「俺は絶対に咲のことを嫌いにならない」

 父様、母様、今日も私は元気に過ごしております。


 特に何事もなく、学業と部活動に励み、色恋沙汰に現を抜かすことなく過ごしております。


 なんて、そんなレベルで心が麻痺してきた。

 私は人形。ただの木偶の坊。ココロなんていらない。だって、そんなものなければ罪悪感なんて覚えなくて済むから。


 笑ってよ。蔑んでよ。貶してよ。罵ってよ。そうしたら、私は私を捨てずにいられるからさ。はは。あはは。


 誰も話しかけてこない。寂しいなあ。

 麻希や理彩や実萌奈と馬鹿なことやったのは楽しかったもんね。和馬のことをシスコンって言ったり、真琴や末広先輩や、後一応連城とボウリングしたり海に行ったり。とっても楽しかったなあ。

 文化祭のライブどうなるんだろう。絶対空気悪いから、ライブの時みたいなあんなパフォーマンスはできないよね。sqollさんの曲がリフレインする。弱虫な私でごめんなさいって。


 ……なんだ。私未練たらたらなんじゃないか。あの場所に。


 本当のことを言えば、ちゃんと全部説明して、みんなに、和馬にも謝れば許してくれると思うんだ。理彩だってそこまで酷いわけじゃないし。そりゃまあ気が強いし、和馬に変に色目使ってるってかなり悪印象もたれ叩けど。

 ただ、それをする気にはあんまりならないんだよね。なんかもうどうでもいいって思っちゃってるし。全部話したら和馬ともう一緒にいられない気がするし。


 なら、別にそんなことしなくてもいいじゃんって。このまま流されるままでいいじゃんって。そう思ってしまう。

 実害被ってるわけじゃないし。いや実害はあるんだけど、別にそれに関してどうこう思うところはないし。sqollさんの曲を一日中聞いていれば日が終わる。



 *****



 ちょっとかわいいからだとか、外国人の血が混じっていて肌白いから調子乗ってるだとか。後は、水着を和馬に買わせていたとか、和馬を誘った挙句それを弱みにこき使っているだとか。後はシスコンっていうのも嘘なんじゃないかとか、勉強教えさせたせいで成績下げているとか。恋人の振りをして都合よく使っていたとか。そうやって、和馬の好意をいいように利用して、自分にその気がないのに侍らせてこき使っている。そんな噂をされている。

 全部事実だ。そりゃちょっとは誇張表現があるとは思うけど、でも私がそういう行動したのは事実だったし、悪意があったのも本当だった。だからそれだけに余計に否定ができずに、現状に甘んじてしまっているとも言える。にしてもあの水着売り場の店員さんが理彩のお姉さんとは知らなかった。

 その挙句、和馬を殴って、弁当を投げつけて。そりゃいじめられもするよね。


 パシャ


「あ、ごめーん」


 全然謝ってなさそうな口調で理彩にお茶をぶっかけられる。まあ別にいいんだけどさ。どうせ私の貧相な胸なんて誰も見ないし。

 正直に言ってろくな反応返してないからいじめの対象としては全く面白みがないと思うんだよね。たぶん、そのうち嫌悪感が薄れて自然消滅するんじゃあ。そう思ってたんだけど。


「おい、北上!」


 どうしてこんな面倒なところばっか、和馬に見られるかなあ。

 理彩と実萌奈が一緒にいたところに和馬が通りかかってきて理彩に因縁をつける。そんなこと、しなくていいのに。


「お前今わざとお茶かけただろ。咲に謝れ」

「あー、はいはい。ごめんなさい。これでいいでしょ」

「よくない」


 それで、どうしてそんな中途半端な正義感を発揮しちゃうかなあ。


「最近咲を無視したり、集団でいじめたりしてるだろ」

「はあ?」

「咲に謝れ」

「それが何か和馬に関係あるの?」


 関係ないよ。和馬には何の関係もない。というか、庇う理由なんてないのに庇わないでいて欲しい。


「いじめはいけないことだろ」

「じゃあ逆に聞くけどさ! 咲が和馬に何をしたか知ってるの?」

「和馬がちょっと咲に優しいからって、いいように使ってるんだよ? 腹立たないの!?」


 理彩と実萌奈がヒートアップする。


「立たない。咲はそんなことしない」


 するよ。というかそこは腹を立ててよ。そうじゃないと私自分の罪悪感に殺される。そんな風に私の前で庇うように立たないで。

 じゃりじゃりとまた自分の中で黒い感情がくすぶってきて。そうやってもう止まらなくなりそうで。


「記憶喪失になったのだって嘘なんだよ!? そうやって和馬はいいように利用されてるのに! 咲はとっても腹黒いのに!」

「違う! そんなことない! 咲はそんなことするような子じゃない!」

「もうやめて!」


 そうやって叫んでいた。


「私のことをそんな風に言わないでよ! 庇わないでよ! 私は和馬が思ってるほどいい子じゃないし、庇う価値もないのに! そんなこと言わないで! 逆に惨めになる!」


 胸が苦しいよ。だって私は和馬に嘘を吐いたんだよ。なのに。なのに。


「だって北上も福山も間違ったことを言って咲を」

「理彩は間違ってない! 悪いのは全部私なの! 理彩も実萌奈も間違ったことなんて言ってないよ……」


 被害者が加害者を庇って、加害者が追及者を擁護する。とっても奇妙で、吐き気がする。もう、そんなことしなくていいから。いつまでも私を信じなくていいから。


「全部、全部私が悪いの。これは私が受けるべき罰なの。だからほっといてよ! 何もわかってない和馬はほっといてよ」

「咲……」


 理彩が何かを感じ高のように言う。和馬の握った手が震えていた。


「それでも、俺は絶対に咲のことを嫌いにならない。咲がどうしようと、世界が敵になろうと、咲の見方だって決めたから」

「もうやめてよ!」

「やめない。俺は絶対、あ……」


 もう、いられなかった。次の授業とか知らない。あんな和馬と顔合わせられるわけがない。私が全部悪いのに、盲目的に私を庇うなんて。自分が責められれば罰だって言えるのに、それすらできないじゃないか。



 *****



「咲、ここにいたんだ」

「理彩。麻希も実萌奈もどうしてここに」


 一人ぼっちにでもなりたくて屋上にいたら3人が訪ねて来た。

 一人ぼっちになれる場所って意外と少ない。図書室は人がいるし、校舎や体育館の裏や、あるいは開いている準備室。それと屋上くらいしか。


「ほんっとごめん。うち咲のこと誤解してた! この通り。謝るから許して!」

「そんな。謝らないといけないのは私の方だって」


 何か思うところがあったのか。3人そろって頭を下げてくる。だけど、私は困惑してばっかりだった。


「ごめん。咲さえ許してくれるのなら。また友達に戻りたい」

「ううん。いいって私も和馬に酷いことしちゃったし」

「そんなことない。あれは全面的に和馬が悪い」

「え?」


 理彩ががッと私の肩をつかんだ。


「あれは和馬が悪いって。咲はよく耐えた方だと思う。うちだったらすぐ蹴り飛ばしてるって。流石にあれはうざい」

「ごめん。あれだけうざかったら邪険にもなるよね。よく見もせずにそう言っちゃってごめん」


 えっと。よくわからないんだけど和馬のあの行動が悪くて、それに対して邪険にしてた私はごく自然だって、そんなことになったのかな?


「あれだけ、好き好きオーラ全開で付きまとわれるのって怖いって。というか、咲も早く何とかした方がいいよストーカー化する前に」

「ストーカー!?」

「あれは、放っておくとだめだと思う」

「最近読んだ小説で、最後にヤンデレにつかまって監禁されるってのがあって」

「ええ!?」


 実萌奈も麻希も! それって、冗談だよね? 真剣な顔で言わないで欲しい。


「わかった、気をつけるけど」

「それで、咲。あの、うちら、本当に悪かったって思ってるんだ。あつかましいとは思うけど、許してくれない?」

「うん。わかった」


 別に、理彩たちにうらみがあったわけじゃなかった。そりゃ和馬のこと誤解されたままだし、良心は痛むけど。だからといって理彩たちを許さない理由なんてない。


 笑った。頑張った。頑張って自然な笑顔を作った。


「これからもよろしくね。理彩、麻希、実萌奈」

「咲、ありがとう!」

「グハッ!」


 うわあ、上に乗るな泣くな。めっちゃびっくりしたから。それに、私は大丈夫だから。だから落ち着けって。


「というか、麻希は流れで乗っからないでくれ! 流石に重い」

「ごめん、ごめんって」


 でも、ちょっとこうやって馬鹿なことをするのはやっぱり楽しい。



 だけどさ。また和馬に酷いレッテルを張り付けちゃったな。いや、理彩たちがそう思ったのなら別に間違いってわけじゃないんだけどさ。私は和馬のことをうざいって思ったことは今日くらいしかないんだよね。

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