春の日の新月

俺のあの不思議な体験から、もうすぐ一年が経とうとしていた。


あの日‥‥‥

俺は元の世界に戻ってきた。

あのただ白いだけの、何もない世界から。

あの人と二人だけの世界から。


俺はあの時、直ぐにスマホを見た。

もしかしたら、夢でも見ていたのではと。

そして‥‥‥確信する。



「‥‥‥夢じゃないんだ」



スマホの画面には、二人で撮った画像が写っていたから。

俺は直ぐに、ライン、メールをしてみたが、読まれたり、送られる形跡もなかった。

電話もしてみたが、やはり繋がらない。

はっきりと残されていたのは、あの写真と、メアドと携帯の番号のみ。


俺は、それから一ヶ月、毎日の様に、ライン、メールを送り、電話もした。

もしかしたらとの一途の望みを掛けて。


しかし‥‥‥ダメだった。

それから、日を数えるごとに、電話やメール、ラインをする回数が減り、冬休みに入る頃には、記憶の片隅にしまいこんでいた。

そして俺は忘れていた。


そして、俺は進級して高2になる前の春休みの日‥‥‥



俺はリビングでテレビを見ながら寛いでいると、後ろから


「お兄ちゃん!お兄ちゃん!ちょっとこれどうかな?似合っている?」


「はあ?、う〜ん、制服に着られている感じだな」


「ブウーッ!お兄ちゃん!こう言う時は嘘でもいいから『似合っている!』て言うもんでしょう!」


「‥‥‥あー、似合っている、似合っている」


俺が曖昧な言葉で言ったので、妹の明美はムスッとした表情で、俺を睨んだ。

まあ、正直、明美の制服姿は可愛く見えたが、ここで「似合っている」なんて言ったら、お兄ちゃん子の明美の事だから、嬉しくて、俺に抱きついて暫く離してくれなくなるから。

まあ、怒った顔も可愛いが。



「えっ?何が可愛いのお兄ちゃん?」



期待の眼差しを俺に向ける明美に、俺はワザとそっぽを向き、



「そのブレザーの制服」

「えっ?ブウーッ!」



また不貞腐れる明美。

本当に明美こいつの表情を見てると、飽きないよな、と俺は思っていた。



「ところでお兄ちゃん」


「うん?」


「恵美ちゃんも私と同じで、四月からお兄ちゃんと同じ高校に通うんだけど‥」


「それがどうした?」


「うん‥‥‥恵美ちゃん、あれから一年経つのに、お兄ちゃんの事、諦めてないぽいよ」


「えっ!本当かよ!」


「うん‥‥‥昨日の夜に電話で、『また先輩と同じ学校に行けるんだ♡』なんて言っていたから‥‥‥」


明美は言葉の最後が妙に、テンションが低く聞こえたが、俺はその事は言わなかった。

因みに、「恵美ちゃん」とは、妹の友達で俺とは一つ下の後輩で妹と同じで可愛い子である。


名を 時野 恵美。


そしてこの時野 恵美は、一年前、つまり俺が中学を卒業する時に、俺に告白をしてきた女子である。

で、何故その子と付き合わなかったかと言うと、その1時間前に俺は男子から告白を受け、かなりのショックを受けていた。

そのせいで、恵美の告白には正常な判断が出来なく、断った。

けど、その事を後から妹の明美から聞いたらしく、



「じゃあ、あの時の返事は本音じゃなかったんだ♡」



なんて言っていたと、妹から聞いた。

俺はその時、深いため息をしたのを覚えている。



「お兄ちゃん、大丈夫?」


「何が?」


「だから、四月から恵美ちゃんも一緒なんだから、また告白しにくるよ‥‥‥」



やはり、明美の語尾のテンションが下がっいる感じだ。



「告白かあ〜‥‥‥」


「なに、その言い方わ‥‥‥て!まさか!お兄ちゃん!好きな人でもいるの!」


「好きな人か‥‥‥自分?」


「えっ?自分!て、お兄ちゃん、まさかあの時の女装した自分に惚れたの!」


「はあ?ば、ば、馬鹿言ってんじゃない!自分の事で、手一杯て事だ!」


「えっ!な、なんだ、そう言う事ね。まさかお兄ちゃんがあっちの方に目覚めたと思ったから」


「明美、俺の事馬鹿にしてんだろ?」


「してないよ。うん、してない」


妹はクスクス笑いながら、俺からまるで逃げるようにリビングから出ていった。


好きな人か‥‥‥いないわけでもないからな〜。

会えるなら、今すぐにでも会いたい‥‥‥

けど、その人とは会えないんだよな。



俺はそう思いながら、リビングを出て、自分の部屋へと行った。

充電中のスマホをテーブルの上に置き忘れて。

そのスマホに‥‥‥



『‥‥‥見えてますか?』



の文字が。

そして‥‥‥

その日の夜は‥‥‥

春の日の新月だった。








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