闇の光―お雛様の章―

橘月鈴呉

序章

 ドタドタとペタペタの混ざった大きな足音が、二つの家屋を結ぶ渡り廊下を抜けて行く。その廊下の終着点に立っている少年が、ため息を吐いて言う。

「遅いぞ葵日あおひ、そして五月蝿い、廊下は静かに歩け」

 真っ黒の篠懸(麻で出来た法衣)と半袴に身を包んだ葵日は、そう言う少年の前に立ちはだかって、不機嫌な様子で返す。

「別に良いじゃねぇか、儀式には間に合っただろう?

 相変わらず細けぇな、椿つばきは」

 葵日とは逆に、真っ白な鈴懸(篠懸と半袴を合わせた呼称)を着た椿は、再びため息を吐く。

「ぎりぎりに来るのは礼儀に反する」

 態度を変えない椿に葵日は、ハーフアップにした肩くらいまでのざんばらな黒髪をくしゃくしゃとかきながら、諦めた様に「う~ん」と唸る。

 椿も平行線を辿ることを理解し、三度みたびため息を吐く。

「此処で言い争って遅れては、元も子も無い。行くぞ」

 椿はそう言うと、短い灰色のさらさらの髪を靡かせながら、庭に面した廊下をさっさと歩き出す。

「言われなくても、解かってるよ」

 葵日も、再び足音を響かせながら椿に続く。篠懸と半袴が足音と呼応してひらひら揺れる。一方椿は篠懸を半袴に入れた着籠きこみ故に、ひらひらするのは髪と半袴のみだ。

「だから、五月蝿いと言っているだろう」

 白足袋に包まれた足を、静かに運ぶ椿が眉を潜める。

「大体お前、足袋はどうしたんだよ」

 葵日は五月蝿そうに、また髪をくしゃくしゃぽりぽりしながら言う。

「んだよ、良いだろう? 気にすんなよ。それにあんなもん履いてられるか」

 またもため息を吐きながら、椿が言う。

「がさつな所は前鬼ぜんきの血か?」

「そっちこそ、理屈っぽいのは後鬼ごきの血か? ていうか、そんなにため息吐いてると幸せ逃げるぞ」

「誰の所為だと思ってるんだ、単細胞」

「黙れ、頭でっかち」

「直情型」

「若年寄り」

 椿と葵日は互いを罵り合いながら、廊下の終わりに在る、木の引き戸の中に消えて行った。

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