とうとう来てしまった土曜日。あれから細かな部分を詰め今日に至り、俺は白い文字がプリントされている紺色のトレーナーに淡い青のジーパン、赤白のスニーカーというラフな格好をして待ち合わせの場所で待っている。

 すると、黒のジーパンに白のニット、上に淡い青のデニムジャケットを羽織り、白メインの白黒スニーカーを履いている玲司が走ってこちらに向かってきた。

 爽やかな印象を受けるであろう装いだが、焦った様子がそれをぶち壊しにしている。


「ぜえっ、ぜえっ……」


「今何時か知ってる?」


「十時半です……」


「遅刻って知ってる?」


「し、知ってます。本当に申し訳ないです」


 言うまでもないだろうが俺は怒っている。三十分は流石に許容範囲に入れられない。が、がみがみと怒っても得はないのも事実。


「次からしっかりしろよ?」


「え? またデートしてくれるの?」


「ばっかちげぇよ。俺だけじゃなくて他の奴に対してってことだ」


「うん! わかった!」


 さっきまで怒られてしょんぼりとしてたというのに、いい笑顔見せてくる。その表情の豊かさが羨ましく、少しばかり妬ましい。


「とりあえず行くぞ」


「あ、巽!」


「何?」


「その服似合ってるよ、巽」


「おう、あんがとさん。だが褒めたところで許してはやらん」


「それはあれ? 三十分遅れたから三十分許さないってやつ?」


「どうする? 帰宅する?」


「待って巽。本当にすんません。だからショッピングモールの中に行こう?」


 玲司は横から俺に抱きついてきて、逃さまいと必死になる。普通に鬱陶しい。


「ああもう引っ付くな暑い。ここ本屋しか行ったことないからお前がエスコートしろ」


「エスコート……わかった! 任せて!」


 エスコートという言葉を聞いて目を輝かせ満面の笑みで頷く。楽しそうだなと、どこか他人事のように思いつつ腕を引かれるがままに玲司について行った。

 ショッピングモールは多種多様な店が立ち並んでおり、目を引く店も何個かあった。本屋以外あまり興味がなかったからか、こうして歩いているだけで見知らぬ道を探検している感覚があり、わくわくする。


「巽、ここ寄ろう」


 玲司が指さしたのは男物の服を取り揃えたカジュアルな雰囲気の店。奇抜とも思える服なんかもあるが、基本的にかっこいい系やカジュアル系と呼ばれる物があった。こういうの、一度くらいは着てみたいものだ。絶対似合わないだろうけど。


「いいよ。何か買うのか?」


「それもあるけど、巽に似合いそうな服ないかなって思ったんだ」


「ここにはなさそうだけどな」


「そうかな? 確かに巽が着るイメージが沸かないと言えば沸かないけど、組み合わせ次第で巽は化けると思うよ。それに、明日は朱野さんの家に行くんでしょ?」


「そうだけど、決めすぎても何で気合い入れてるんだってならない?」


「なくはない」


「ダメじゃん絶対」


「ま、まあ、見るだけ見に行こ!」


「そうだな」


 せっかくお出かけしてるんだ。普通は色んなところを見て回る。行かないと言う選択肢はなかった。

 ファッションに興味がない俺は、店内にある服を見てこう言うのが流行っているのだろうかと推測する。何だか派手だな。


「なんかあったか?」


 玲司に尋ねると、すっと差し出してきた。何だろうと思い玲司が手に持っているものを見て、少し驚きを隠せない。


「……サングラス?」


「ご、ごめん、失礼だとは思ったんだけど、似合いそうって思って」


「何だそりゃ」


 そう言いながらメガネを取り、サングラスをかけて鏡を見てみる。確かに、やけに様になっているような気がする。


「ぷっ、くくく……」


「これはネタとしちゃ面白いな」


「そうだね……ぷふっ、似合い過ぎて面白い」


 そんなにだろうか。……似合ってんな。どう似合っているかと聞かれれば回答に困るが、感覚としては街中にいるとちらっと見ちゃうくらいには似合っている。自分で言うのだから、これは相当なことではないかと思う。


「たまにはこう言うのもいいな」


「買う?」


「買おうかな」


 真面目な話、俺の目は若干日光に弱い節があり、幼稚園の頃はわざわざ逆光状態で写真で撮ってもらう程だ。

 そう言う事情があり、そして似合っているのならば、購入するのもやぶさかでない気がする。


「買ってくる」


「うん、わかった」


 玲司はははっ、と楽しそうに笑って俺についてくる。


「次は柔らかい雰囲気がある服が置いてるところに行こっか。巽は油断があるような感じがくすぐられるから」


「お任せするよ」


 油断がある感じというのがピンとこないが、まあへんてこなことにはならないだろう。


 ***


「ねえ巽、これはどうかな?」


 次に向かった服屋にて、玲司は青と紺を基調とし、白の線も数本あるチェック柄のT-シャツを俺に渡してくる。ええ、何このパリピ感強い服……


「これ着るの? 何か凄いわちゃわちゃしてるんだけど。色がうるさいんだけど」


「今着てるジーパンには似合わないと思うけど、ベージュとか、深い緑とかならいけると思うよ」


 そう言って玲司は、ズボン売り場からベージュのチノパンと深緑のカーゴパンツなんかを持ったきて、先ほどのT-シャツと合わせる。


「ふーん。難しいな、ファッションって」


「そうかな? まあ巽は興味なさそうだしね」


「名称くらいなら多少知ってるんだけどね」


「……うーん、これ着るならメガネ外した方がいいかな?」


「……目つき悪いぞ」


 そう言いつつ外して見せると、玲司はふっと笑った。別に面白いものなんてないように思うが。


「確かに悪いや。照明の光もダメなの?」


「いや、ショッピングモールの照明くらいなら何とも。ただ単に目が悪いからしかめっ面になることが半ば癖になってな」


「ならコンタクトレンズ買ったら?」


「え、やだよ。入れるの怖いもん」


「は? 可愛いかよ」


「何で切れ気味だよ」


「……」


「……」


「ぷっ」


「ふふっ」


 一瞬にして沈黙が場を支配したのがなんとなく面白くて、つい笑ってしまう。

 こんなやり取りをしていると馬鹿だなと思う。でも、同時に悪くないと感じていた。


「まあ、買うにしても今日はパスだな。めんどくさそうだし」


「まあ確かに面倒ではあるね。今日はデート楽しみたいし」


「デートちゃうから」


 エセ関西弁で言ったのはただの気分であり、何か意図があるわけではない。

 その時、不意に玲司の腹からぐう、と音が鳴った。一瞬お互いきょとんとした後、俺はふっと吹き出し、玲司は顔を赤らめた。


「くっく……」


「あー、恥かしいや」


「飯にするか」


「うん、フードコートでいい?」


「ああ、行こうか」


 この時間になるとフードコートは大層混んでいることだろう。でもまあ、二人分の席くらいなら何かと空いているのではないかと思う。

 フードコートに着くと、俺たちは運良くすぐに二人分の席を確保することができ、腰掛ける。


「玲司先に買ってきていいよ。俺まだ決まってないから」


「わかった。席番は頼むね」


「ああ」


 玲司の姿が人混みに消えた後、ふぅっと息を吐きながら深く腰掛けた。別段疲れた訳ではない。ただ単にこの現状を不思議に思った結果であった。

 沢山の友達ができて、友達と出かけて、(男にだけど)好意を向けられて。避けていたことが一気に流れ込んできて、いつの間にか日常になっている。

 そういう点で考えれば、俺は全てのきっかけをくれる形になったあの出来事に、玲司に感謝すべきなのだろう。

 そう思ったが、妙に照れくさくて、お互い料理を持ってきてから食べ終わるまでの間、言うことはできなかった。でもまあ、言うタイミングはいつかあるだろう。

 フードコートを出て、向かったのはゲームセンターだった。非常にうるさいが、俺は特に苦と思わない。


「巽、何か欲しいものはある?」


 玲司がUFOキャッチャーを指さしながら俺に問う。俺は周りを見渡して、猫が丸まった姿を模した小さなクッションがあったのでそれを指さす。

 すると玲司は迷わず五百円を投下。まあアーム弱くても何とか取れるであろう大きさだし、取れるだろう。

 そう思ってた時期がありました。


「玲司待て、その五百を入れる前に答えてもらおうか」


「何?」


「何円使った?」


「知らない」


「二千円だ馬鹿!? 追加で入れようとするな破綻するぞ!」


「逃げるなんてプライドが許さない!離してくれ巽!」


 こいつが非力で本当に良かったと思う。玲司はUFOキャッチャーの罠に完璧に引っかかっている。こういうのを良いカモという。ああもう!

 俺は百円を投下し、縦方向の操作ボタンに手を置く。玲司は縦方向が壊滅的だ。


「見てて感じたけど、アームは思ったより強め。あれくらいなら普通に掴めれば行けるから横方向は玲司がやって。これでラストな」


「う、うん」


 玲司は横方向を完璧にこなす。俺はボタンを押し、いいと思ったところで離した。アームは真下にあるクッションを掴み、持ち上げた。そしてそのまま穴に入る。


「……取れた!」


「ああ、そうだな」


「初めての共同作業だね」


「言い方が悪いんだよなあ」


 でも、嬉しそうで何よりではある。俺も、気付けば笑っていた。それほどに楽しかった証拠と言えるだろう。

 そして、お出かけはここまで。解散となる。


「デート楽しかった。また行こうね、巽」


「ああ、そうだな。じゃあまたな」


「うん、バイバイ!」


 俺は玲司が見えなくなるまで手を振っていた。そして、ふと気付いた。俺、これをデートと認めてしまったのでは?



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る