第34話 好きが少しづつ愛に変わる

 遅くなるから寝てていいと言われたけど、私は明日休みだから待てるだけ待ってみようと思った。

 ご飯も食べるか分からないけど、作ってみた。食べなくても明日のお昼にすればいいから。


 いつの間にかここは、慣れ親しんだ我が家になっていた。そして、いつの間にか亮太は私にとってかけがえのない存在になっていた。


「最初は仏頂面だったのに、今は怒ったり笑ったり、拗ねたり照れたり忙しくなっちゃってさ」


 時計はもう10時を回った。

 私の事を探して仕事放っぽりだしていたらしく、これに関しては悪いことしたなぁと思う。


(やばい、めちゃくちゃ亮太が愛おしく思えてきた)



 ー ガチャ……パタン


(帰ってきた!)


「亮太、お帰りっ」

「うおっ。た、ただいま」


 思わず走って玄関まで出迎えにいってしまった。こんな事をしたの初めてかもしれない。だって、亮太が靴を脱ぎかけて固まっているから。


「思ったより早かったね。ご飯は食べたの? それとも先にシャワー浴びる? 疲れてるだろうし、もう寝ちゃう?」


 私は矢継ぎ早にそう問いかけた。


「えっ、あ、飯食うわ」

「分かった。じゃあ温めるから着替えてきて!」

「お、おう」


(ふふふっ、亮太が動揺してる。可愛い!)


 真希さんに感化されちゃったのかな。自分たちでいちから新しい家族を作るってすごくいいよね。


 キッチンでレンジでおかずを温めている間に、スープをお鍋で温め直した。ご飯はおかずの後にチンしよう。レタスがあったからトマトを切ってサラダにしようかな。


「奏っ」

「うわぁっー」


 いきなり亮太が不意をついて、後ろから抱きついて来た。私は驚いてトマトをシンクに落としてしまった。

 文句の一つでも言ってやろうと口を開いたら、お腹のところをぎゅってされたから言えなくなった。


「どうしたの?」

「なんか俺、すげぇ幸せかもしれない」

「え? なによその、かもしれないって」

「帰ってきたら、お帰りって言ってくれる人がいて、帰ってこないと心配する人がいる。俺、こんなの初めてなんだ。施設にいた頃はそんな風には思わなかった。早く独り立ちしたくて仕方がなかったから」

「そっか」


 私は話を聞きながら、落ちたトマトを拾いもう一度洗った。

 包丁で真っ赤に熟れたトマトをタンタンと八等分に切って、レタスの端に並べる。その間も亮太は私から離れない。

 まるで小さな子供が母親に甘えているみたいだ。

 きっと亮太は、そういう事もできないうちに母親と別れたのだ。


「亮太。次、ご飯を温めるけどいい?」

「ああ」


(ちょ、そのまま?)


 亮太が背中にくっついたまま、私はレンジの前を往復した。


「えっと、もう準備終わったけど」

「うん」

「亮太?」


 くるりと亮太の方を向き直って、その顔を見上げた。すると、プイと顔を逸らすんだから本当に子供みたい。


「もうっ。仕方がないなぁ」


 私は亮太を正面から力いっぱい抱きしめた。

 何処にも行かないよ。私は亮太と生きていくって決めたから。不思議な力も面倒な時があるけど、亮太となら平気。

 ずっと一緒にいるから。

 伝われ、伝われと亮太の背中を擦った。


「俺、ガキじゃねえし」

「あ、怒った」

「怒ってないし」


 不貞腐れた亮太の顔を見ていたら、勝手に頬が緩んでいく。そんな顔を見られた日には何て言われるか分からない。だけど、緩む頬は止められない。


「奏」

「はい」

「食べたい」

「ああ、そうだった。せっかく温めたのに冷えちゃうよね」

「違うよ」

「え?」


 亮太はとても真面目ね顔でもう一度「違う」と言って、私の肩に顔を埋めた。

 何が違うのだろうか。


「俺は奏、おまえを喰いたい」

「えっー!」


 耳元で熱い息を吐きながら、少し掠れた声で囁かれた。恥ずかしいくらいに体がピクンと反応する。

 急にドキドキと心臓が煩く鳴る。


「え、あ、と。ご飯食べてからの方が、あと、お風呂もうっ」

「ぷっ」


 亮太が首筋を掠めるようにして顔を上げた。


(笑ってるー! こいつ、からかったな!)


「もうっ、なによ!」


 肩をゆらしながら亮太は笑い、「いただきます」と言って食べ始めた。相変わらずの食べっぷりで、見ている方としては本当に気持ちがいい。


「まだ、育ちそうだね」

「あ?」

「何でもない」


 亮太には敵わない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る