第8話

 「お食事です」

 ぼんやり天井を眺めたりしているうちに、そんな時間になったようだ。

食事は配膳係が部屋まで持ってきてくれる。キャスターの付いた可動式の細長いテーブルがあり、ベッドの上にテーブルを設置してそこで食事をする。

ベッドは電動式で頭、背、腰、足の部分が自在に動かせる優れもので、背の部分を起こせば上半身だけ起こすことが出来る。

 出された食事の第一印象は何といっても「少ない」だ。

子供用かと思うお椀に六分目程度しかご飯が入っておらず、副食も種類は多いものの量は少ない。これではすぐお腹が空いてしまいそうだ。

 病院食は不味い、とよく言われているが、元々薄味が好きだった私にとって病院食はそれほど悪くなかった。いや、むしろ想像していたよりずっと美味しい。

美味しい食事は人間の精神衛生上とても大切だから、最近はそういう所も考えられているのかしれない。

 しかしやはり量が少なくて、残念ながら楽しいはずの食事の時間があっという間に終わってしまう。私が早食いすぎるのかもしれないと反省。

 だが、なにより自分で食事出来る事は嬉しかった。ICUに入ると食事は看護師の補助が必要になる。自分で出来る事、の大切さを身に染みた事でもあった。

 食事が終わり、食器も片づけられるとまた静かな時間になる。

そういえば、この段階では私はきちんとした病名も告げられておらず、今後についても何も聞かされていない。

果たして治るのだろうか。退院出来るのか、社会復帰出来るのか、仕事に戻れるのか。不安は尽きない。

 しかし不安になったところで、もうどうしようもないのだ。こうなってしまった以上、自分ではどうにもならず、医師に全てを委ねる以外にない。

悩んでも時間の無駄のような気もしてくる。

 そんな事を考えてると、突然部屋に白衣を着た髭の濃い三十代くらいの男性が入ってきた。

流行りの無精髭とかではなく、ただ単純に濃い。ついでに言うと眉毛も濃い。つまり毛深いのだ。クマみたいだと思った。

 男性は担当する医師、つまり主治医ですと自己紹介した。そして私が急性心筋梗塞であるという事と、まずは様々な検査をして問題の箇所を正確に特定してから治療方針を決める、という説明をしてきた。

医師は大体そうだが、根拠も無く希望的な事を言わない。むしろ最悪の事も説明してくる。医学の素人の私には分かってはいても、それが恐怖を煽っているように聞こえてしまう。

私の主治医も慰めるような事は一言も言わなかった。正直少し残念だったが、理解は出来る。

 それよりも、主治医が私の目を決して見ない事が凄く気になっていた。人と話す時に目を見ないで話す人は多い。私の周囲にもそういう人はいるし、それは別に気にならないのだが、主治医となると別だ。

何か大きな問題があって目を合わせないのだろうか。小さな事だが大きな不安だった。



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