二重に見える世界の危機マニュアル

化野生姜

プロローグ

「世界の危機はラーメン屋から」

多重世界ユグドラシル。


何重にも折り重なったこの世界で、

私は王室付魔法使いとして2度目の姫の呼び出しを受けた。


「スズラン、お久しぶりですね。

 私のことを覚えておいででしょうか?」


「は」と言って私は頭を下げる。


だが、他の人間から見えれば、

私たちの姿はとても王女と王室付魔法使いではなく、

暖簾をかき分け屋台のラーメン屋に入る太ったおっさんと

ラーメンをすする若手のサラリーマンにしか見えないだろう。


場所は電車の走る線路の

高架下にあるラーメン屋台「憂楽」


そこで私は太ったおっさんの姿で、

姫はラーメンをすする若手のサラリーマンという姿で

この場所に謁見している。


世界を飛ぶユグドラシルの人間は、

その世界に応じ姿や言動が変化する性質があるため

このように本来とは違う姿に見えるのである。


また、その姿は一度として同じものはなく、

ある時は砂漠に広がる砂つぶ同士だったり、

ある時は水族館にいるイルカと飼育員だったり、

ある時はアスファルトと

上から落ちてきた植木鉢だったりする。


つまり、今この場でどのような形状になろうとも、

王族は王族であり、我々王室付魔法使いや、

王室直属の騎士団は世界に散らばる王族の存在を認識し、

畏敬を持って接しなければならないのである。


ゆえに、目の前にいるのが

瓶底メガネをかけた若手のサラリーマンでも、

それはまごう事なき姫さまであり、

私がいかに不機嫌そうな太ったおっさんの姿でも、

王室付魔法使いという立場は変わらないのだ。


『おい、にいちゃん。

 ここのラーメンの食い方知ってるか?』


おっと、これはおっさん姿の私が言っている言葉だ。

だが、実際は姫さまに私はこう話している。


「お久しぶりです。姫様。

 それで、私スズランに何のご用件でございましょうか。

 姫様のためならばこのスズラン、

 命を投げ出しても惜しくはありません。」


このように、多重世界なので言っていることが

食い違うことは普通だ。むしろ当たり前のこと。


ゆえに、姫の言動もこう変化する。


『あん?俺は普通に飯食ってるだけだぜ。

 なんか文句でもあんのか?』


だが、実際の姫は鈴の鳴るような声で

こう言っている。


「…そう言っていただけるだけで嬉しいです。

 ですが、今回は私直々の命を貴女に伝えに来ました。」


ややこしいといえば、ややこしい。


だが、世界がこうして成り立っている以上は

半ばあきらめつつ、それに順応するしかない。


表向きにはガンをつけるおっさんと

機嫌の悪いサラリーマンの喧嘩をする場面なのだが、

その実、世界の危機に直面し、

今後を話し合う姫と私の会議の場であることも確かなのだ。


「…7匹のドラゴンが王国から逃げ出しました。

 強力な魔力を持ち、この世界のどこかに散っています。

 いずれ見つけないとユグドラシル全体のバランスが

 崩れる可能性もある重大な問題です。」


姫の声を聞き、私はぞっとする。


7匹のドラゴン。


各々が固有の能力を持ち、

しようと思えば国一つ滅せる能力を持った

特殊な空間移動生命体。


彼らはユグドラシル全体で管理され、

決して逃げられないように幾重もの結界で

封印されていたはずだったのだが…


「それは本当のことですか?」


私は恐怖を押し殺しながら姫にそうたずねる。


たとえ、今の姿がサラリーマンの言葉に逆上し

彼の胸ぐらをつかんで怒声をあげるおっさんでも、

その状況は変わらない。


そして、姫は一つうなずくとこう言った。


「ええ、早急に7匹のドラゴンを捕縛せねばなりません。

 それができるのは、私と王室付魔法使いのスズラン。

 あなただけなのです。」


姫様の強い意志を持った言葉。


たとえ現状、おっさんの脅しに屈し、

おどおどした様子でお詫びにおっさんのビール代を払う

サラリーマンだとしても、姫の姿は威厳に満ちている。


「わかりました。このスズラン。

 姫と行動をともにする所存です。

 何なりとお命じくださいませ。」


そして、私は屋台から逃げて行くサラリーマンに

罵声を浴びせるおっさんの姿で姫に頭を下げた…




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