第18話 恋人になったよね?

 初めてあんな強烈な告白をしたのに、ちゃんと眠れた自分に少し引く。

 時計を見ると午前七時を回ったばかり。昨夜は最終まで働いたので、今朝は遅出になっている。労働基準法で、退社してから六時間は出勤してはいけないことになっているからだ。

 私はゆっくり体を起こし、簡単に髪を整え服を着替えてリビングに出た。


「あれ、居ない」


 ちょっぴりドキドキしながら出てきたのに、亮太はもう居なかった。

 スマホを見ると『夜は普通に帰る予定』と超事務的なメッセージが入っていた。


「ふふっ、あはは」


 変わらない彼の態度に笑ってしまった。

 年下のくせに、あの余裕はいったいどこから来るのか。何かそうなるような苦労したのだろうか。だとしたら納得するかもしれない。

 今度聞いてみよう。きっと、素直には話さないだろうけど。


 その時、テーブルに置いたスマホが鳴った。


 ♪、♫〜…♫〜♫ 


「ん? お祖母ちゃんだ」


「もしもし、お祖母ちゃん?」

『奏。元気にしとるね』

「うん。あんまり帰らなくてごめんね」

『仕事が忙しいんだろ? いい事だよ』

「そうだね。で、何かあったんじゃないの?」

『そうだね、早く孫婿に会いたくて電話したんだよ』

「へ⁉︎」

『早く連れて来なさい。婆ちゃんが見てやるから』


 そこで、電話は切られた。


「え、用ってそれ? ああ、忘れてた。お祖母ちゃんって霊感がものすごく強かったんだ。私なんて比じゃないくらい」


 お祖母ちゃんに亮太を会わせるのかぁ。お祖母ちゃんならあいつの考えている事なんて、赤子同様だろうし。それもイイかもしれない。

 そんな事を考えながら、私は仕事に向かった。



 ◇



「おはようございます。昨日はお疲れ様でした」

「おう、お疲れ。始発からは正常に戻ってるから宜しく」

「はい!」


 朝の引き継ぎを終え、メイン改札の前に立った。通勤通学でなれたお客様ばかりなので、人は多いけどトラブルは少ない。


「すみません。二番ホームで女の人が気分悪そうに座ってます」

「ご連絡ありがとうございます。との辺りですか?」

「待合室に他のサラリーマンが運んでいました」

「分かりました。直ぐに行ってみます」


 私は同僚と二番ホームの待合室に急いで向かった。お客様は椅子に座ってはいるものの、上体は項垂れ肩で息をしている。


「大丈夫ですか?」


 私はその女性の背中を擦るように手を添えた。

 ギューンっと、脳で音がした。

(わ、何これ。初めての感覚)


 女性の体内に自分が入っていったように、彼女の様子が見えてきた。

 トクン、トクン、トクンと心音がし、それに被せるようにトットットッともう一つ音がした。


「大丈夫、です。たぶん貧血なので」


 弱々しい声でその女性は答えた。私は駅の応接室で暫く休むよう説得し、彼女の体を支えながらホームから降りた。


(なんだろう。心音がふたつ重なって聞こえたんだけど)


 応接室のソファーに横になるように伝え、毛布を掛けた。何気に彼女の手に触ると、ひんやりした感覚と共に再び音が聞こえてきた。


 ―― ンアー、ンアー。ゴロゴロッ、ピチャ


 そして、白黒で何かの姿が見え始める。それは小さな小さな塊で、お水の中でコロンコロンと泳ぐように動いている。段々とその小さな塊は大きく膨れていく。


(ああっ!)


「あの、もしかしたらなんですが。妊娠、してらっしゃいますか?」


 そう私が問いかけると、女性は驚き、口元を手で押さえた。顔は更に青くなってしまう。


「すみません! 何となくそんな気がしたので。違いましたよね。大変申し訳ございません!」

「いえ、大丈夫、です。その可能性もありますから」

「そうですか。取り敢えず、横になってください。何かあったら、声をかけて下さいね」

「ありがとうございます」


 私はその時、違和感を感じた。妊娠と聞いて彼女が青ざめたからだ。どこかそれに否定的な感情が、私の中に流れてきた。


(大丈夫かな。なんだか凄く不安)


 私は他の人に彼女を任せて、再び改札口に立った。

 その日は特に変わった事もなく日勤が終った。


「森川さん、来週から通常シフトに戻るけど大丈夫?」

「はい! 問題ないです」

「よかった。じゃあお疲れ様、彼氏さんに宜しく」

「ありが、とう、ございます」


 未だにそのことに触れられると動揺してしまう。私達って、ちゃんと両想いになったんだよね。

 聞いたら怒られるかな。

 なんだかいまいち、彼氏彼女間の甘さを感じない。


 そんな事を考えながら、ロッカーで着替えているとスマホが鳴った。

 亮太からのメッセージだった。


(うっ、もうっ。私ばっかりドキドキしてぇ!)


 内容は最寄駅で待ち合わせをして、夕飯を食べに行こうというものだった。



 ◇



 約束の時間少し前に着いたのに、亮太は既に待っていた。ただ、立っているだけなのに様になる。


(あれ? スーツじゃないんだ)


 案の定、若い娘たちは振り返りながら「ヤバっ、カッコいい!」って話しながら私の側を通り過ぎて行った。


(ま、確かにカッコいいのは認めるよ。口は悪いけどね)


「お待たせ」

「おう。行くか」

「今日はスーツじゃないんだ」

「ああ、今日は制服だったからな」

(制服! 警察官の、だよね。それっ、ヤバっ)

「なに、見たかったって?」

「言ってないし!」

「ふはっ、顔が真っ赤だぞ」


 そう言って亮太は笑った。その笑顔に嘘はないと思った。笑った顔は年齢より若く見えるし、それもまた、反則だな。


「悪かったって、怒るなって」

「怒ってないよ。でも、そうやって笑うほうがいいね」

「なんだよ、それ」

「さ、ご飯、ご飯っ」


 甘い関係を望みたいような、今のような甘くない関係が楽なような。複雑な気分だ。

 でも、どちらにも言えることは、亮太といると落ち着くという事。


 なんか、悔しいな。


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