第19話

 ようやくHCUを出る日がやってきた。二週間ほど滞在した病室と別れ、一般病棟に移る。五冊ほどの文庫本と、あまりに退屈だったため両親にお願いして持ってきてもらい、勝手にテレビに接続していたポータブルDVDプレイヤーと何枚かの映画のDVDを片付けて、それらを両親に引き上げるようにお願いした。

 車椅子に乗せられ、最初にベッドに寝かせられてやってきた道を逆順に進む。

今度は周囲の様子がよく見えた。HCUの自動扉を出ると、目の前にエレベーターがあり、右手に医療事務のいる受付とICUの入口がある。HCUもICUも当然自由に行き来は出来ず、入口脇にあるナンバーロックの端末に入力しないと扉は開かない。

 HCUを出て行く患者は私のほかにもう一人いて、同じタイミングで移動するのでエレベーター待ちで一緒になった。どの病室に居たのかは分からないが、深夜に大騒ぎする老婆がうるさくて眠れなかったとボヤいていた。

HCUフロアの端の部屋の私でもうるさくて眠れなかった程なので、近い部屋の人は堪らなかっただろう。失礼かもしれないが、気持ちは分かるし、HCUを出れる喜びもあって思わず笑ってしまった。

 エレベーターに乗って上の階に進む。次に入る一般病棟は八階だった。

病室は四人部屋で、それぞれカーテンで仕切られている。ありがたい事に窓際の一角になった。今度はHCUの時とは見える方角が違い、中心街を貫く大通りが見える。

高い階なので近くの歩道を見てマンウォッチングする事は出来ないが、夜景は綺麗だった。

 トイレは部屋ごとに一つ付いていて、今度は水分を飲んだ量は記録する必要が無いが、トイレ内にある紙コップに排尿して、壁際に設置されている専用の機械に置いてボタンを押すと自動で排尿量が計量されて棄てられるという物が付いている。

ただ、残念な事にこの機械もウィィン、カタンカタン、ジャーと音がするので夜中に誰かがトイレに入った事がすぐに分かってしまう。

 そして何よりの朗報は、ここではスマホやPCが使える事だ。私は事前に両親に依頼して自分のスマホとタブレット一式を持ってきてもらった。

久々にスマホの電源を入れると、ラインの通知やメールがいっぱい来ていた。入院する際には家族以外に連絡する余裕も無くHCUに連れて行かれたので、私は突如音信不通になり、そのせいで色んな人から連絡乞う、とメッセージが来ていた。

 担当看護師の紹介と看護方針の説明等を受け、最後に看護師は「あまり食べ過ぎないようにしてくださいね」と言って去って行った。

この意味が私には分からなかった。なぜなら私は病室からの出入りを制限されたままで、差し入れが無い限り自由に物を食べる事が出来ないのだが、差し入れが大量にやって来る程の人望は私には無い。

 実はこの時すでに病室の出入りも自由になっていたのだ。だから病院内のコンビニにも行けるしカフェやレストランにも行ける。

でもそのことを誰も教えてくれなかったので、私がそれに気づいたのはしばらく後になってからだった。

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