第19話 帰郷

 リーヴァスとの面会を終えて、リノ王女と執事のドノヴァンを連れたアシュレー達はウートガルザ号へと続く通路を渡った。そして船内に入り、リノとドノヴァンの為の客間にそれぞれ案内する。15畳程の部屋の中にはダブルサイズのベッドが一つと液晶モニター、冷蔵庫等の電化製品が置かれていた。


「この部屋だ。広いとは言えないが、好きに使ってくれて構わない」


「ありがとう、アシュレーおじちゃん」


「感謝致します、アシュレー様」


 その後も船内各所を案内して回り、アシュレー達8人は戦闘指揮所に集まった。ソフィー達クルーが自分の席に座り、機器を操作していく。アシュレーが艦長席のパネルを操作すると、地面から2つの座席がせり上がってきた。一つは四点式シートベルトがついた大人用の座席で、もう一つはミカの席の隣に出てきたチャイルドシートだ。アシュレーが指示を飛ばしていく。


「王女さん、ドノヴァン、発進するからそこに座ってシートベルトを締めてくれ。カティー、エンジン始動!イスランディアから離脱する。ソフィー、フォレスタルまでの座標を再入力。クロエ、ハイパードライブの充填開始だ」


『了解』


 そしてイスランディアから距離を取ったウートガルザ号は光の帯に包まれ、無事ワームホール航行に突入した。アシュレーとクルー達はシートベルトを外し、それに習ってミカ、リノ、ドノヴァンも席を立った。するとミカがリノの手を取り、笑顔でアシュレーに近寄った。


「ねえパパ、リノちゃんとゲームしてきてもいい?」


「ああ、もちろんだ。フォレスタルまではまだ時間がある。ドノヴァン、あんたもそれまではゆっくり過ごしてくれ」


「ありがとうございます。ですが私はいついかなる時も王女の執事。リノ様のお側に控えさせていただきますので」


「そうか、まあ好きにしな。到着は明日になるから、王女さんの世話をするなり休むなり自由にしてくれ」


 ミカに手を引かれて、リノは不思議そうな顔をする。


「ね〜ミカちゃん、ゲームって?」


「テレビゲームだよ、パパの部屋にあるんだ」


「リノ、テレビゲームなんてやるの初めてだけど...大丈夫かな?」


「大丈夫大丈夫〜、あたしが教えてあげるから〜」


「じゃあアシュレーおじちゃん、行ってきます」


「おう、行ってこい。ミカと遊んでやってくれ」


 ミカ、リノ、ドノヴァンの三人が戦闘指揮所から出ると、クルー達がアシュレーの方に振り返った。皆が複雑そうな顔をしている中、ソフィーが口火を切った。


「艦長、結局また仕事を押し付けられてしまいましたが...よろしかったのですか?」


「イオさんがこの事を知ったら、多分カンカンになるんじゃないっすかね?ま、あたしは別にいいんすけど」


「仕方がないだろう。リーヴァスの言うとおり、五年前にこの船の飛行許可を出したのは奴なんだ。ウートガルザ号を差し押さえられちゃあ、こっちは手も足も出ねえよ」


「それにしても一国の火種を抱える事になるとは...妙な事に巻き込まれなければ良いのですが」


「艦長はお優しいですからね」


「何、その点は心配するな。お前たちに迷惑はかけねえよ」


「だといいんですが...」


 そうして交代を続けながらワームホール航路を進み、二十時間後にウートガルザ号は無事惑星フォレスタルの宙域にたどり着いた。カティーが惑星フォレスタルに向けて通信を行う。


「こちら宇宙貨物船ウートガルザ号。船籍ナンバー019568A、レンティス宇宙港応答せよ」


「こちらレンティス宇宙港、船籍確認、お帰りなさい。着陸を許可します、指定の航路を取ってください」


「ウートガルザ号了解、交信終わり。どうもありがとう」


 カティーは操縦桿のサイドスティックを右に倒し、惑星の地表と平行になるよう機体の向きを調整した。そして大気圏を抜けると、ウートガルザ号は滑るようにしてレンティス国際宇宙港の滑走路に着陸した。


 そのままアシュレー商会専用の整備ハンガーまでタキシングし、エンジンの推力をゼロに絞る。皆がシートベルトを外し、無事到着した安堵感もそこそこにタラップを降りて地面に立った。すると黄色い帽子に黄色いツナギを着た整備員がアシュレーに駆け寄ってきた。


「社長、お帰りなさい!無事で何よりです」


「ああ、ただいま。船体のスキャンと弾薬・エネルギーの補給、それとエンジン周りもチェックしてくれ。頼んだぞ」


「了解しました!」


 そしてアシュレーはハンガー内の脇に止めてある20人乗りのマイクロバス運転席に乗り込むと、ソフィー達の待つ位置まで進んで車を止めた。(プシュー)という圧搾音と共に自動ドアが開き、待っていた七人が乗り込んだ事を確認してバスは出発した。


 宇宙港から一時間ほど車を走らせると市街地に入り、大小様々なビルが立ち並ぶ繁華街に入った。その一角にある真っ白な六階建てのオフィスビル前にバスを止めると、アシュレーは後部座席に座る皆に声をかけた。


 「さあ着いたぞ。みんな降りてくれ」


 皆は手荷物を持ってバスの外に降りた。ビルの入り口上部にはでかでかと(アシュレー商会)の看板が踊っている。リノ王女とドノヴァンは、見知らぬ土地に来たせいか不安そうにバスを降りたが、ミカが笑顔で手を引いてビルのエントランスへといざなう。


「ここがパパの会社だよ!行こうリノちゃん」


「う、うん」


 アシュレーもスーツケースを手にバスを降りると、ビルの中へと入った。エントランス正面には受付があり、一人の若い女性が白と紺色の制服を着て座っていた。アシュレー達の姿を確認すると、女性は笑顔で頭を下げる。


「社長、お帰りなさいませ」


「おうワッツ、ただいま。イオは上にいるか?」


「はい。いらっしゃるかと存じます」


「OK、ありがとな」


 そして受付右手にあるエレベーターに乗り、8人は最上階へと上がった。時刻は夜8時を回っていたが、オフィス内にはぽつぽつと残業をしている社員達が見受けられる。彼らに挨拶して労いの言葉をかけつつ、アシュレーは副社長室の扉の前につくと、ドアをノックした。


「どうぞ」


 中から短い返事が帰ってきた。アシュレーは扉を開けて中へ入った。副社長室の部屋は20畳程の広さで、一番奥には木製の執務机があり、その手前には応接用の六人がけソファーが置かれている。アシュレーは微笑みながら、執務机の椅子に座りPCに向かって入力している美しい女性に声をかけた。


「ようイオ、今帰ったぜ」


「ママ〜、帰ったよ〜!」


 ミカは執務机を回り込んでイオの膝下に抱きついた。イオはミカの両脇を掴んで太腿の上に乗せる。


「お帰りミカ。宇宙海賊に狙われたと聞いた時はどうしようかと思ったけど、恐くなかった?」


「ううん、楽しかったよ〜」


「そう、なら良かったわ。社長、それにクルーのみんな、お疲れ様です。帰りを待っていました」


「待っていた?どういう事だ?」


 イオはキーボードから手を離し、ミカを抱えたままアシュレー達に向き直った。


「先日、会社の口座に8000万クレジットという用途不明の大金が振り込まれていました。何かあったのですか?」


「ああ、連絡が遅れてすまねえ。またリーヴァスの奴に仕事を頼まれちまってな。要人警護の仕事だ」


 アシュレーは掻い摘んで依頼の内容を説明すると、イオは大きくため息をついた。


「全く、あの人にも困ったものね。それで、その警護対象と言うのがそちらのエテルナ人のお二人?」


「そうだ。惑星エイギス・ファイザリオン家の第二王女、リノ・セレスティア・ファイザリオンに、その執事のドノヴァン・E・デックウィルだ」


「リノ王女、ドノヴァンさん、よろしく。私がアシュレー商会の副社長、イオ・ブルームフィールドです」


 イオは机を回り込むと、リノとドノヴァンの手を握り握手を交わした。


「よ、よろしくお願いします、イオお姉ちゃん」


「この度はアシュレー様にご依頼を引き受けていただき、感謝の念に絶えません。こちらこそ、何卒よろしくお願い申し上げます」


 二人の緊張した様子を見て、イオは顔を緩めて二人に微笑んだ。


「そんなに固くならずとも大丈夫よ。一億六千万クレジットの大仕事、うちのアシュレーが引き受けさせてもらいますわ。あなた、彼らの宿泊先は決まっているの?」


「いや、これからどうしようかと思っていた所だ」


「それなら私達の家を使わせてあげればいいわ。客間もあるし、警備の観点からもその方がいいでしょう」


「そうだな、そうするか。というわけで二人共、俺の家に泊まってもらうからそのつもりでな。イオ、次の仕事はどうなってる?」


「惑星ミルカでタングステンとハイドロゲン鉱石を搬入後、それを惑星リュオンまで輸送する手筈となっています」


「そうか。それで休暇は取ったんだよな?いつ遊園地に行く?」


「そうね、明日にでも行きましょうか」


 それを聞いたミカは飛び跳ねて喜んだ。


「やった〜!リノちゃん遊園地行けるよ!」


「リノ、遊園地行ったことない!」


 ここへ来てようやくリノの顔にも子供らしい笑顔が戻った。アシュレーとイオはそれを見て、微笑ましく二人を眺めていた。そして一息つき、アシュレーは皆の顔を見渡した。


「よし、じゃあ今日はこの辺で解散という事でいいな?」


「ええ、明後日には出発してもらいます。クルーの皆もゆっくり休んでください」


 そしてアシュレー達は副社長室を後にし、マイクロバスでクルーの皆を家まで送り届けると、ミカとリノ、ドノヴァンを乗せて自宅へと向かった。

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