第17話 リーヴァス・E・ヘフナー

「艦長、もう間もなくワープ可能宙域である三十万キロに到着します」


 「よし、前進微速。クロエ、ハイパードライブ充填開始。ソフィー、惑星フォレスタルまでの座標を入力。ミアはその間周囲の索敵を強化」


『了解』


 出発してから通常航行で六時間余りが経過していたが、極めて順調にウートガルザ号は帰路についていた。ワープを目前に控え、クルー達はコンソールパネルを手早く操作し、必要情報を入力していく。


「艦長、ハイパードライブ充填完了」


「フォレスタルまでの座標入力、完了しました」


「よろしい、ワームホール開放までのカウントダウン開始」


「了解、カウントを開始します。20・19・18...」


 クロエが秒読みを始めた、その時だった。ミアのコンソールにあるレーダー表示パネルに、突如レッドアラートが点滅して警戒音が鳴り響いた。


「ミア、どうした?!」


「時空震感知!何者かがウートガルザ号の至近距離にワープアウトしてきます、これは...途轍もない大質量体っす!このまま行けば衝突コース、やばいっすよ艦長!!」


「ったくこんな狭い宙域の中で、一体どこのバカだ!!クロエ、カウント中止、ワープモード解除!ソフィー、入力情報を一旦クリアしろ!カティー、機関最大戦速、面舵一杯!躱すぞ!!」


『了解!』


 アシュレーの鬼気迫る指示を受けて、クルー達の表情が引き締まる。ウートガルザ号は直角気味に右旋回し、最大速でその場を緊急離脱した。みるみる距離が遠ざかるが、ミアのコンソールにあるレッドアラートは未だ消えない。


「ミア、ソフィー、状況報告!」


「大質量体の船籍、判明したっす!タイクーン級戦略巡洋母艦一隻!!」


「推定全長5000メートル、全幅3500メートル!途方もなく大きな艦です!!敵出現位置の予測完了、ワープアウト時の衝撃波に巻き込まれる恐れがあります!艦長、さらなる退避を!」


「タイクーン級だと?!まさか...」


 アシュレーはしばし俯いて考え込み、顔を上げて再度指示を飛ばした。


「いいぜ、やってやろうじゃねえか。ウートガルザ号のスピードを舐めんじゃねえぞ、カティー飛ばせ!オーバードブーストだ!」


「了解!オーバードブーストエネルギー充填完了。点火5秒前、4・3・2・1・開放!!」


 鈍い振動が戦闘指揮所を揺らし、ウートガルザ号のスピードが一気に跳ね上がった。ワープアウト予測圏内から遠ざかり、ようやくコンソールのレッドアラートと警告音が消えた。


「エンジン停止、急速冷却!」


「了解、急速冷却開始」


「ミア、ソフィー、後方の様子はどうだ?」


「タイクーン級戦略巡洋母艦、ワープアウトが完了した模様っす」


「拡大画像を表示します」


 正面のグラスコクピットにタイクーン級の姿が映る。巨大な船全体がダークブルーに染まり、なだらかな艦首と艦尾には無数のレーザー砲台が設置されている。それを見てアシュレーは目を見開いた。


「この艦影は...」


 クルー達もその画像を見て、目が点になった。


「な、何か見覚えがありますね」


「...いやーな予感がしてきたっす」


「確か、この母艦に遭遇したのは半年ほど前でしたよね?」


「どうしますか艦長、このまま逃げ切りますか?」


 アシュレーは首をガックリと項垂れて、大きくため息をついた。


「...やれやれ、見つかっちまったか。逃げても無駄だ、向こうから挨拶してくるだろうよ」


 するとソフィーのコンソールパネルに何かの通信が表示された。


「艦長、後方の巡洋母艦から牽引ビームの申請が来ています。いかが致しますか?」


「あー、分かった。申請を受諾してくれ。カティー、取り舵一杯。船首をタイクーン級に向けろ。微速前進」


「了解」


 ウートガルザ号が50キロの距離まで近づくと、操縦系統が強制的にマニュアルからオートに切り替わり、タイクーン級へ自動的に吸い寄せられていった。間近で船体を確認したアシュレーは、諦めたように艦長席にどっと腰を下ろした。


「やっぱり、ヘイムダル社の戦艦・イスランディアだ」


 それを聞いて、クルー達は怪訝な表情になった。


「ヘイムダル社というと、例の軍需産業の?」


「そうだソフィー、お前たちも半年前に会っただろう」


「げげ、もしかしてあのキザ野郎の事っすか?名前忘れましたけど」


「確かあの時は、無理矢理要人移送の仕事を押し付けられたんでしたよね?」


「ヘイムダル社CEOの、リーヴァス・E・ヘフナーだ。俺も正直会いたくないが、昔からの腐れ縁でな。厄介な奴なんだよ。今度もまた何を言ってくるか...」


「ようするに、困ったお人なんですね」


 イスランディアの近距離まで近づくと、アームが伸びてきて船体を固定し、二つの船はドッキングした。アシュレーは身だしなみを整え、皆の顔を見渡す。


「よし、全員で挨拶に行くぞ。準備してくれ」


『了解』


 アシュレーはミカのシートベルトを外し、両脇を抱えて床に下ろした。そして六人でエアロックの前に立ち、扉を開く。船と船を繋ぐ細長い通路を渡った先には、護衛の兵士二人が待機していた。


「アシュレー・ブルームフィールド御一行様ですね。CEOがお待ちです、こちらへどうぞ」


 兵士に先導され、エレベーターに乗りブリッジへと上がった。そして両開きの扉の前に案内されると、兵士は壁面のパネルを操作してマイクに声をかける。


「リーヴァス様、アシュレー様御一行をお連れしました」


『お通ししてくれ』


「ハッ。では中へどうぞ」


 兵士が扉を開けると、ベージュ色の壁面に囲まれた広い室内の奥に執務机があり、そこに男が座っていた。年齢は三十代手前くらいだろうか。金髪の髪を七三にきれいに分けて、紺色のスーツに赤いネクタイをした、いかにもビジネスマンと言った格好だ。戦闘服を着たアシュレー達の姿を確認すると男は立ち上がり、満面の笑みで歩み寄ってきた。


「やあウェーブライダー!随分と探しましたよ」


「リーヴァスさん、あんな出方をされると困るんですよね。宇宙航空法を知らないんですかい?」


「ハハ、まさか!ショートワープをした弊害だよ、許してくれたまえ。元気そうで何よりだよ」


 リーヴァスはアシュレーに握手の手を差し伸べた。嫌々ながらも仕方なくアシュレーはその手を握り返す。そしてリーヴァスはアシュレーの後ろに立つクルー達にも目を向けると、より一層華やかな笑顔で皆の顔を見渡した。


「麗しきお嬢様方、相変わらずお美しいですね!このようなご婦人達と宇宙を旅できるアシュレー君が羨ましい。あれから半年が経過しましたが、皆様お元気そうで何よりです」


「ど、どうも...」


 クルー達はたどたどしく挨拶すると、リーヴァスはアシュレーの足にしがみつくミカにも声をかけた。


「やあミカちゃん!君も相変わらず可愛いね。お兄さんの事覚えてるかなー?」


「リーヴァスのお兄ちゃん」


「そうだよ、いい子だね」


 どうやらミカもリーヴァスの事は苦手らしく、アシュレーの後ろに隠れてしまった。それを見てアシュレーはリーヴァスに問いかけた。


「それでリーヴァスさん、今日は一体何の用です?」


「せっかちだなあアシュレー君は。まあいいでしょう。用というのは他でもなく、また要人警護をお願いしたいのです」


 それを聞いて、アシュレーは困ったように腕を前に組んだ。


「リーヴァスさん、いつも言っているでしょう?仕事を頼むなら先にフォレスタルの本社を通してくれって。それにうちらは宇宙貨物船ですよ?元々そう言う依頼はお断りしてるんですがね」


「情報はどこから漏れるか分からない。だからこうしていつも直接頼んでいるわけさ。君の事情は分からなくもないが、今回依頼する人物は、このさんかく座銀河に取っても重要な人物なんだよ」


「一体どこの誰ですかその方は?」


「隣室に待機してもらっている。今お連れしよう」

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