LITTLE ENGEL

暁 睡蓮

別れ

七月二十五日。朝から蒸し暑い日であった。

新堂財閥の一人娘、瑠璃るりは、悲しい朝を迎えなければならなかった。

大好きなパパとママが、仕事でアメリカに行ってしまう日。

ノックの音がする。

「おはようございます、瑠璃様、旦那様と奥様がお待ちですよ。」

いつも笑顔で起こしに来る執事の藤原さんが、瑠璃に声をかけた。

「うん、分かった。」

瑠璃は、メイドに手伝ってもらって、パジャマから質の良い普段着に着替えると、食卓へと向かった。

「おはよう、瑠璃。」

「るーちゃん、おはよう。」

大好きなパパとママが、瑠璃に声を掛けた。

「パパ、ママ、おはようー。」

瑠璃は努めて元気よく答えた。

「瑠璃には話した?」

パパが執事長の北条さんに、そう尋ねた。

「はい、旦那様。」

「うん、聞いたよ。」

瑠璃は数日前、執事長の北条さんから、事情を聞かされていた。

「可哀そうだけど、瑠璃。アメリカには行けないんだよ。

パパ達、大事なお仕事だからね。

一年間だから、我慢するんだよ。」

パパは心なしか寂しそうに瑠璃に言った。

「うん、大丈夫。」

瑠璃は笑顔で答えた。

「るーちゃん、お手紙いっぱい書くから、

るーちゃんも書いてね。」

いつも優しいママが努めて笑顔で言った。

「うん、いっぱいお手紙書くからね。」

パパもママも、なぜか食卓のごちそうに手をつけていなかった。

瑠璃は、元気よくパンとスープを食べ始める。

その姿を見た執事とメイド達は、いたたまれずにいられなかった。


その時だった。サングラスをしたボディーガードが1人、現れる。

「旦那様、奥様、出発のお時間でございます。」

時計は朝七時を指していた。極めて事務的なこの言葉に、執事達は、軽蔑の目を投げかけた。

それでもこのボディーガードは、ポーカーフェイスのまま、パパとママをせかすのだった。

「分かった。荷物を車に積んでおくように。」

「はっ。既にお支度は整っております。」

瑠璃は、食べるのをやめた。

「パパ、お土産いっぱい買ってきてね」

瑠璃は元気よく言った。

「ああ、瑠璃が一晩たっても開け切れないくらい、な。」

と、パパは少し笑って言った。

「一年間頑張ってね、ママも頑張るから、お手紙ちょうだいね。」

ママは、瑠璃をしっかり抱き締めながら言った。

「毎日書くね。」

「瑠璃、甘いものばかり食べて虫歯になるなよ?」

「パパこそ、にならないようにね、ふーんだ。」

冗談を言い合った時、急にパパが瑠璃をたかいたかいした。

いつもクールなパパは、めったにそんな事しないのに。

瑠璃を降ろした後、パパは執事長に言った。

「くれぐれも、瑠璃の事と、屋敷の事を頼む。」

「はっ、ご安心ください。」

パパとママは、リムジンに乗り込むと、窓から手を振った。

こうして、パパとママはアメリカへと出かけてしまったのだった・・・。








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