1-6 悪いが勝たせてもらうッ!

 あれから数日が経ち、俺もクラスの連中も俺と玲司が一緒に飯を食う光景が日常になりつつあった。

 そんな中、不可解に感じることがある。玲司と一緒にいる度にふと視線を感じてその方を見ると、大体朱野さんと目が合うのだ。こういうのは向こうが見てるのではなく俺が見過ぎているだけというのがよくあるので、何度か俺や玲司は視線を感じても見ないようにし、正臣に監視してもらった所……


「ガン見ですね。傍から見たら玲司に恋してる人にしか見えないからむかつきました」


 と、毎回似たようなことしか言わない。魅羅曰く、正臣は元々嘘を言うような人間じゃない上に、玲司が少しでも絡むと更に嘘をつけないそう。

 こうなってくると俺を見ていて俺と目が合っているのではなく、玲司を見てたら運悪く俺と目が合った、という方がしっくりきちゃって軽くへこむ。ことごとく女っ気のない男だな俺は。勝負負ける気がしてきた。

 自分でも色々考え、深夜テンションの際に失恋に漬け込む、という案が出てきた時には自分の人間性を疑う羽目になった。流石にその案はくそ過ぎる。

 そんな時、魅羅が結論を出してくれた。『気にしたら負け』。確かにと言わざるを得なかった。

 なのでなるべく気にしないように過ごすことまた数日。いつも通りに学校に来ると、いつも通り玲司が待っている。周りも俺も既に見慣れた。


「おはよう、玲司」


「おはよ巽! 今日もかっこいいね」


「はいはいありがとさん。今日も一緒に食うだろ?」


「もちのろんだね。もう今更別々とか考えられないよ」


「そっか、まあ俺も似た思いかね」


「よし、じゃあ結婚だね」


「おっと、いきなりぶっ飛ぶなー」


 これには思わず冷たい睨みを効かせてしまう。俺の睨みは怖いと言われることが多いが、玲司はそれすらもかっこいいにしか映らないのか、心なしか瞳の中にハートがある気がする。こいつに睨み効せても意味がなさそうだ。


「そうだ、玲司っていつも昼はパンだよな」


「ああうん。どうも料理は身に合わなくってね。料理以外ならそつなくこなせるんだけど」


「一人暮らしなのか?」


「……うん、そうだよ!」


「そっか、偉いな」


「そう思う? なら頭撫でてくれてもいいんだよ!」


「いや、撫でないけど」


「しょぼーん」


 玲司はわかりやすく落胆して、とぼとぼと歩き出す。その背中がやけに、弱々しく感じた。


「明日……」


「ん?」


「明日から、弁当作って来てやろうか?」


「……愛妻弁当……?」


 玲司は目をこれでもかというほど丸く見開いている。いや、驚き過ぎじゃない?確かに唐突な提案ではあるけれど。


「いや妻じゃないし」


「ツッコむとこそこ? なら、愛夫弁当?」


「違うし、語呂悪いな」


「確かに」


 一瞬の沈黙の後、二人同時に吹き出してしまう。何てバカみたいな会話してるんだか。でも、楽しいからいいや。


「それで、作ってほしい?」


「永遠にお願いします」


「はい、高校の間だけね」


「わかってる、ありがと~!」


 嬉しそうにはにかんで、ぎゅうっと抱きついてくる。首に絡まる腕をとんとんと叩きながら重いよ、と言うとまたまた嬉しそうな声音でごめんと言う。

 昇降口に着くと、一旦分かれる。俺と玲司で靴箱の位置が違うからだ。自分の靴箱を開けて上履きを取り出そうとして、違和感を覚える。紙の感触があるのだ。何かデジャヴ。

 上履きの上の紙を取り出して見ると、これまたデジャヴ。見るからにラブレターって感じの封筒だ。俺は中身を確認せずに鞄にしまい、上履きを履いた。玲司に見られると一波乱ありそうだからな。確実に見られない授業中に見よう。


「巽ー、まだー?」


「わり、今行く」


 駆け足で玲司の元に向かう。今日の授業、一時間目だけ楽しみだ。


 ***


 一時間目が始まった。やっと始まった。俺は鞄から例の手紙を取り出して、机の下でこっそり開封。内容を確認する。


『天篠巽君、大切なお話があります。放課後、校舎裏に来てください。朱野佳那芽』


 なん……だと……? 朱野さんがこれを!? 俺の名前書いてるから間違えて入れたわけではなさそうだ。なら、悪戯?

 もしそうなら暇過ぎるだろ。それに俺なんかからかって楽しいとは思えない。

 と、とりあえずまたしまっておこうか。一旦頭の中を整理したい。俺はきょろきょろと何故か周りを見る。なんか隠す時ってこうやっちゃうじゃん?

 その時、俺は見てしまった。廊下の方を……

 俺は恐怖するしかなかった。そこには双眼鏡を構えて俺を、正確には俺の手元にある手紙を覗き見ている玲司の姿があった。

 いやいやいやいやいや!? おかしくない?授業中だぞ!?

 俺は勢い良く立ち上がってしまう。無論、注目されるが、んなこと気にしてられない。


「トイレ行ってきますッ!」


「あ、ああ。すぐ戻ってくるんだぞって、聞いてないな天篠……」


 聞いてるよ、廊下でギリギリ聞こえましたよ。なんせ教室からあまり離れてないからね!


「……おい玲司、どういうことだ」


 俺は声を抑えて玲司に聞く。すると玲司は反抗的な視線を向けて、玲司も声を抑えて喋り出す。


「それはこっちのセリフさ。浮気された身にもなってくれ……」


「そ も そ も 付 き 合 っ て な い だ ろ ?」


「痛い痛い痛い痛いッ!? 声抑えられなくなるぅぅぅ!」


 ムカついたので両手アイアンクローを繰り出すと、玲司は涙目になってギブアップとばかりに俺の腕をとんとん叩く。


「本っ当に何してんの? ねえ何してんの?」


「だ、だって巽、昇降口抜けた辺りから若干そわそわしてたから!」


「くっそったれ!? バレてんのかよ!」


「だから見るならこのタイミングだろうと……」


「大正解だよこんちくしょおおおぉ!」


「だから痛い痛い痛いッ!?」


 悔しくてまたまた両手アイアンクローを繰り出す。くそ、何でこいつはこんなにも目敏いんだよ!


「大体これは勝負だろ!? こっちだって勝ちかかっとるんじゃ! 浮気と言われる筋合いないよ!?」


「勝負だから偵察に来た」


「時と場合を考えろおおお!」


「いたたたたたたッ!? バレる! バレるよ!」


「こほん、何をしているのかね天篠、宮原」


 ……ばれちった。クラスのみんなにも見られている。これまずくないですか?


「昼休み、職員室に来なさい」


「「はい」」


 まあ、ですよね。とりあえず今はお互い自分の教室に戻る以外選択肢はなかった。

 その後、流石にまずかったなと思った俺はいつもより幾分ましな授業態度で四時間目まで受け、大人しく職員室に向かった。中に入ると、玲司は先に着いていたようで、既にいた。

 そして、俺たちの前にいるスーツを着た女教師。学年主任、洲野尾すのお美穂子みほこ。腰まであるロングの黒髪。身長が驚異の百七十五センチで俺と同じだ。目はキッと吊り上がっていてえらく怖い印象があるが、実はかわいいもの好きという一面を持つ人だ。胸がでかい。

 なぜこんなにも知っているかというと、魅羅から聞いたのだ。うちの部活の顧問の先生である彼女の話を。


「さて、お前たち。一応事情を聴いておこうか」


「玲司が授業抜け出してるのを見つけて注意しに行きました」


「やっぱりか……」


「あれ!? 僕には発言権ないのこれ!?」


「お前の奇行はある意味いつも通りだ。天篠の方が信憑性がある」


「奇行って、いつも何してたんだよ」


「何だ、三上から聞いてないのか? お前こいつにストーキングされてたんだぞ」


「ああ……」


「僕の秘密悉くばらしていくね、先生も魅羅も! あと巽! 何だ、それか……みたいなリアクション止めて!」


「まあとにかく、だ」


 洲野尾先生はポケットからタバコを取り出して、一本咥える。


「……吸っていいんですか?」


「流石に生徒の前では吸わんさ。とにかく、面倒かけるなよ」


 洲野尾先生は俺たちの頭をくしゃりとひと撫でして、奥に消えていった。

 その後、いつも通り過ごし、放課後になった。玲司にはついてくるなと釘を打っておいて、校舎裏に向かう。

 なんか玲司に告白された時と雰囲気似てるな。そんなことを考えながら校舎裏を歩く。

 彼女は、昇降口の反対面の校舎裏にいた。ピンと背筋を伸ばしている、いつも見るような雰囲気。でも心なしかそわそわしているようにも、見えなくもない。


「朱野さん」


 意を決して声をかけると、彼女は凛とした姿勢を崩すことなく俺見つめてくる。


「来てくれてありがとう。天篠君」


「ああ、それでさ…急かすようで悪いんだけど、話って?」


「あ、うん……」


 さっきまでの凛とした姿勢は何処へやら。急に照れ出した。やっべえ心臓バクバク破裂しそう。


「あのね、天篠君……付き合ってほしいの。恋人って意味で…」


 それを聞いた瞬間、体の中から熱い何かが込み上げてきて、俺はこれが何かの罠だとか考えることなく―――



 ドッヤァァァアアアッ! と、超ド級のドヤ顔を決めていた。これは勝ったわ。

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