第4話 ……俺は、なにもしてねぇよ

「客人のおいででございます!!!!」


 門兵が柩たち7人が集まったことを確認し、大声をあげながら両開きの門を開き、玉座の間へと招いてくれる。

 ほとんどがきれいな身なりで来ている中、雷門が包帯でぐるぐる巻きにされているのが以上に目立つが、さらに目立つのが根草と名乗った暗い少年がひどい格好だった。

 寝癖は治さず、はだけた寝間着を治さず、寝ぼけながらも不機嫌そうな紺眼。

 後ろから従者と思しきメイドが必死に直そうとするが、本人に直す気がなく、方からずれ落ち、ふらふらと動く頭の寝ぐせはどうしようもない。

 長めの黒髪があちこちに跳ね回り印象を最悪にする。


「1日空けてしまいすまなかった。ゴウ殿は大丈夫だったか?」


 門が開け放たれて、最初に見えたのが円卓だった。

 魔法陣の上に用意された8席の円卓。

 その向こう側に立ち心配そうな表情を浮かべる初老の王様。

 それに対し雷門がしかめっ面をしながら苦々しい声で反応する。


「……あぁ。問題ねぇから、話の続きを頼む」

「うむ、儂としては心配だったがゴウ殿本人がそういうなら話をするとしよう。

 長い話になるだろうから、席を用意させていただいた。座ってくれ」


 先んじて王様が上座に座り、身振りで席を進めてくる。


「そんな怪しいところにわざわざ座る必要があって? わたくしは立ったままでもいいわ」


 九伊奈がいぶかし気な目を魔法陣に向けながら鼻を鳴らす。

 しかし、雷門が何も言わず一番最初に王様の左側の席に腰を掛ける。


「折角用意してもらったんだ。ほら、これで怪しいことはないってわかるだろ。お前らも早く座れ」

「どうして猿の言葉を聞かなければならないの? わたくしに話しかけないでいただけるかしら。汚らわしい」

「…………すわりたい。あと、君たちうるさい」


 雷門と九伊奈の言い合いに入ったのは、意外にも根草だった。

 いつの間にか雷門の正面。下座の右側に腰掛けていた。

 うつらうつらと首を揺らしているが、話し合いをするつもりがあるのか、目を開けるたびに、立っている柩たちを半目で見てくる。


「ふんっ……」


 鼻だけならし冷泉が王様の右側へ座り、その隣に道明寺がそっと腰かける。

 あきらめたような表情をしながら九伊奈が下座の左側へ座り、九伊奈の左隣へ稲葉が気障ったらしく足を組みながら座る。

 必然的に王様の正面、下座に柩が座る。


 席順は王様から時計回りに冷泉、道明寺、根草、柩、九伊奈、稲葉、雷門となった。

 全員が着席した瞬間、魔法陣が光り始める。

 熱はなく、振動もない不思議な光りが発せられ、王様以外警戒心がむき出しになり立ち上がろうとする。


「なっ!? 立てねぇ!!」

「こうなるのが嫌だったのがわからなかったのかしら!?」


 雷門と九伊奈が大声を出すなか、柩たち5人は冷静にどうにかできないか周りを観察する。

 段々と光りが収まり自分たちの体に何か異常ないか素早く確認する。

 雷門のみすぐさま王様に噛み付く。


「今のは何だ!? 何が起きた!?」


 叫ぶ雷門とは対照的に、玉座の間にいた兵士や従者たち全体が静寂に包まれる。

 少しずつ囁き声が増えていく。


「あ、あれが今代の……」「なんて悍ましい」


 普通の会話くらいの声量になってやっと聞こえる。

 聞こえた会話の内容は不穏なものが多い。

 その会話が聞こえてきたことを見計らってから、王様が口を開く。


「……この魔法陣は、選定の陣と呼ばれるものじゃ。6大英雄を選定するためのもので、《強欲》《嫉妬》《憤怒》《暴食》《傲慢》《色欲》の6つに対応する武具が具現化する。

 そして、ヒツギ殿。主が《怠惰》に選ばれるとは……。誠に残念じゃ」

「どういう、ことです?」

「魔王が現れるという予言から召喚を行ったのだが、国内に敵が現れるとは思わなんだ。出て行くがいい。《怠惰》には、話すことはない」


 鋭い眼光で射抜かれる柩は、後頭部を掻きながら戸惑いを声に出す。


「き、急に何です? 7つの大罪の名前を出して、それと俺たちに何か関係あるんですか?」


 王様は睨むばかりで、返答がない。周りの目線も急激に冷めていき、ひどく心地が悪くなって行く。

 そんな空気など知らないと言わんばかりに、柩の右側で踏ん反り返っていた九伊奈が鼻を鳴らす。

 視線が集まるが、九伊奈はいに返さず柩への視線を離さない。

 いっそ情熱的と表現できそうな力のある視線を向けられた柩は、驚いた表情で九伊奈を見つめる。


「背もたれにも気づかないんですの? 柩さんは猿でしょうか? それとも、目が風穴で?」

「は? どんだけ喧嘩腰に来るんだ?」

「いいから、背もたれを確認した方がよくってよ」


 煽るような言い方に腰を少しあげた柩に呆れた口調で言い返す九伊奈。さすがにその言葉を聞いた柩は背もたれに目をやる。


「何だ、これ?」


 背もたれには古いが手入れされているようなローブが置いてあった。

 見覚えはなく、いつの間にか置かれていたものだ。


「はぁ……。本当に頭が悪いのですわね。視界に何か出ていません? やはり目が風穴のようですわね」

「だから、お前は人を罵倒しないと喋れないのか? 会話になりづらいって」


 九伊奈に言われやっと気づいた視界の隅の方に出現している、丸い模様。

 ゲームでよくあるような配置で、指で触ろうとしても触れない。だが、どうにか触ろうと考えた瞬間、これまたゲームのようなウィンドウが出てくる。




 ステータス

  名前:《偽りの法衣》

  説明:《怠惰》の大罪に選ばれしものへと与えられるローブ。

  注意:《偽りの法衣》は着脱不可。

  能力:存在隠蔽Lv.1


 ——汝、何者にもなれず、何者にもなれる。道はあるが、道はない。




 短いが簡単な説明が出てくる。

 その瞬間、柩の体に《偽りの法衣》が勝手にかかり、脱ごうとしても脱げなくなる。柩がさりげなく脱ごうとするが、まるで縫い付けられているかのように外れなくなる。それに呆れた時、視界に人のをもしたアイコンがあることに気付く。

 意識した瞬間、視界に先ほどとは違うウィンドウが開かれる。




  ステータス

   神無月 柩:Lv.1

   HP50

   MP460

   ATK10

   DEF10

   INT230

   AGI10

   LUK1




 ひどく簡素だが、MMOをやっていた人間ならこの略称と、数字には馴染みがあるだろう。

 ステータスを読もうとした柩に、王様が鋭い眼光を一瞬揺らし、声をだす。


大罪人怠惰の愚者 神無月 柩! 今すぐこの場から立ち去るがいい!!」

「た、大罪人!? なんのことだよ!! 急におかしいだろ!?」


 ウィンドウから目を話し、前のめりに王様に食って掛かる。

 王様の言葉と、柩のうろたえ方を見た九伊奈が胸を強調するように腕を組んで、王様を睨む。


「そちらが呼び出して、随分と勝手なことをおっしゃるのね。それはさすがに勝手すぎるのではなくて? 猿にしては賢いようですが、所詮は猿から抜けられていない」


 王様の言葉に、椅子の背もたれに大きな杖が立てかけられた九伊奈が、嫌悪感を浮かべた表情で睨みつける。

 強い語調に王様が視線を九伊奈に向けるが、すぐに視線を戻し、険しい表情をする。


「そこにいる《怠惰》は、厄災を呼ぶ。歴代の《怠惰》は例外なく魔の道へ落ち、初代怠惰は最強で最悪。歴史上、最大の魔王へと成り果てた、大罪人じゃ。早めに芽は刈り取っておいたほうがいい。それが、儂の判断である。そして、彼の者を庇いだてするものも、等しく罪人とし、捉える。あなた方も例外ではない。よろしいか?」

「お、おい! 俺個人は関係ないってことか!?」

「聞いた通りでしょうね。話す意味もなさそうですわ。ま、わたくしは最低限の金銭さえあれば何も問題になりませんから、どうでもいいわ」

「そうか、ではセイナー殿は指名手配にしよう。《怠惰》に手を貸し、庇い立てするのであれば、仕方がない」


 王様が右手を上げる。

 重い覚悟を感じさせる言葉にその場にいた柩たちは黙り、騎士たちが一斉に構え、武器を向けてくる。

 その矛先の多くは柩へ、少数のみ九伊奈に向けられる。

 九伊奈は苦虫を噛んだような表情をし、舌打ちを一つ」

 丸腰では確実に捕まると踏んだからだろう。九伊奈が黙ったのを確認した王様が、右手をゆっくりとおろし柩にまっすぐ目線を合わせる。


「貴様をこの場で処刑したいのは山々だが、こちらにも事情があるのでな。今すぐ出て行ってもらおう。セイナー殿の言葉をないがしろにしては嚙みつかれかねん。先ほどのセイナー殿が言う様にこちらから一方的に呼んだのに、最悪の烙印を押し、放逐は儂の格にも影響するかもしれんしな。セイナー殿に感謝せよ。よって、金貨十枚を渡す」

「……俺が、俺が悪いのか? 前にもってた奴が悪者だからって、選べもしないものを押し付けられて、お前は悪者だって!? ふざけてんのか! あぁ!?

 子供でも使わねぇようなくだらねぇ理屈並べてんじゃねぇ!」


 怒鳴りつける柩。一斉に騎士が動こうとするが、王様が身振りで止め、袋を投げてよこす。

 ずしゃっ、と小銭を入れたような音をして柩の目の前に落ちる小袋をむしり取り、椅子を蹴り倒し、盛大な音を出す。立ち上がった柩は王様を睨み付け、王様はそれを受け止める。


「……俺は、別に元の世界に未練なんてねぇ。この世界は、どうかって思ってたけど、ゴミだな。……どこに行こうが変わらねぇ、クソみたいな人間が溢れる、くだらねぇ世界ってことだな」


 寂しげな表情で、前髪を揺らし出入口へ向かう。

 騎士たちが道を開けるが、矛先は下げず、そのまま柩に向ける。


「《怠惰》……なんておぞましい」「殺してしまえばいいのに」「汚らわしい大罪人が」「呼ばなければよかったのに」


 こそこそと小声で話す騎士たちの声が、柩の耳にも届く。

 小声が話し声になり、すぐに合唱になる。

 玉座の間を揺らすほどの罵詈雑言の嵐。それを一身に浴び、柩の頭は混乱の極致に落とされる。

 激しい怒りや悲しみ、失望様々な感情が渦巻きながらも兵士たちの横を抜け、大きな門へ向かう。


「誰か、見届けろ」


 柩の後ろで王様が命令すると、無言でメリッサが柩の前を歩く。

 ひどく荒んだ心境でメリッサの後ろを歩く。

 どちらも口を開こうとはせず、粛々と歩く。

 入り口にあたるホールに足を踏み入れた時、メリッサが囁くように話しかけてくる。


「……人を頼ってください。人を、信用してください」

「——は?」


 メリッサは振り返らず、独り言のように続ける。

 作り物のように、想像通りのメイドを演じていく。人間味を感じさせず、振り返らずまっすぐ、ゆっくりで入り口へと向かう。


「非常に残念です。私にも生活があるので、何もできません。正直、今も震えが止まりません。それほど《怠惰》はこの国では恐怖の象徴なのです。

 勝手に呼ばれ、こんな扱いをされるのは不本意でしょう、苛立つでしょう。

 憎んでください、恨んでください、怒り、蔑んでください。私は甘んじて受け入れます。ですが、ヒツギ様。どうか、悪の道には落ちないでください」


 よく見るとかすかに震えているメリッサ。ゆっくり歩いているのは震えを抑えながら歩いていたからだろう。

 優しさからか、罪悪感からか、恐怖からか、この言葉を紡いだメリッサに対し、柩は冷たく底冷えするような声音で応じた。


「お前らが、勝手に決めたことで、勝手に選んだことで、勝手に押し付けたことで俺を追い出して、それで人を信じろ? バカなこと言ってんじゃねぇよ」


 吐き捨てるように言った柩は開け放たれている門を睨みつけ、声を出さない。

 門の両脇には2人の門兵がたっており、兜の下から柩を睨みつける。


「汚らわしい《怠惰》! 二度とこの城に立ち入るな! 災厄を呼ぶ害悪が!」

「……俺は、なにもしてねぇよ」


 思わず漏れたかすれた声。

 振り返らず、そのまま前髪で表情を隠し、城門を抜けていく。


「ご武運を……。あなたの行く末に幸あらんことを……」


 小さく、風で消えるような声が柩の背中に投げかけられたが、石畳を睨みつけ、歯を食いしばる柩には聞こえなかった。

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