美少女・新品・3980円

麺田 トマト

3980円の美少女(新品)

 階段を上り終える。

 そしてこの身に真っ赤な夕陽を浴びる。

 体温より熱い風に吹きつけられながら、3770円を握りしめて、思う。



 なんだかんだ、お値段以上の買い物だったな、なんて。



 ――夏は続く。

 ゆるやかなカーブを描く環状二号線のように。


 美少女、


 新品、


 3980円。







 僕は3980円と、ロッピーから吐き出されたバーコード入りのレシートを手に、夕方混み合うコンビニのレジに並ぶ。


 シフトが入れ替わる午後五時前後に混み合うことを店員は嫌がる。先頭打者ホームランを浴びた先発投手の気分になるからだ。

 五時間勤務の開幕で精神力ぼうぎょりつを落としたくはないだろう。


 全員が全員そうではないとは思うが、僕がそう思うのだからきっとそれは異常な考えではないはずだ。


 とまぁそれはあくまで現役コンビニ店員の視点であって、客としての僕とは無関係な話である。


 だから僕は並ぶ。面倒な商品受け取りだろうと、僕は並ぶんだ。


 前の客のカゴに入ったプレミアムロールケーキ(苺入り・150円)を眺める。

 そういや今日は22日だったな、と。


 なぜ22日と分かるのか。

 それはプレミアムロールケーキに苺が乗るのが22日だからだ。


 理由はカレンダーで見て、上に『15日いちご』が乗っているからだそうだ。


 そんなくだらないダジャレ考えてる暇があんなら時給を上げろと内心愚痴って一分。


 この握りしめた3980円でロールケーキを26.533……個買ってやろうかなとくだらない思考を一分。


 そして今から何故この僕が日曜日にこんなところにいるのかを考えよう。


 ……といっても話は単純明快で意味不明だ。

 昨日、メ〇カリを見た。

 給料日前、特に買いたいものはなく、暇つぶしに見ていたサイトの一項目。

 僕の目を惹いた、その商品。



 『美少女・新品・3980円』



 画像イメージは無し。

 出品者の評価も無し。


 明らかに怪しい。

 怪しいのだけど。


 江の島で伊勢エビが釣れるくらいのおかしさに、思わずポチってしまったのだ。


 一応週二~三でアルバイトをしている身、一人暮らしだけど親からの仕送りがあるし苦しくはない生活――いや、息苦しくはあるか。


 散々わがままをして生きてきたつもりなのだけど、どうも自覚無きストレスが溜まっていたのだろう。あの時の僕がイかれてた説もあるけど、この僕がイカれる訳はないし、いかれる理由わけもない。


 とにかく、そんな漫然として鬱屈な気分にやられて、僕は『美少女・新品・3980円』を購入してしまったのだ。

 ちなみに今の気分は期待と不安で半分ずつ。

 ……あと、ほんの少しの下心。


 そして今日、この近所のコンビニに受け取りにきたという経緯である。配送迅速すぎ。


 ふざけた商品ならば即刻通報して返金してもらうつもりである。

 あぁ、いや、これで本当に美少女が来ても大分頭おかしいんだけど。

 

 一応、何パターンか予想をしてみた。


 ひとつは、美少女フィギュアだという説。

 価格帯的にも、うたい文句の内容的にも一番これが現実的だ。嘘はいっていないからね。

 その場合僕は受け取るつもりである。

 奇をてらったつもりなのだろうが、この僕の予想通りだったのだよと、愉悦の高笑いをしながら、高評価を送り付けてやるのだ。


 ……別に美少女フィギュアに興味があるわけではないぞ。勘違いしてもらっては困るぞキミぃ。


 ふたつめは、『美少女』と書かれた紙である説。

 その時は紙をむしゃむしゃ食って、

よひょうほおりはこほやほう予想通りだこのヤロウ

 と叫びながら通報してやる。


 ……そして病院に行く。


 とまぁこんな感じの妄想をしていると、レジが空いた。気だるそうに僕を呼ぶ声。まったく、もう少しプロ意識を持ったらどうなのだと憤慨しつつ、表向きは爽やかな笑顔を向けて、レシートを手渡す。

 ちょっと眉をひそめた店員は「少々お待ちください」などとテンプレ台詞を吐いてバックヤードに商品を取りに行った。見苦しい笑顔でごめんな(半ギレ)。

 

 『美少女・新品・3980円』の正体は箱を開けずとも分かるであろう。

 薄っぺらい包装ならば紙、中くらいの箱ならばフィギュア。

 勝負はもうここで決まるといってもいい。

 謎の緊張感に胸を躍らせる瞬間――十五秒。


 店員が事務所へと続く階段から降りてきた。

 その後ろには同じ青の縞々制服を着た女性店員が。

 

 されどその二人には雲泥の差がある。

 一言でいえば、美醜の差だ。

 結果までいえば、後続の圧倒的勝利。


 新しく登場した少女てんいんの髪は眩しいブロンドを輝かせて、ゆるっとしたショートカット。

 蒼い瞳はまるでカッティングされた宝石のようだ。


 お待たせしましたと、先の店員は申し訳程度に頭を下げて、バーコードリーダーを手に取る。

 あぁ、後に続いてきたは新人なのかと納得する。これは研修なのだ、と。

 確かにコンビニバイトの作業量は多い。受け取りサービスなんかは複雑で実際に見ないと分かりづらいしな。


 うんうん。分かる分かる。

 こんな可愛い娘がバイト仲間になろうものなら、確かに先輩方は大喜びで手取り足取りイロイロを教え込むのだ――と。


 ――ピッ。


 聞きなれた甲高い音はいつも通りに。

 画面に表示される『3980円』。

 うん、大丈夫だ。

 

 

 ――ただお前。


 今、したろ。


 それも名札のバーコードではない。

 少女のユニフォームに貼り付けてあっただ。


「3980円になります」


 店員の迷いのない業務的な言葉が、ひどく遠く聞こえる。


「あ、はい」


 よく自分でも返事が出来たなと思う。何が何だか分からないとき、人間はひとまず指示に従うらしい。


 きっかし3980円を準備していた過去の俺に拍手。

 生温かい野口さん三名様と硬貨を受け皿に放る。

 がしゃがしゃとPOSレジがコインを吸って、そのお返しにと純白のレシートとペンを渡される。

 差し出された受け取り確認表に『興野理太きょうのりた』と楷書で書いて、店員に渡す。


 店員は少女の制服に貼り付けてあった配送伝票から店舗控えをカリカリと剥ぎ取って満足げに頷くと、用済みとばかりに少女をカウンターから追い出した。


「ありがとうございましたまたお越しくださいませ。次にお待ちのお客様どうぞお待たせいたしました」


 続いて、インク切れのペンのように、僕も店外に放り出される。


 残ったものは、空っぽの手のひらと、隣の金髪少女。


 僕の顔面偏差値五十くらいのマヌケ顔を、少女の大きな瞳を鏡にして視認する。

 今この状況において鏡たる少女は、まっすぐに僕を見つめて、言った。


「どうも、美少女です。よろしくお願いします」


 どこかで鈴が鳴ったのかと錯覚する。実際は彼女の声なんだけど。


 ぺこりと頭を下げた(美)少女に、一応礼儀として言葉を返す。


「……よろしく」


 頭は下げたりしない。少女が頭を下げるに相応しい人間(?)かどうかまだ分からないから。


「はいよろしくです。

 ちなみに言っておきますが私はちゃんと『新品』ですので、そこは誤解なさらぬよう」


 まるで念を押すように、語気強く言った。

 きっと彼女にとって大事なことなのだろう。

 だから確認。


「それは処女だという意味か」


「訴えますよっ!」


 小さな拳を握り込み、顔を赤らめて反応する少女。

 しかしそんなことで僕はめげない。


「……それは処――」


「もしくはツイッターで晒しますよ」


「…………」


 理不尽だろう、これは。

 他にどういう意味で取ればいいというのか。

 そんな反感はきっと顔に出ていたのだろうが、そんなこと彼女は知らぬ素振りで。


「あ、そうだ忘れてた。ご購入ありがとうございます。

 それで……」


「それで……?」


「――お腹がすきました。ご自宅にお持ち帰りお願いします」


 ファストフードを頼むような気軽さで、彼女は言った。

 ふわりと金髪が揺れて、目が奪われる。


「……最近の美少女はなんだ、廉価版れんかばんでも動くし喋るのか」


「最近でも江戸でも安物でも高級品でも美少女は動くし喋ります」


 それは新事実だな。

 ……あーいやそうじゃない、僕の言いたいことは。


「なぁ、この僕が何をしたというんだ」


「見るからに怪しい商品をポチりました」


「僕が欲しいのは現状の説明なんだけど」


「ワタシ、オナカヘリマシタ」


「今更そんなロボ感だしても無駄だ!」


「むぅ、強情ですね。

 説明ならば家に帰ってからでもいいでしょう」


 あたかも正論をふりかざす正義の女神さまのような様子で、少女は提案する。

 僕はそんなもの見たことは無いけど、形容するのなら、それが一番しっくりくる。

 けど実際は――、


「僕にとっちゃお前は不審者だ」


「でも美少女です」


 そんな論理は滅茶苦茶だ。


「でも――美少女です」


 淡々とした様子で事実を突きつける美少女(3980円)。

 僕はどんな顔をすればいいのか分からない。


「僕は同じ言葉を二度言われただけで論破されるほどバカじゃないぞ」


「それなら購入者の責任を理解していないバカでもないですよね」


 おっと、それは致命傷だ。

 人の心が無いと言われる僕でも、まっとうな論理には弱いんだ。

 この状況がまっとうかと言われれば閉口せざるを得ないんだけど、その責任はどうやら、安易に地雷を踏んだ僕の責任らしい。


「ということで、どうぞご自宅へ案内お願いします」


 こちらを真っ直ぐに見つめる蒼い目に、僕は――。



 首を横に振った。

 



 

 

 

 

 

 

 

 


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